昨日は病院の日でした。


前回のカウンセリングで

「次までに何か短期的なテーマみたいなものを考えときます」

ってカウンセラーさんが言ったので、ちょっと楽しみにしてました。


でも結局特に話し合っていくテーマは見つからなかったみたいで、今気になってることがないか聞かれました。


私「今の生活では特に気になってることはなくて、困ってることもないです。しいていえば、妊娠出産のこととかかな~でも別にどっちでもいいと思ってるので、そこまで気になってるわけでもないです」


カ「妊娠出産のことを今話すのもおかしいし、今は現状を維持するために、何か気になることが出てきたら話していくっていうのもいいかなと思います」


私「カウンセラー的にみて、私の性格とか考え方のくせでなおした方がいいなっていうのはありますか?」


カ「がんばりすぎてしまうところとかはありますが、ご自身で気付いてコントロールされてるし、今困ってることがないなら、あえて問題点をほじくりだす必要はないと思います」


他にもいろいろ話し合ったけど、特にテーマは決めず、日常で気になったことを話して精神状態が崩れるのを防ぐってことになりました。


今の生活は、何か大きな目標にむかって頑張るというよりは、その日その日をじっくり過ごすという感じです。


病気になる前は、いつも数年後にどんな風になりたいかばかりを考えて、どんどん上を目指して山を登ってるような感じでした。


今思えば、その時やりたいことや楽しいと思えることをやらずに、「将来のため」と思って苦痛にたえながら、自分のお尻をたたきながら登っていました。


だからもし不慮の事故でしんだりしたら「まだなんにもできてない!!」って後悔したと思う。


でも今は上を目指してのぼるのはやめて、原っぱでのんびり暮らしてるようなイメージ。


大きな目標はもってないけど、「今日も元気に活動できてよかった」って思いながら、1日1日を小さな充実感で満たしながら暮らしてます。


だから、いつしんでもいいかなって思ってる自分がいます。


積極的にしにたいっていう意味じゃなくて、もし突然寿命がやってきても「やり残したことがある」とは思わない気がする。


もちろん本当に明日しぬってわかったらしにたくないって思うんだろうけど・・・


将来のために苦痛な日々にたえることは必要だと思ってきたんだけど、それも程度問題なことがわかった。


思い返せば、ひどい先輩に苦しめられたあとの私はもう「研究が楽しい」っていう感覚がなくなってた気がします。

本当はやりたくないことを、毎日必死でがんばってました。


当然幸せじゃないし、意欲もどんどん低下していきました。


調子が悪いと苦しいし、病気になってよかったとは思わないけど、今の自分の方が幸せな日々を送ってる気がします。