今日は朝から、録画してあった「家政婦のミタ」を2話続けてみてました。
いつもながら、ボロボロ涙が出ます
そしてなかなか止まりません
このドラマを見ると、お義父さんの
「人間はゆるしあえる生き物」
という言葉を思い出します。
私、16年間ずっと父親を憎んできました。
私と妹とお母さんを捨てて、不倫相手を選んだ父親を、憎んで、憎んで、ずっと「あの男」ってよんできました。
お母さんも、私が父親を憎んで許さないことを望んでました。
今はどうかわからないけど・・・
前にも書いたかもしれませんが、離婚した時、お母さんは、私たちのアルバムから父親がうつってる写真を捨てようと言い出しました。
でも、私、たぶん捨てなかった。
最近、義実家で子供の頃のアルバムをみんなで見ました。
父親が移ってる部分を破った写真、半分に折り曲げて見えなくした写真、切り取ってある写真。
そんな写真が何枚か出てきました。
でも、みんなで旅行にいって、私と妹が父親と手をつないでもらって、海岸を歩いてる写真もありました。
いっしょにプールに入ってる写真もありました。
この時、確かにこの人は「お父さん」だった。
私の自慢のお父さんだった。
よく怒って自分勝手だったけど、いろんなことを教えてくれるお父さんだった。
小学校の発表会でビデオをとってくれたお父さんだった。
お父さんが警察官だから、私は婦人警官になるとか、警察音楽隊に入るとか話してた。
ずっと嫌いだったわけじゃない。
私、お父さんが好きだった。
でもお母さんの気持ちもよくわかる。
だから、今まで一生懸命父親を憎んできた。
でも、もういいかなと最近思う。
お母さんがいないところでは、父親の話をする時、「あの男」じゃなくて「お父さん」って言ってもいいよね。
今はもう違う人のお父さんになっちゃったし、別に会いたいとかそういうわけじゃないけど、子供の頃の思い出まで封印して黒く塗りつぶす必要もないよね。
私たちが出て行って、お父さんはどんな気持ちだったのかわからないけど、私の誕生日に図書券と短い手紙をくれたこと、本当はうれしかった。
手紙、破って捨てちゃったけど。
たしか「からだに気をつけて勉強がんばれ」って書いてあったような気がする。
まだ私のこと思ってくれてるんだってうれしかったよ。
大人になってから、みんなで住んでた家の前の道路を車で何回も通ったけど、いつもじっと見てしまう。
最近、夢にも出てくる。
「ここ、私の家だもん」
って中に入って、階段のぼって、トイレにいく夢。
でも、台所には他の女の人がいて、ガラス窓のついたリビングの扉の向こうには入れない夢。
夢では、昔あった黒い皮みたいなソファーが見えたけど、あれ、今でもあるのかなぁ。
あのソファで、ネコとイヌがじゃれてて、みんなで笑ったなぁ。
お父さんと並んで座って、勉強教えてもらったこともあったな。
ソファーの後ろの棚には、私と妹の楽しそうな写真が飾ってあった。
あの家を建てたときに、買ったメロディー時計、もうないかな。
毎時間、違う音楽が流れて、最初おもしろかった。
こんなに鮮明に思い出せる。
お父さんは、不倫という大きな過ちをおかして、それはもう取り返しがつかない結果になったけど、それより昔は幸せな家族だったと思う。
私、お父さんにもおばあちゃんにもおじいちゃんにもちゃんと愛されて育ったんだと思う。
父方のおじいちゃんは何年か前に亡くなったってお母さんに聞いたけど、私お葬式にも出なかったし、なんとも思わなかった。
でも、縁側でいっしょにままごとしてもらったことや、私がおじいちゃんとこにいくと、顔をくしゃくしゃにして喜んでたこと、お母さんがいない時にこっそり私の部屋に顔みにきたこと、全部覚えてる。
おじいちゃん、私のことが大好きだった。
何をしてもうれしそうに喜んでくれて、私がわがまま言っても笑って根気よくつきあってくれた。
私の自由奔放な部分は、おじいちゃんのおかげで成長したんだと思う。
かわいがってくれてありがとう。もう恨んでないよ。