2021年5月27日(木)から、劇団うつろろが1年ぶりの新作公演『ブラックムーン』を上演します。

 

前作、前々作と、様々な視点から「家族」を描いてきた劇団うつろろ。劇団として、家族シリーズ最終章とし、一つの集大成となる公演と位置づけています。公演が間近に迫るなか、稽古時間の合間を縫い、同公演に出演する5名にインタビューを実施しました。

 

今回取材したのは主役「水沼貴子」を演じるシゲキマナミさん。自身の演じる役や作品について、そしてこの状況のなかで公演に臨まれるご自身の想いについて伺いました。

 

劇団うつろろ「ブラックムーン」

【2021/5/27(木)〜30(日) @阿佐ヶ谷アートスペースプロット】

田舎街、川沿いに建つ一軒家。川の向かいには次々に高いビルが建ち、空はどんどん小さくなっていく。この場所も再開発地域に指定され、不動産会社の営業マンが立ち退きの説得に訪れる。どうやら立ち退きに応じていないのは、私たちだけらしい。幼なじみの洋平は、立ち退きで得られる、空に近い、あの部屋に住むのがなにより誇らしいようで、ご機嫌だ。

 

この家に彼女が暮らしはじめたのは、1年半くらい前。彼女は私より年下なのにしっかりしていて、とにかく頼りになる。節々に私は自分の至らなさを感じ、少し恥ずかしくなるくらいだ。

 

12年前、兄が彼女の兄を殺した。私を守って。出所後に消えた兄の帰りを、私は彼女と待ち続ける。今日の三日月は明日には消えてなくなっているだろう。影に覆われた世界に、いまもどこかで生きる兄は、なにを思うだろうか。

 

罪と償い、光と影。許されることのない人生の先に、人はなにを夢に見るのか。長い長い人生のなかの、何日間のお話。

 

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シゲキマナミ

広島県出身。高校卒業後、「専門学校舞台芸術学院」に入学し、演劇の道へ。現在、フリーの俳優として様々な劇団の公演に携わる。

(Twitter @Mogi566

 

簡単には理解されない。だからこそ、私がその苦しみをわかってあげたい

ー今回は殺人犯の兄を待ち続ける、「水沼貴子」という役を演じられます。まずこの貴子という人物について教えて下さい。

 

強い人ですよね。正攻法ではないかもしれないんだけど、兄が殺人犯になってしまったという、困難で苦しい人生を、自分なりの方法で生きていて。過去と向き合いながら、周りには明るく振る舞っている。

 

私は暗いお話や、苦しい状況を背負った人を演じることも多いんですが、そのなかで明るく演じるというのははじめての経験かもしれないですね。相反する状況や感情のなかで、どうやったらこうやって明るく振る舞えるんだろうと。ここはまだまだ苦戦しているところでもあります(笑)。

 

ー難しい役どころでもあるのではないかと思うのですが、今回はどのように役作りを行っていったのでしょうか。

 

これはどんな役を演じるときも同じなのですが、セリフ一つ一つを自分自身に照らし合わせながら考えていきました。どんなときに自分は近しい感情を持ったのか、そこを糸口にこの人を理解していくイメージですかね。

 

特に貴子は家族の絆をものすごく大切に思っている人でもあると思うんです。ここは私自身も共通するところでもあると思っていて。

 

例えば私は家族のことについては、すごく怒りの沸点が低いんですよね(笑)。悪く言われることがあったら、すごく腹が立ってしまう。自分のことをなにか言われても、そんなに怒ることはないんですけど。

 

もちろん、私には母も父も弟もいて、欠けてしまった貴子とは違う部分は多いです。簡単に理解してあげられるとはやっぱり言えない。ただちゃんと観ていただいた方に貴子という人の苦しみや想いがわかってもらえるように、舞台上で演じてあげたい。一つ一つ積み重ねながら、寄り添っていければと思っています。

 

 

"窮屈なとき"だからこそ、少しでも"心が軽くなれる"時間に

ー続けて、シゲキさんご自身について伺わせてください。特にこのコロナ禍の状況で公演をすること、演劇を続けることは大変なこともあると思います。そのなかで、なぜ演劇を続けたいと思い、公演に臨まれるのか。ご自身としてどのように捉えていますか?

 

端的に言って、「好きだから」。この一言に尽きるのかなと思っています。

 

もちろん、演劇が遠い存在だという人も多いし、この状況のなかでやる意味があるのか、いろいろな意見があって、私自身も考えることがある。ただ私にとって演劇は生活の一部で、生きがいともいえるのかなと思っています。生活をするなかで苦しいこともたくさんあるけど、演劇があると思うからがんばれる。観たいと思ってくれる人、観に来てくれる人がいる限り、私は演劇を続けていきたいと思っています。

 

ー"生きがい"だというお話もありましたが、演劇にこうした想いを持たれる背景にはどういうものがあるのでしょうか?

 

一つは、自分とは別の人間になれるから、というのが根幹にあるのかなと思っています。

 

おそらく、私は自分のことが好きではないんですよね(笑)。演劇をやっている時間って、演じる役の人のことをずっと考え続けていられる。この人はどういう人なんだろうとか、どういうときに楽しいと感じるんだろうとか、どういう人生を歩んできたんだろうとか。自分じゃない、他の人の人生を考えられる時間がすごく楽しいんですよね。ちょっとネガティブに思われるかもしれないんですけど(笑)。

 

また演劇って、日常とは切り離された"物語"の世界にいられる手段でもあると思っていて。それは「演じる」だけじゃなく、「観る」ことも同じ。たとえ嫌なことが日常に溢れていても、その時間だけは自分とは違う世界に身をおいていられる。そのとき心がふっと、軽くなれる気がするんです。

 

ーありがとうございます。最後に一言メッセージをお願いします。

 

今回は明るい話ではないと思います(笑)。どこか歪んでしまった人たちが、それぞれの正しいと思う道を選んで、苦しんで、お互いに苦しめ合ってしまったり。でもみんな、必死に生きているんですよね。

 

その人たちの姿を見て、この人のこの気持ちはわかるなとか、こう考えてしまう人もいるんだなとか、なにか感じてもらえるところがあるとうれしいです。

 

特にいま、いろいろなことが制限されて、心がすごく窮屈になってしまっている人もいるんじゃないかと思います。このお芝居が、そうした普段押し込めていた感情をちょっと開放してあげられるような、そんな時間にできるといいですよね。

 

私自身、公演ができること、観に来ていただけることに感謝して、最後まで全力で駆け抜けていこうと思います。

 

劇団うつろろ「ブラックムーン」

【2021/5/27(木)〜30(日) @阿佐ヶ谷アートスペースプロット】

田舎街、川沿いに建つ一軒家。川の向かいには次々に高いビルが建ち、空はどんどん小さくなっていく。この場所も再開発地域に指定され、不動産会社の営業マンが立ち退きの説得に訪れる。どうやら立ち退きに応じていないのは、私たちだけらしい。幼なじみの洋平は、立ち退きで得られる、空に近い、あの部屋に住むのがなにより誇らしいようで、ご機嫌だ。

 

この家に彼女が暮らしはじめたのは、1年半くらい前。彼女は私より年下なのにしっかりしていて、とにかく頼りになる。節々に私は自分の至らなさを感じ、少し恥ずかしくなるくらいだ。

 

12年前、兄が彼女の兄を殺した。私を守って。出所後に消えた兄の帰りを、私は彼女と待ち続ける。今日の三日月は明日には消えてなくなっているだろう。影に覆われた世界に、いまもどこかで生きる兄は、なにを思うだろうか。

 

罪と償い、光と影。許されることのない人生の先に、人はなにを夢に見るのか。長い長い人生のなかの、何日間のお話。

 

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