科研費が大幅に削除されて終了しました。
国立大学協会は学長声明を発表、東大京大なと8つの国立大学長と早稲田大学長、慶応義塾大学塾長が記者会見。
しまいにはノーベル賞受賞者6人が首相官邸で直訴。
これで見直されなかったら情けないです。
他にも漢方薬の保険適応外など、事業仕分けはごたごたです。
勿論自民党時代の垢を取り去っています。
しかし皮膚まで取り去ってしまっています。
子供手当も重要だが、野党時代に定額給付金についてあれだけばらまきだと批判しておきながら、与党になればは必要なものをカットして、ばらまき政策を行う。
挙げ句の果てに、母親からの資金提供についてしらを切った鳩山首相、もうどうしようもありません。
しかしメディアは、民主党のいいようにしか報道していない側面がある。
今日バンキシャを見たが、公務員宿舎のことしか取り上げていなかった。
科研費も漢方薬もすべて埋もれてしまったのか。
お昼のワイドショーで、市橋容疑者が二週間振りに食べた焼き肉弁当を再現してレポートするくらいなら、もっと報道すべきことはある。
日本を良くするのはいったい誰なのか…
第四回校内実力テスト
国語102/200
地理67/100
全体数学146/200
理系数学69/100
物理80/100
化学68/100
英語162/200
リス44/50
なんかもう、残念ですね。
国語と化学が痛い。
そして英語と数学と物理のミスが憎い。
駿ベネ記述
国語108/200
現代文35/100
数学107/200
英語137/200
地理55/100
物理78/100
化学66/100
現代文酷いです。小説は無理のようです。
駿ベネ11月マーク
国語134/200
現代文55/100
数学Ⅰ100/100
数学Ⅱ74/100
英語176/200
リス44/50
地理73/100
物理87/100
化学96/100
合計740/900
まだまだ未熟。
というか、国語の現代文は授業うけてもわかりません。
うちの先生は一時間ぼやぼや授業したあと、解説を配って、よく読み込めって指示するけど、解説読まなくても十分な授業をして欲しいものです。
冬休み、駿台青本で国語は徹底攻略せねば。
国語102/200
地理67/100
全体数学146/200
理系数学69/100
物理80/100
化学68/100
英語162/200
リス44/50
なんかもう、残念ですね。
国語と化学が痛い。
そして英語と数学と物理のミスが憎い。
駿ベネ記述
国語108/200
現代文35/100
数学107/200
英語137/200
地理55/100
物理78/100
化学66/100
現代文酷いです。小説は無理のようです。
駿ベネ11月マーク
国語134/200
現代文55/100
数学Ⅰ100/100
数学Ⅱ74/100
英語176/200
リス44/50
地理73/100
物理87/100
化学96/100
合計740/900
まだまだ未熟。
というか、国語の現代文は授業うけてもわかりません。
うちの先生は一時間ぼやぼや授業したあと、解説を配って、よく読み込めって指示するけど、解説読まなくても十分な授業をして欲しいものです。
冬休み、駿台青本で国語は徹底攻略せねば。
東京滞在後の箱根セミナーであり、五日間が不安でした。
でも参加して日数が経つうちに、もっと箱根にいたいって思うようになります。
勿論、駿台予備学校の先生は面白かった。
数学の小島敏久先生のアルキメデスについての講義は、受験には関係ないけど、楽しかった。
田上芳彦先生の英作文は、添削指導付きで、内容も素晴らしかった。
何より、英語科兼雑談科主任大島保彦先生に出逢えた。
そして箱根で出逢った仲間たち、今でもみんな東大を目指し、一カ月に一度、箱根を下山した日にメールを交わして励ましあっています。
そして、やはり素晴らしきリーダーたち。
毎晩対談に行くのが楽しかった。
座談会にも参加した。
中でも箱根宣言は感動的だった。
いろんな人の志望校に対する熱意が聞けた。
僕だって、ただ物理学をやるだけなら東大でなくてもいい。
だけど教養学部の制度や、箱根セミナーや物理チャレンジで出逢った東大生をみて、絶対東大生になってやると思った。
下山は僕にとっての再出発、3月というちょうど良い時期のことでした。
時は過ぎて8月、物理チャレンジでは夜通し語り合い、優良賞ももらいました。
駿台お茶の水では大島保彦先生と小林隆章先生の授業を聴講、箱根のメンバーとも再会。
東大ピアノの会見学。
9月には地元で大島保彦先生のスーパー東大実戦講座。
そして現在に至る。
浪人はしない。
落ちたら首都大学東京物理学コースに行く。
今僕がすべきことは、落ちても悔いのない勉強をすること。
足切りにかかるようなマネはしないこと。
限界目指して、東大理一合格をいただきます。
でも参加して日数が経つうちに、もっと箱根にいたいって思うようになります。
勿論、駿台予備学校の先生は面白かった。
数学の小島敏久先生のアルキメデスについての講義は、受験には関係ないけど、楽しかった。
田上芳彦先生の英作文は、添削指導付きで、内容も素晴らしかった。
何より、英語科兼雑談科主任大島保彦先生に出逢えた。
そして箱根で出逢った仲間たち、今でもみんな東大を目指し、一カ月に一度、箱根を下山した日にメールを交わして励ましあっています。
そして、やはり素晴らしきリーダーたち。
毎晩対談に行くのが楽しかった。
座談会にも参加した。
中でも箱根宣言は感動的だった。
いろんな人の志望校に対する熱意が聞けた。
僕だって、ただ物理学をやるだけなら東大でなくてもいい。
だけど教養学部の制度や、箱根セミナーや物理チャレンジで出逢った東大生をみて、絶対東大生になってやると思った。
下山は僕にとっての再出発、3月というちょうど良い時期のことでした。
時は過ぎて8月、物理チャレンジでは夜通し語り合い、優良賞ももらいました。
駿台お茶の水では大島保彦先生と小林隆章先生の授業を聴講、箱根のメンバーとも再会。
東大ピアノの会見学。
9月には地元で大島保彦先生のスーパー東大実戦講座。
そして現在に至る。
浪人はしない。
落ちたら首都大学東京物理学コースに行く。
今僕がすべきことは、落ちても悔いのない勉強をすること。
足切りにかかるようなマネはしないこと。
限界目指して、東大理一合格をいただきます。
ピアノも一段落、改めて東京大学と物理への思いを語っておきます。
小学校の頃から工作が大好きでした。
なにか物を作るのが楽しくて、低学年のころは木工、高学年になると電気関連に目覚め、発電機とかを作ったものです。
同時に理科の実験も好きでした。
環境調査と称して二酸化炭素濃度検出などもしました。
このころ科捜研の女というドラマがあって、白衣にも憧れていました。
物作りと研究、二つの道を考えていくうちにたどり着いたのが大学教授という夢。
まだ分野を決めかねていた自分に対する、ある意味逃げ道、でも、それ以外にあまりやりたいと思うことはありませんでした。
また小学校の先生に、東大に入ったらお祝いしちゃると言われたのもこの頃です。
この頃からなんとなく東大を意識していました。
中学校に入ってからは電子工作やロボコンに奮闘、工学部に進もうと決めました。
大学でもロボコンをやりたいと思っていて、東京大学はかなりの強豪で、ここでも東大を意識していました。
ても結局、興味があるのはロボコンで、大学レベルの研究にはあまり興味がなかったのかもしれません。
高校に入学し、このまま工学部に進むのだと思いつつ、まだ白衣への憧れがあり、漠然とした目標しかなかった自分に転機が訪れます。
勿論それは物理チャレンジです。
物理の先生に受けてみんかと言われ、来年の為に予選の雰囲気でも味わってこいと言われ受けに行きましたが、二年生で奇跡的に第二チャレンジに進むことが出来ました。
第二チャレンジでは最新の物理学をしり、物理学者の話も聞き、そして東大生の物理チャレンジOB・OGや多くの東大志望者に出逢いました。
このときから、自分は物理学者になりたいと思い始めます。
その年の修学旅行でも本郷を見学したのも、東大への思いをいっそう強くしました。
学校で課題研究が始まり、超伝導物質を研究しました。
さらに小柴昌俊先生にお会いし、物理学への思いはさらに強くなります。
超伝導物質研究の成果が認められ、物理学会で発表したのは今年三月、東大見学や高校の先輩の東大生と食事したり、高校のOBで、東京大学医学部の教授をされている先生に会ったりと、てんこ盛りの東京滞在でした。
また物理学会で益川敏英先生にもお会いし、いい経験になりました。
そして東京を出発、そのまま箱根セミナーへと向かうのです。
続く…
小学校の頃から工作が大好きでした。
なにか物を作るのが楽しくて、低学年のころは木工、高学年になると電気関連に目覚め、発電機とかを作ったものです。
同時に理科の実験も好きでした。
環境調査と称して二酸化炭素濃度検出などもしました。
このころ科捜研の女というドラマがあって、白衣にも憧れていました。
物作りと研究、二つの道を考えていくうちにたどり着いたのが大学教授という夢。
まだ分野を決めかねていた自分に対する、ある意味逃げ道、でも、それ以外にあまりやりたいと思うことはありませんでした。
また小学校の先生に、東大に入ったらお祝いしちゃると言われたのもこの頃です。
この頃からなんとなく東大を意識していました。
中学校に入ってからは電子工作やロボコンに奮闘、工学部に進もうと決めました。
大学でもロボコンをやりたいと思っていて、東京大学はかなりの強豪で、ここでも東大を意識していました。
ても結局、興味があるのはロボコンで、大学レベルの研究にはあまり興味がなかったのかもしれません。
高校に入学し、このまま工学部に進むのだと思いつつ、まだ白衣への憧れがあり、漠然とした目標しかなかった自分に転機が訪れます。
勿論それは物理チャレンジです。
物理の先生に受けてみんかと言われ、来年の為に予選の雰囲気でも味わってこいと言われ受けに行きましたが、二年生で奇跡的に第二チャレンジに進むことが出来ました。
第二チャレンジでは最新の物理学をしり、物理学者の話も聞き、そして東大生の物理チャレンジOB・OGや多くの東大志望者に出逢いました。
このときから、自分は物理学者になりたいと思い始めます。
その年の修学旅行でも本郷を見学したのも、東大への思いをいっそう強くしました。
学校で課題研究が始まり、超伝導物質を研究しました。
さらに小柴昌俊先生にお会いし、物理学への思いはさらに強くなります。
超伝導物質研究の成果が認められ、物理学会で発表したのは今年三月、東大見学や高校の先輩の東大生と食事したり、高校のOBで、東京大学医学部の教授をされている先生に会ったりと、てんこ盛りの東京滞在でした。
また物理学会で益川敏英先生にもお会いし、いい経験になりました。
そして東京を出発、そのまま箱根セミナーへと向かうのです。
続く…
もうやりきってきました
最後の悪あがきという感じです
練習日数三日、ちょっと音楽を舐めすぎてる感じがしますが、課題とかは大学入学後、しっかり潰していきたいと思います
今日からまた勉強頑張る

最後の悪あがきという感じです

練習日数三日、ちょっと音楽を舐めすぎてる感じがしますが、課題とかは大学入学後、しっかり潰していきたいと思います
今日からまた勉強頑張る
