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人生を変える英語学習 教育×英語×お仕事

子育て中のやり直し英語でTOEIC講師、実務翻訳者という自分の夢を叶えながら子供たちの英語教育リテラシー向上も果たしました。
「勉強しなさい」と言わない子育てで、長男は東大合格、長女が国立大医学部に合格しました。
教育コーチングを通して学習の自立をサポート

今回は、イジメ問題に関する古典と言われる本のご紹介です。

 

「いじめ こうすれば防げる ノルウェーにおける事例」

 

序論で訳者の方がこう書かれています。

学校でのいじめはずっと昔からあった現象である。ある生徒が仲間からのしつこい嫌がらせや攻撃にあっている様子は、文学作品にも描かれてきたし、また多くの大人は自分でも学校時代に経験したことである。このように、いじめはおおかたの人にとってなじみ深いものであるが、いじめについて組織だった研究がはじめられたのはごく最近ー1970年代の初頭ーになってからである。いじめの研究は長い間おもにスカンジナビアに限られていたが、1980年代の終わりから1990年代のはじめにかけて、日本、イギリス、オランダ、カナダ、アメリカ、オーストラリアなどの国々においても、一般の人々や研究者の注目を集めるようになった。

この本は、いじめを科学的、そして学問的に研究した点、そして、実際にノルウェーという国で政府が主導していじめ防止プログラムを立ち上げ、その後のそれについての追跡調査をしたものをまとめたもの、という点でいじめ問題に関して普遍的なことが学べる本です。

 

そのような非常に内容の濃い本であります。

 

例えば、

 

☆休み時間の監督といじめの関係

 

☆典型的「じめられっこ」の特徴

 

☆典型的「いじめっこ」の特徴

 

☆いじめと成績の関係

 

など、いじめに対して多角的なアプローチを試みています。

 

具体的ないじめ防止プログラムは、本を読んでいただくとして、第4部の「いじめ防止プログラムの核心」から、参考になる点、そして第1部いじめの実態と発見の指針から参考になる点をご紹介したいと思います。

 

「いじめ防止プログラムの核心」として、前提として「大人側の問題意識と真剣な取り組み」があげられています。第3部では、4つの実践的目標

 

1、イジメ問題に対する関心を高め、知識を蓄積して、イジメとその原因に関する謝った通年を打ち破ること

 

2、教師と親の積極的かつ真剣な取り組みを実現させること

 

3、いじめに対する明確なルールを作ること

 

4、いじめの被害者を力づけ、保護すること

があげられていますが、これもまずは「大人側の問題意識と真剣な取り組み」が前提とあるかと思います。

 

長くなりましたので、続きは次回としたいと思います。

今回からすこしずつ、今まで私が読んだ「いじめ問題」の本をご紹介していきたいと思います。

 

いじめ防止活動の輪が広がればいいなあ、後を引き継いでくださる方がいるといいなあという思いを持ちつつ・・・。

 

まず、最初はこれですね。

私がいじめ問題に対する基本的な考えを学び、活動において育てていただいたのは「いじめから子供を守ろうネットワーク」です。

 

その初代代表が書かれて、渡辺昇一先生も寄稿されているブックレットは今は在庫ゼロになっておりまして・・・

 

現代表が書かれている本がこちらなのです。

 

ここには、いじめから子供を守ろうネットワークの基本的なスタンスがたくさん詰まっています。

 

イジメ問題というと、実際に当事者になってみてから、あれこれ調べたり、動いたりということが多いかと思いますが、日頃の生活の中で参考になる点をご紹介したいと思います。

 

第3章で「日頃のコミュニケーションがいじめ発見につながる」

とあります。

 

いじめ問題のむずかしさは、事件が表面化せず、水面下で進んでしまうことですが、できるだけスムーズに子供から相談をしてもらうには日頃から親子間のコミュニケーションをとっておくことが大事だとかかれています。日常生活で全く会話がない親子が、いじめ事件が起こってからあわてて関係を修復しようとしてもうまくいかないのです。

 

これは、同じで第3章で

いじめ問題を何例も見てきて、一つ気づいたことがあります。親が「私が守る」ということを子供に伝えられたとき、子は親から愛されていることを実感するんだと知りました。そんな子供たちはいじめによる心の傷を乗り越える力を発揮することが多いのです。

とありますが、そこにも通じるのかなあと思います。

実際、いじめを乗り越え、前向きな人生を歩んでいく人たちにも「親との良好な関係」がポイントになっているように感じています。やはり、人間関係の基本は、最初の他者である親との関係なんですね。

 

また、これは実際にいじめ問題が起こってからのことですが、いじめ解決のゴールは「謝罪」です。加害者から被害者に対する謝罪です。

 

同じく本書の第3章には、いじめ加害者からの謝罪を受けた元いじめ被害者の事例が紹介されています。

 

その為の方法論もたくさん詰まっている本です。

 

いじめ問題の基本にたち返るために、定期的に読み返したい本だなあと思いました。

以前にもLINEいじめについて秀逸な意見を述べ、また、朝日新聞のコラムに「いじめっ子へ」のメッセージを寄せたはるかぜちゃん、また「いじられる側にも原因がある」に対して相変わらず鋭い意見を述べてくれました。

http://togetter.com/li/1038210

 

「いじめられる側に原因があるか聞かれたら 完璧な人間はいないので ある、と答えざるをえません けれどそれは、いじめる側が原因を相手の中に「見つけた」だけのことだと思います まずいじめる側に、誰かをいじめたいという目的(結果)があって その目的に向かって、原因を探し出されたのです。」

 

これは、アドラーの心理学的観点にも通じるご意見かと思います。

 

また、いじめっ子は「いじめる原因」を見つけます。

基本スタンスが「いじめる」なのです。

 

痩せていてもいじめられるし

太ってもいじめられます。

 

成績が悪ければいじめられるし、

優等生でもいじめられます。

 

つまり、原因があるからいじめるのではなく、「いじめる原因をみつけて」いじめるのです。

 

少し、観点をかえますが・・・

私は時々「いじめられたトラウマ」を抱えているという方から相談を受けることがあります。

 

少々厳しい言い方になりますが、いじめられた子が全員、トラウマを抱えて社会不適応になっているかというと、そうではありません。

 

多少スランプでも、目標を持って努力している人もいれば、中には感謝している人もいます。

 

「いじめらたこと」にとらわれて前に進めて人の中には、

 

「前にすすまない」

「不幸を選択する」

 

という立場を自分で決めて、その原因を「いじめられた経験」に見つけている人もいます。

 

いずれにせよ、人間はまず「こうする」という思いが行動を決めるということです。

 

いじめトラウマにとらわれている君へ

「いじめるというスタンスに立つような卑劣な人間に自分の人生を支配されるのは、もうやめませんか?」

 

帰国子女であり、発達障害であったということは、確かに今の日本では「いじめの対象」になりやすいのは事実です。

 

しかし、そんな栗原さんが「心の力がついた」とされる中学校でのポイントは「仲良しの友人」「受け入れてくれた母」の存在だと思います。

 

これは大きなポイントなんです。

 

なぜなら・・・いじめられ続けているとどうしても「自分を否定」するようになってしまうから。

 

いじめを乗り越え、はねつけた子は、必ずこの「自分を否定」を乗り越えて、肯定するようにマインドを変えられています。

 

または、自分を否定せずに、強い意思を持ち「いじめをするような人がいけない」とある意味達観しています。

 

この二点、機会を見て掘り下げてみますね。

(ただいま、ちょっとおこもり仕事と勉強中なのです(*^^)v)

 

少し、「いじめ」の話が続きましたので、前向きな明るい話を。

 

子育て中、経営者、いじめ防止活動を始めとする社会活動とさまざまな場面で思うことは、

一番難しいけれど、一番大切なのが

 

「人間関係」

 

だということです。

 

貴人との出会いという言葉があるように、本当に素晴らしい人との出会いは自分の人生をよい方向に引き上げてくれますし、それを縁として、素晴らしい人や出来事が引き寄せられます。

 

逆に、絶対に避けるべき人というのが、悲しいことに存在するのも確かです。

 

何が何でも避けるべき人

 

に書かれている内容は、本当にその通りだと納得しました。

 

そして、このエントリーは海外の方が書かれている・・・ので、世界中にこういうタイプの人は存在するんだということに少々驚きました。

 

このエントリーの中に書かれていることを、私なりにまとめますと

 

「感謝」と「精進」

 

がない人たちということになります。

 

周りの人への感謝や、自分を律していこう、変えようという精進がないので

いつも被害者意識で「人のせい」「環境のせい」または「病気のせい」にして

います。

 

まさに、ハリーポッターに出てくる「ディメンター」のような人たち。

こういう人たちとは、ある一定の距離をとるスキルを学ぶことが大事ですね。

 

「感謝」と「精進」がない人を、私は総称して「貧乏神」と呼びます。

この真逆の「感謝」と「精進」で満ち溢れる「福の神」のような人たちと交流できるべき自分をつくるために努力をしてきたいと思います。