秋葉行ったり、友人宅行ったり、霞が関行ったり、秋葉行ったりでちょっと忙しかったので、更新に手が伸びず・・・
今から、たまってるアニメ消費しますw
そういえば、今日やっとヴィンランド・サガ全巻揃いました。読むの楽しみ^^
秋葉行ったり、友人宅行ったり、霞が関行ったり、秋葉行ったりでちょっと忙しかったので、更新に手が伸びず・・・
今から、たまってるアニメ消費しますw
そういえば、今日やっとヴィンランド・サガ全巻揃いました。読むの楽しみ^^
「自己憐憫が一番タチわりーんだよ。うじうじ腐るだけで前にも上にも進まねえから。とかいっても、自己愛もおんなじくらいタチわりーけど。・・・あーいうこんな自分が好き、とか、こんな自分になりたいとか言ってる奴は結局自己完結で終わって、人の話なかなかきかねーんだよ。自分自分言ってる奴は最悪、とりあえず。」
作中より抜粋。なんとも重厚な語り。僕の関心のあるナルシシズムに見事にヒットしてておおっwってなりました。
目の前の現実をありのままに見ず、自己の否を認めず他者の否定を行う・・・現代社会を覆い尽くすナルシシズムを見事に述べているなあと思いました。
ああ・・・てか、作品全体の感想というか・・・凄く書きづらい作品ですwwwこの小説は破綻しかけない物語でありながら、全体を通して見ると絶妙なバランスを保っている不思議な構成です。では内容に触れます。
阿修羅像の作られた経緯も踏まえて、『阿修羅ガール』の「阿修羅」は、自己嫌悪によって新たな自分を求めて、自己破壊(他者破壊でもいいのかも・・・)する行為を意味するのだと思います。主人公である愛子は自己嫌悪から、簡単に命を投げ出そうとする「阿修羅ガール」
けれど、自分の内面世界?に触れることで、自己の不確かさ、「我思う故に我在り」の我そのものの曖昧さを知った愛子。これにより、私と他者とのつながりも自覚する愛子ですが、同時に自己肯定へと心境が変化。
なんで・・・?この他者の理解と自己肯定がうまくつなげられずに小一時間悩んでおりましたが・・・もういいやw
壮絶な内面世界(森)での経験により、この現実世界を肯定→自己の肯定(この世界で生きていく私)。
そして他者のつながりを知ることで、自己の肯定→他者も肯定(グルグル魔人)へと繋がるんだと勝手に納得しときます。
「愛が足りねーんだよ、愛が」
愛子もこの世界を愛することができたのだと思う。
この春上さんは、どうやら↓
木山先生の教え子のりっちゃん隊員(枝先万里)を探していることが判明。
春上もまたチャイルドエラーでした。
で、春上がポルターガイストに関与しているのかどうかということで・・・
初春と黒子が対立!春上を疑う黒子・・・友達なのに疑うなんて酷いと主張する初春・・・
かわいい・・・
ってのはおいといてw初春ちょっとうざいですwww春上を過去の自分と重ね合わせている節があるので、頑固になってる模様。しかし、某掲示板の意見の一つに・・・
(黒子と初春の対立について)
すごいな、5話の初春と黒子の性格をちゃんと踏まえてるな
先行して犯人はさっさと捕まえるべきと考える黒子
まだ手の内が分からない内は様子を見るべきと考える初春
>>初春は春上が明確な尻尾出すまで待ってて
下手に探り入れて掻きまわされるの嫌がってるのか?
どんだけシビアな世界で生きてるんだよ
着眼点すげえwwwてか深読みしすぎワロタwww
で、他に面白かったものを・・・
どうせテレスティーナが枝先万里なんだろ
( ^ω^)・・・
その発想はなかったwww
次回予告をみたら木山先生でるみたいですね。それより次回のタイトルが・・・
「レベル6(神ならぬ身にて天上の意思に辿り着くもの)」
これは・・・
佐天さんがReal Forceを手にする時
物語は終焉を迎える・・・