あわあわ阿波踊り! -13ページ目

あわあわ阿波踊り!

阿波踊りと徳島と山登り?

木がおれたというより、破裂したみたいになってました

あわあわ阿波踊り!


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あわあわ阿波踊り!


新聞の報道では、いかにも仮設住宅って感じの写真が掲載されていますが
実際には、かなりしっかりした造りで、断熱材も入っているし、かなり自分がイメージしていた仮設住宅とは違ってました。

プレハブ状の仮設もありますが、何箇所か仮設住宅をみたのですが、あまりの立派さに驚くことが多かったです


最近、ニュースで、地域によっては、支援物資の配布を終了にしたという報道もありました
仮設住宅に入った家庭には、電気も水もきていれば、物資の配給はなくなるとのことでした


自分が働いているときも同じ状況で、仮設住宅に入る人や、自宅がが片付いて、電気もきたので帰るといいう方が だんだんと出てきたときでした

ここで、なんともいえない状況が出ていました

避難所に多数の方が避難している場合には、各自が配布される支援物資(洗剤や鍋とか様々)をその避難所で使う分だけ要求がありましたが、仮設住宅に入り始める段階になると、すぐに使うというよりは、仮設住宅に入った場合に必要になるだろう物資の要求が多かったように感じます


自治体によっては、こういった避難所で緊急的に使用する物資以外の配布は認めていないとこもありました

このあたりがなんとも言えないとこで、ボランティアとして現地に入った人にとっては、支援物資は少しでも多く配布したい
しかし、被災者でもあり、ボランティアを管理する自治体の職員からすれば、すぐに使わず、備蓄にまわすようなら配布できない

この難しいジレンマみたいなものが生じていました

たしかに、自治体の対応は最初はきびしいように感じましたが、実際に現場では、自分たちの備蓄のために、ほかの世帯のことを考えずに、すこしでも多くの物資をもらおうとする世帯が、そんなにすくなくなかったです
ほかの被災者のことも考えて、必要な分だけをもらって帰る方ももちろんいました

被災者が自立にむけての段階の難しさを感じました

支援ということで、食料から日用品、衣類まで無償でもらえる状態が続くのはかならずしもいいことばかりではないと感じました

支援を受けるほうも、たぶん若干のうしろめたさを感じるし

スーパーなんかの出店も遅れる

また、支援になれてしまうと、それに対する甘えもでてくるのかなと

そういった点で、同じ被災者である自治体の対応は厳しいものですが、自立を促すためには必要だったのかもしれません

そもそも、支援物資というのは、野菜や飲料など様々ですが、かなり不定期で、また炊き出しなんかもあるときはあるし、ないときはまったくないといった不定期なものでした

2ヶ月もたつのに、こういったことが、いまだに支援に頼ったままで、公的な避難所支援サービスがあまり整備されていないような気がしました

だれもこんなに長期で避難所にいることを想定していなかったせいかもしれませんが

もはや、支援という不安定なものに避難者の食生活をはじめとした日々の生活を任せるのではなく、制度として、公的サービスを提供すべきではないかと

支援はたしかに大切で、ありがたいものですが、それに頼りすぎたため、自治体がそういったこ避難者の日々の生活に無関心であった理由があるような気がします

国や自治体の偉い人が、テレビで復興のことを語ってましたが、住民は日々の生活でいっぱいであり、そういったとこの改善が復興とくらべてほったらかしにされていると感じました





10日間ほど、宮城県の方に行っていました

そこで、住民の方やボランティア、被災地の公務員の方、支援に入っている他県の職員、企業の方と接することができましたので、その中で感じたことを書いてみたいと思います

いちおう、ボランティア的な活動、ボランテティアリーダー的なこともしてきました

なお、これから書くことはかなりかたよった考え方かもしれませんが、宮城に行く前の世間一般的な
情報と違うなと感じたことを中心に書いていきます

それは違うと思う方もいるかもしれませんが、そういったことを理解して読んで欲しいです
けっして、自分の考え方が正しいとは思っていません


あわあわ阿波踊り!


あわあわ阿波踊り!


地震と津波から2ヶ月たちましたが、現地につくと、あまりにも復興とはかけ離れた 手付かずな状態に驚きました

道路や橋から先に整備しているようでしたが、まだまだ道路も途中で寸断されたとこや、崩れたままの箇所も多かったです

まずは、住民の方と接してみた感じたことですが

失ったものの程度により、気持ちの面で、差があるような感じがしました

失ったものがまだ少ない方は、避難所でも比較的明るく、積極的に活動されていましたが

やはり、娘を失った方や、家族、親戚、家、車を失ったかたは、まだ立ち直るという状態からは程遠かったです

普通に会話をしていても、ふと娘が亡くなったことや、家、家族がなくなったことが会話の中に出て、ものすごく、力のない目をされます

それまで、普通のことをしゃべっていたのですが、それいじょう深く聞くことも、声をかけることができませんでした

そういった、人によって程度の差が大きかったです

地元の公務員の方でも、始めはもっと公務員だったら、積極的に働くべきなんじゃないかなと、思っていましたが、話を聞くと、家も車も流され、震災後二日間、学校で過ごし、そのご必死で家族を探したとのことでした。その結果については聞くことが出来ませんでしたが、もう、目に力がありませんでした


たぶん、自分だったら、たとえ公務員だとしても、それだけのものを失ったら、働く意味を見つけることが出来ないかもしれません

それでも、その公務員の方は、元気とかはないものの、黙々と作業をしていました


ここでは、ほとんどの方が、家や家族をなんらかの形で失っています

そのため、亡くなった方の弔いや、手続きなどが、数ヶ月かかるため、仕事を見つけに行くといったこともできないとのことでした(精神的にも)

すべてがすべて、こういった悲しい雰囲気でつつまれているわけではなく、明るくしゃべっている方もいますし、ボランティアに混じって、積極的に働く現地の人もたくさんいました

こういった状況ははたして解決できることなのか
まったくどうしたらいいかわからなかったです





ん~、今週もたくさん働いた~
とってもおなかへったなぁ ってときにまさに行くべきお店

それは

お魚食堂「弘伸丸」です( ̄▽+ ̄*)

とっても新鮮なお魚を出してくれるとのことで、うわさを聞きつけて行ってみました(*゜▽゜ノノ゛☆

で、注文したのはてんぷら定食と、煮魚定食!

あわあわ阿波踊り!


あわあわ阿波踊り!


とりあえず、料理が出てきて驚くのは、その量の多さ((((((ノ゚⊿゚)ノ

けっこう、学生のころからがっつり食べてきたんですが、この量の多さには驚きます

てんぷらなんて、食べ切れるのか?って感じです
しかし、となりのファミリーなんかは普通に食べてたりするけど…
これが、阿南スタンダードなのか(-_\)(/_-)三( ゚Д゚)…

で、これらの定食は1000円なんですが、300円追加でさしみをプラスできます

あわあわ阿波踊り!


このさしみが新鮮でおいしいY(>_<、)Y

さしみだけで、ごはん食べれる~


ま、いちおう、どれも完食しましたけど
たぶん、うごけなくなります

もちろん、定食はとってもおいしいです

で、この店のオーナー

あわあわ阿波踊り!


バリバリの漁師さんです
みたまんまです(笑)

とってもきさくで、意外とガンガン話しかけてきます(くれます?)

ちなみに、ごはんはおかわり自由かな?
あと、採れた魚によって、その日のメニューがきまります
駐車場が少し少ないのですが、意外とどうにかなります。

ランチもしているようですが、自分は夜に行きました
意外と平日はいけるかな~

てんぷらはかなり大変だったので、こんどはさしみ中心でいってみたいと思います


意外と、この店のブログとかもあったりします
http://koushinmaru.sblo.jp/