Hendrix on the Shore

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 束の間のトリップから呼び覚ますように、微かな北風に煙草の香りを乗せてN氏が戻って来た。
 
「あ!釣れました?」
「…いえ、またラインが絡んじゃって」
「そうですか…」

 己の集中力の乏しさが刻一刻と貴重な『今』を失わせて行く。悴む指先で何とかリーダーを結び直しながらふと思った。ショックリーダーを結ぶ理由として挙げられるのは、鋭い歯等からの擦れ対策と、投げ釣りでも用いる力糸の様に衝撃を緩和する事だ。しかし現地で一刻を争うほどに時間が限られている時や、リーダーが無かった場合の対策としてPEラインを直結する場合にこんな結び方はどうだろうか?

1.先端部の輪を長めに取って動画の様にビミニツイストを行う。
2.アイに3回ラインを潜らせる(1.5号の場合9号分の強度)。
3.1の縒り込んだ部分に重なるまでダブルハーフヒッチを行う(6号分の強度)

 これならスッポ抜ける事は無く、ある程度の太さも有るから擦れにも何とか耐えられるのでは?しかしその太さが悪影響かも知れない。次回検証してみる事にしよう。
 私はN氏から鍵を受け取った。

「ん?それ何ですか?」

 広げた私のルアーワレットの中からひょっと出たチャートグリーンのルアーを見てN氏は言った。

「あ、これ○○で買ったんですよ。店長の一押しレビューが貼ってあって何か気になったんです。えーと…何だっけ?」
「あっ!ドリフトトゥイッチャーだ!そんな色もあったんですね」
「そうそうそれです。ブログでも書いてましたよね。あの店はルアーの品揃えが半端じゃないですね!チヌークやてっぺんスプーンってあんなに沢山種類が有ったんですね。ちょっとこれ使ってみます。えーと…なんて名前でしたっけ?」
「…ドリフトトゥイッチャー」
「そうです!ドリフトトゥイッチャー(バスデイ85Sチャートグリーン)」

 開発概念は本流でのクレイジートゥイッチングや荒瀬でのダウンストリームも何の其の、激流をも相殺する優雅な泳ぎで自在に操れる新たなシュガーミノーだ。水を噛みやすいオフセットリップの採用で止水での泳ぎも両立しているとの事だ。
 水面に向かう自由気儘なローテーション。数撃ちゃ当たると脳天気な思惑を掲げながら、行き当たりばったりな楽天家はまた新たな擬餌針の游泳を楽しむのだった。
 私達はランガンを始めた橋の下まで戻り、そこからはN氏が先行して歩いて行った。N氏は早いペースでどんどん進んで行き、すぐに湖岸の森へと消えて行った。やはり私のペースは遅すぎたと思いつつも、マイペースでやろうとゆっくり後を追った。
 暫く歩いて行くと一隻のボートが目に留まった。白い湖岸にポツリと流れ着いた白いボートが佇む白い空の下、妙な哀愁を覚えてシャッターを下ろした。朱鞠内湖では近年渡船システムが導入され、今では道程の険しかった湖岸へのアプローチも容易となっている。
 さらに進んで行くと木々が減って開けた湖岸に出た。数人の釣り人達が和気藹々と楽しそうにやっていた。心に余裕が無かったのか、私は話しかける様な気分すら持ち合わせずに軽く会釈を交わしてそのまま先へ進んだ。
 何をやっても願っても反応は皆無のまま、諦めかけた心に早朝の意気込みも呑み込まれて行く様だった。沈みかける苦渋の感情を舐めて奮い立ち直してはキャストを繰り返したが、何の意志も感じられない反復運動へと零落して行く様に思えた。
 そして、さらに歩き続けた先にはただ一点を見つめてハンドルノブから息吹を吹き込むN氏の姿があった。



【「釣師」ではなく「釣士」でなければならない(佐藤垢石)】


 『それで駄目ならサージャーをヨタヨタ』…という訳でここで取り出したのはトラウティンサージャー(スミス80S公魚)である。リトリーブでのローリングアクション、トウィッチングでのトリッキーな小魚の動き、フォーリングでのバイブレーション、何とこれは一石三鳥を担うジグミノーだ。このフォーリングでの独特な煌びやかさが織り成すヨタヨタ感に私は大層魅了されたのだが、それでも生命反応は全く感じられない。
 ふと後ろを見るとN氏は正座しながら姿勢良くリトリーブしている。

「うん…ふむう…」
「Nさん、どうですか?」
「いや、全然…全く無反応ですな。さっきの沢筋の所良かったですね。彼処まで行ってから戻りましょうか」
「解りました。だんだん暖かくなってきましたね」

 見上げた空には積層雲が天使の梯子を長く伸ばし、雲間の後光が何度か私達を暖かく照らしてくれた。
 私達は来た道を引き返しながらキャストを続けた。先程反応が有った沢筋と網場も全く反応が無かった。時刻は既に八時を過ぎていた。
 
「ヘンドリクスさんちょっと車の鍵を拝借してもよろしいですか?煙草置いてきてしもうて、もう涙目ですわ」
「どうぞ。あえて吸ってないのかと思いました」
「いやいや、釣りしながらも吸いますよ。ちょっと行って来ますね」

 煙草を取りにN氏は車へ戻って行った。波風立つことすらない静けさが辺りを包んだ。今日釣れなかったら同行して頂いたN氏にも申し訳ない。何とか一匹魚鬼を釣りたい。どんな状況でも糸口に繋がる正着打が必ず有る筈だ。
 ここで坊主脱却祈願のバイト(アートフィッシング16gシェルグリーン)を取り出して渾身からフルキャストした。常見先生並びに開高先生何とか力を分け与えてください。

*バイト…銀山湖で鮭の様な巨大岩魚が釣れる事実が世に広まり、三万人以上の人々がこぞって奥只見(新潟と福島の県境)を目指した第一次ルアーブーム真っ只中の1973年頃、市場からルアーが消えたことを切っ掛けに産まれた元祖国産スプーンである。名付け親はフィッシュ・オン著者の開高健。数々の伝説を生み出してきた常見忠の最高傑作と言われている。(アートフィッシング総合カタログ参照のこと)

 銅板一杯に鏤められた生命の名残に狡猾な魚鬼も恍惚と振り向くに違いない。カウントを少しずつ増やしながら探る棚を変えて、アドリブ全快のジャークをぽつぽつと混ぜながらリトリーブを繰り返した。朱鞠内湖と言う名の巨大なカンバスの湖底を揺らぎ舞う不可思議なイメージを穂先から描き出す。
 全てに通ずる成功の秘訣はイメージだ。例え相手が人であれ、動物であれ、社会の縮図とも言える組織の悪しき環境であろうと、変化の術となる第一歩はイメージだ。ビジョンだ。何はともあれ情熱だ。色眼鏡を捨てて僻見を払拭した再思三省を計る事だ。そして如何なる時であれ、やはり愚直に生きていたい。
 未だ心を開かぬ朱鞠内湖の民に思いを致して一句詠んでみる。

狐川 
彷徨う鮑の
片想い

 大切なのはイメージだ。
 ここでまたもや根掛かりして700円を賭けた地球との綱引きとなった。ルアーロストは仕方なしと手袋の上にラインを巻き付けてゆっくりと腕を退くと少しずつラインの先の物体が動かずに寄ってくる。単なる丸太か何かだろうと思いかけたその時、指先がもげそうなほどの途轍もない力でラインが引かれた。その左手から直ぐにラインを逃がすと同時に体勢を崩した私はそのまま水面に全身からから叩きつけられた。

「うぶわ。つめってえ!」
 
 気付いた時には引きずり込まれたロッドの柄が水面から消えようとしている。
 
「うおぉちょっと待って」

 夢中で引っ手繰り返したロッドは見るのも痛々しい程にバットから異常な角度で沖に向いている。

「うぅわ、何だこれ…」

 圧倒的なパワーでラインが一気に引き出され、下巻きのナイロンが見えかけている。

「やりましたな!ヘンドリクス殿」
「Nさん!凄い引きですよ。腕が痛い」
「早まってはいけませんぞヘンドリクス殿。最後の詰めを誤った釣りほど惨めなものはないですぞ。それで泣いた釣り人を何人見てきたか知れないだす」

 エラ洗いで激しく抵抗する魚体の胴回りは7000ccのアルゴンガスボンベを更に上回る程の異常な太さだ。N氏は驚愕した表情でこう言った。

「ちょっ…何ですのあれ!?どう見ても1メーター50は超えとりますよ。ワシの記録なんてあっさり塗り替えとりますわ!朱鞠内のアベレージも遂にここまできたんですなぁ。美談はやがて歴史の核心として語り継がれるんですなあ…うん、うん」
「どうやって取り込めば良いんですか」
「あんな怪物ワシのネットにも入りませんわ!こうなったらやるしかありませんな…抱き取りを!」 

 N氏はバッグからボロボロになった軍手を取り出して左手に嵌めると、大きく息を吸い込み握り拳に手を重ねて息巻いた。

「成る程!それをはめて魚鬼の口の中に突っ込むと言う訳ですね!」
「この軍手が何十という魚鬼の歯でボロボロになった事を思えば、捨てるに忍びない気もヘンドリクスさんなら解るでしょう。必ずワシが獲ります故に安心してくだされ!完全支援体勢ですからなあ」
「お願いしますNさん!」
                
*イメージです。
 


【何の衒いも飾り気もなく、素朴な形が私は好きである。
 開高大兄も言っている”シンプルや”と……。
 プラグもスピナーもワームも、魚がヒットしたときの興奮度に変わりはないけれど、
 どこか「共同作戦」という感じがしてしまう。
 スプーンについてはそれがない。
 言い換えれば、ルアーフィッシングの原点であるとも思える。
 私がスプーンに拘るのは、それらの理由からである。(常見忠) 】


 撮影を終えたN氏が戻ってきた。

「どうです?釣れました?」
「釣れてませんけど、さっきデンス使ってたら追って来ましたよ!」
「お、どれくらいありました?」
「ええと…60位ですかね」
「そうですか。さっきのでかい奴ヘンドリクスさんに喰い付いてくれんかね」
「何とか一本釣りたいです」
 
 私達はまた歩き始めた。

「追ってきても喰わないって事は何かが違ったんでしょうな。ちょっと色が嫌だったとか、何かケツの動きが気にくわなかったとかね」
「はは。何だったんでしょうかね。色々試してみます」

忠さんてっぺんクルセイダー
 兎に角無心に試みる
  アグリアニアキスブレットン
   形振り構わず乱れ撃つ
    空っぽ頭と水平線
     弛んだ心でリトリーブ
      縮れた道糸見落とした
       感けた節穴目を覚ませ

「うお…ガイドが凍ってる!」
「まあ、氷点下ですからな」
「うわ…ラインが………俺こんな感じに絡まる事が多いんですよ」
「サミングした方が良いですよ」
「あー…ついつい忘れがちで、ふと思い出した様にやってます」
「毎回やった方が良いですな。着水してすぐにアクションを入れたい時とか便利ですからね。私なんてこんな感じでやってますよ」

 そう言いながらN氏はキャストして、着水前に少々大げさにサミングを見せてくれた。
 私はガイドを塞ぐ氷を取り除いた。ラインは幸いな事に切らずに解くことができたが、毎回サミングを行えばこんな事にはなっていなかった筈だ。

*サミング…キャストした後にラインが巻かれている部分に指を当ててラインスラッグ(糸ふけ)を取る事。激しい着水音を緩和することができる。これを行わないと弛んだ状態でラインが巻かれてしまい、ライントラブルに繋がることが多い。テクニック等ではなく、息を吸ったら吐くと同等な位の基本動作である。

「ヘンドリクスさんは最近ギャオスはやっとらんのですか?この前気付いたら名前見つけましてなあ」
「あ、本当ですか?最近スマートフォンに変えたら出来なくなったんですよ。あれ面白いですよね」
「近頃私あればかりでしてな、嫁から禁止令が出ました」
「確かにはまりますよね。たまに激レアなモンスター出るじゃないですか。あれ捕まえたくて俺…高いパウダー買っちゃいました」
「買っちゃった!?マスターパウダー買っちゃったの!?」
「そうなんです。まんまとアメーバの策略に引っ掛かかりましたよ」
「そうですか…遂に手を出してしまわれましたか…」

 二人とも一向にアタリが無くなってしまった。ライズも無ければモジリも無い。朱鞠内湖名物の『無の世界』に突入してしまったのだろうか。噂には聞いていたがその名の通りの『死水』である。そして先程のチェイスを理由に使い続けたデンスは水底の阻害により星となってしまった。
 私は以前N氏がこんなメールを送ってくれた事を思い出した。



【ルアーの楽しみは餌釣りとは別だと思うんですがね。
 一言で言えば、自然に反逆しながら自然に戻る。
 つまり芸術ですな。(開高健・地球はグラスのふちを回るより) 】