うってかわって腰が重かったりおなかを壊したり、つらい一日。
なにたべてもだる~い・・・。

においに敏感なのでにんにくとか魚を焼いた後とかきつい。

体重はちょっと減ってた。今日はゆっくり休むつもり。


現在の嗜好:りんごジュース、梅好み+ご飯


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7w1d 心拍確認。

検査薬でわかったのはもう結構前で、お正月を挟んで病院へ。
お正月は具合が悪くて大変だったなぁ・・・。初期はとにかく肩が凝った。
8時間も車に乗っていたら、少し出血したり、初詣で転んでしまったりしょっぱなからなんだか大変。
具合悪くても夫くんの実家の人たちには何にも言っていなかったので(めんどうだし)とにかく大変な帰省だった。

年が明けて、みえるとしたらもう見えるかな~と病院へ。
普通はもっと早く行くものらしいが何せ遠いのであいまいなまま通うのもつらかったから。
治療時代とは別の曜日にいったので女の先生から若い男の先生に変更になった。
治療で妊娠したわけではないので、気分転換になっていい気がする。
経過を見て「こういうひとめずらしいですよ。たまたまうまくいったんだね」といわれる。
あんまり意外でなんだかびっくりしちゃって、感動が薄いと思われたかも。


あかさんは「心臓がばくばくしててとても元気」らしく、あきらかにぴょんぴょん跳ねすぎだった。
いまのところはまだ芋虫みたい。
順調なので母子手帳をもらいに行ったら帰り道に迷ってしまった。
病院にいくまでは結構具合悪かったのだけれど
いろいろわかって安心したからなのか久しぶりに気分爽快でバーゲンで
ワンピースを二枚買ってみた。


ayatori-黄色のワンピ ayatori-うしろりぼんのしましま

なかなか授かれずに

いまの病院でクロミッド→クロミッドと注射の併用→一日おきの注射へと切り替えることで約1年半。

AIHを2回。ついでに男性の検査で望み薄が判明し、
AIHの初回から「6回しかできませんよ」と宣言され

次の高度医療のステップを勧められていた身です。
夫君はそれ以上を望まなかったので(とはいえ禁煙してくれました)AIHでおわりだなと思っていました。
だいたいここは田舎で、専門病院なんてありませんから、進めばお金も尋常じゃなくかかります。
こうして書くと短く感じるかもしれませんが
いまの病院以外にもファーストステップの治療を2度繰り返しているので
休みを入れて計6年待っていたことになります。
わたし自身はそんなに重く見えないようでファーストステップが病院を変えるたびに繰り返されたため
このようになってしまいました。


結婚して8年。

他人(身内)の言葉に悲しかったり悔しかったりを繰り返し、
自分が劣っていると感じて、ひどく落ち込むようになっていました。
病院にいくたびに自分の体が自分のものでないような気がしてきたり、
乳幼児を見たくなかったり。
そうすることで罪悪感を感じてよりいっそう苦しんだり。。。

文字通り身もココロもぼろぼろになったあとで

すべてがいやになり「もう行きません」と病院に宣言してから3ヶ月。

病院にいかないってことはもうダメで、このまま過ごしていくんだろうなぁ。
仕事も田舎だし以前の仕事には戻れないんだろうなぁ。
老後は沖縄に移住しよう、
これからは面白おかしく暮らそうと思うようにして、
遊びほうけているうちに、なんだかすべてがどうでもよくなり
(それでもときどきはトラウマ体験がやってくるのですが)

基礎体温も測らず暮らしていたというのに奇跡的に授かりました。


遅れてからも検査でがっかりしたトラウマのために確かめたのもゆっくり目。

病院にいったときはすでに7週。心臓まで見えていました。


新年になってからまったくといってよいほど

更新していませんでしたが

その間に赤ちゃんを授かりました。

ひいらぎ*ノスタルジア-m-styl49

現在妊娠四ヶ月と半分、です。

もっとお花が咲いた状態になるのかな?と思ったけれど

あまり動じないたちなのでいつも通り暮らしています。

これから起きるいろんなことも、がんばる・・・のではなく、

あるがままで過ごしていこうと思います。


今年結婚8年目、ですから

身内含む周りからありとあらゆるココロない無邪気な

セクハラ言葉を浴びせられて

ズタぼろだった数年間がありました。

病院にもずいぶん通いましたが落胆するばかりでした。

そんな中で「なるべく気にしない。あるがままのわたしでいい」ということを

苦しい中でつかみかけたころ(疲れ果てていたので病院すらやめていました)

思いがけず授かりました。