外の現実
誰々が・・・とか
何々が・・・とか
そっちに力を与え過ぎて
現実を中立に見れなかったり
受け入れ難く感じたり。
そこに原因があると感じたり
何か「された」ように思える時に。。。
手を広げて
(手の平を自分側に向けて)
ワサワサって 動かしてみる。
けっこう効果的。
はっ!!
自分が創ってたんだった Σ(・ω・ノ)ノ!
・・・ってこと思い出せちゃう。
向こうに映し出された映像(現実)は
こっちの映写室(自分の中)から出た
光(映像の元となる波動)に過ぎないので・・・
映画のスクリーンの前に手をかざすと
自分の手が影で映っているだけ(o^-')b
ほんの一瞬で
今、ここ、自分。に還る。
自分の中にどんな観念があるのか
自分が何を持っているのか
そこからどんな映像が創られたのか
って捉えることができちゃう。
それは決して
冷め冷めとしたものではなくって。
その映像として映るモノ(創造物)や
登場してくれた人たち、そして
それらすべてを創り出した自分に。。。
ただただ感謝なんですね(*´σー`)
そして
意図してても、してなくても
思ったことを体験できる、この地球に。
少し前までの私は
その宇宙の法則を知った後も
「こんな現実つくっちゃった・・・泣」とか
「あ~~~ジャッジしとるがな・・・嘆」とか
「まだそんな観念持ってたのか・・・涙」などと
自分を責めることもありました。
が、年が明けてますます
意識が軽くなってきた感じ☆彡
***
深い感動や、愛を感じて
穏やかに過ごしたいなぁ って
ぼんやり考えていた日曜日。
ビフォーアフターのTVをつけたら
匠の人たちの底にある想いだとか
依頼してる家族さんたちの笑顔だとか
相手の幸せ・喜びを想って
情熱を注いだ建物やアイディア
そして
それを受け取る依頼人の姿に・・・
勝手に深いところが共鳴。
ご飯いらないくらい、心動く。
あれっ・・・
かつての私と感じ方が変わってる。
どうせ「ヤラセ」じゃん?
ん千万円かけりゃ、ねぇ・・・
なんて思っていた私は何処へ???
そんなふうに
深い感動を体感できる現実が
ちゃんと目の前(外の世界)に現れ
思いや意識が形になる、ことを
改めて感じていた夜でした。

