ゆるネコ ブログ -30ページ目

ゆるネコ ブログ

発達障害の子も持つ専業主婦が、
家族5人でゆるゆる神様や日本の行事を楽しみながら暮らす日々を綴っています。

私は幼少期から数年前まで約30年ほど、ある宗教団体に属していた。

 

その宗教団体に対して、正しい正しくないは、今でも私の中にはなくて。

責める気持ちも、怒る気持ちも特に持っていない。

それに、その宗教で救われた人もいるんだと思う。(知らんけど)

 

本当は人を救うはずのその教え。

けれど、私はたまたま、悪い方へ悪い方へ捉え続け、

高校生の頃には、深い絶望を抱えるほどになった。

 

今世の人生だけでなく、根源である魂から消え去ってしまいたいと願うほどの。

 

その宗教団体では、神さまに対しての作法をとても厳しく指導された。

少しの失敗をしただけで、幹部の方に報告して神さまに深くお詫びをしなくてはいけないと決まっていた。

子どもの私はそれにとても怯えて暮らしていた。

 

厳しい神さま。

人には『償いきれない罪』があるのだと怒る神さま。

もっともっと詫びて、もっともっと感謝しなくてはいけないと。

 

だから、神さまに何か自分のお願いをするというのが、私には理解できない。

未だにどうやって自分の願いを神さまに伝えていいか分からないのだ。

(たぶん、何を言っているのかわからないと思うが、私も上手く伝えられてない気がしている、笑。)

 

教えの中の恐怖に囚われてずーっと、その宗教団体から離れられなかった。

離れたら、もっと恐ろしいことになるんだと、いつの間にか思い込んでいたから。

 

その宗教から脱退出来たのは、心屋さんの本の『がんばっても報われない本当の理由』がきっかけではあったけれど、決め手はたぶん、子供たちの入信を求められたからだ。

 

自分の子どもに、この絶望を与えるのか?

 

心の底からグワッと湧き上がった嫌悪と拒絶を混ぜたような感情に、全身が総毛立った。

 

それは絶対に嫌だ!

こんな思い、絶対させたくない!

 

そう強く思った時、

 

(なんで私、そんな思いして、この宗教に入ってるんだ?)

 

って、気付いた。

宗教って、幸せになりたくて入るものじゃないの?

なんでこんな苦しいのに、ここに居るんだ?

 

それは、幼少期から抱えていた恐怖心から、離れることさえも恐ろしいことだと思い込んでいたからで。

 

子どもを守りたい気持ちと、苦しみから抜け出したい気持ちで、脱退した。

 

そこから外に出て気づいたのは、神さまは何も私を罰したりしなかったこと。

 

そして、本当に厳しかったのは、そこにいた人たちだったということ。

 

神さまは厳しくなんか、なかった。

神さまはただただ優しいだけだった。

 

私、怖かったけど、その宗教の神様が、好きだった。

(そして、今も大好きです。普通に日本の神様なので、色んな所でよく祀られてる、笑。)

 

そして、予想して恐怖していた罰は、一向に当たらず。

 

むしろ、今までと変わらず、穏やかで幸せな日々が、そこにはあった。

 

時間とともに少しずつ癒されていく恐怖。

 

そんな風に暮らしていた昨年、『妻に龍がつきまして・・・』に出会い読んでから、また、神さまに向き合うことになり、心がざわめいた。

恐怖にとらわれないように、慎重に、警戒しながらも行動を起こし始めた。

そして神さまを知り、頻繁に神社にお参りをするようになった頃、その恐怖が湧き出すようになった。

 

出会う色々な本の中、ブログの中、動画の中に『神さまは罰を当てない』と出てくる。

 

それを見るたび聞くたび、持っている恐怖が僅かずつ緩んでいくのは感じていた。

でも、小さい頃から繰り返し自分で訓練してしまった『神さまに怒られない練習』の成果が、デカすぎて、

自分の首を絞め続けてしまう。

流石、頑張り教&一人ブラック企業な私、笑。

 

恐い。

でも、神さまは好きだ。

 

どの神社をお参りしても、とにかく神さまはひたすらに優しいと感じる。

 

色んなご縁を繋いで、私を幸せな気持ちにしてくれる。

 

積み重なったこの経験から、私は御札やお守りを頂きたいと自然に思うようになった。

でも、思った途端、神さまにご無礼してしまうことを沢山怒られ厳しく責められた過去を思い出して怖くなってしまう。

大切な御札やお守りに、うっかりご無礼を働いてしまったらどうしよう!

それこそ、死にたくなるほどの恐怖が湧いてくるんです。

 

おーい・・・。

今までの自分、どんだけ神様に怯えとってん・・・。

 

何もしてないのに、怯えられる神さまの立場を考えると、苦笑いしかない。

 

だから、そんな気持ちに決着をつけたい。

だけど、どう考えていいか分からない!

 

そんなときは、心屋さんの言う、家の中にいる神様に直接聞くのが一番、笑。

 

心屋さんはよくブログなどで書かれています。

 

夫は神だと。

 

旦那さんに私の抱えている恐怖を、事細かに説明。

頷いた旦那さんが本題に入る前に、前に入っていた宗教団体の人たちに対しての辛辣なダメ出しが繰り広げられましたが、それは長すぎるので割愛、笑。

 

旦那さんが本題に入ってすぐに私に問いかけた。

 

「ねえ、嫁さんが神さまだったら、

自分のお札持ってる人間がうっかりお札汚したり、落としたりしたとき、怒る?」

 

もし、私が神さまだったら?

 

「いやいや、持ってくれただけで嬉しいし!

そりゃ、20年30年、物置のすみっこに放置されてたら、ちょっと寂しい気持ちにはなるけど、

それでも怒ったりはしないかな。

落としたり汚されたりしても、別に、何とも・・・。

むしろ、そのことに対して、持ってる人間が『神様、ごめんなさい!』って謝ってくれた日には、

それだけで嬉し過ぎて、めっちゃ福を与えてしまうな!」

 

謝ってくれるってことは、大切に思ってくれてるってことだもんね~♪

気に掛けて貰えてるって、すごく幸せだもんな~!

などと、想像しただけでニコニコとほっこりしていたら、旦那さんに「それだよ!」って言われた。

 

「人間の嫁さんでさえ、そんな風に優しく考えられるんだよ?

神さまの優しさレベルは人間より遥かにすごいんだから!

人間が失敗したくらいで、怒るわけないじゃん!」

 

ガガーン!!!( ゚Д゚)

 

き・・・気づかんかった~!!!( ゚Д゚)

 

そうだったんか~!!!( ゚Д゚)

 

旦那さんは神さまに対して、過度の恐怖は持っていない。

旦那さん的に一番納得できる考え方は

 

『そんなことで怒る神さまは、人間が出来てない。

神さまなんだから、そんなわけない。(人間が出来てないはずない。)』

 

そういうことだから、神さまは人間の失敗に対して怒らないと結論付けているらしい。

 

私は旦那さんのおかげで、至れた自分として納得のいく考え方は

 

『人間より遥かにすごい神さまの優しさは、

規模がデカいに決まってる。』

 

神さまはとても優しいのだ。

それはもう、ずっと私は知っていた。

怖かったのは「ああしなさい!こうしなさい!」と私を見張って責めてくる人の言葉だけだった。

神さまから失敗を罰せられたことなんて・・・なかったと、今更振り返って気づく。

むしろ失敗しても、いつも優しく見守ってくれてたような・・・。

 

恐怖心は、自分が人から責められないように、身を守るためにあったみたい。

 

もう、誰も責めてこないよ。

 

心の奥の恐怖をひも解いて、安心しました。

 

まだ癖で恐怖を感じてしまうけど、「神さまの優しさは規模が違う。」と思い出すようにしています。

神さまの優しさを自分に浸透させていけば、きっと、自分で自分に掛けてしまった

 

神さまは恐ろしいという呪い

 

いつの間にか、解けてなくなるんだと思います。