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ゆるネコ ブログ

発達障害の子も持つ専業主婦が、
家族5人でゆるゆる神様や日本の行事を楽しみながら暮らす日々を綴っています。

同じ作品を見た人が、自分と違う感想を持っていると、それをつい、気にしてしまいます。

 

私がそんなに面白くなかったことでも、

 

「ここの、このシーンが面白かった!」

 

と聞くと、

 

(そのシーンそんなに面白いの?なら、もう一度見直して、私も楽しまなくては。)

 

と、自分が持った感想を否定して、他人の面白い基準を自分に取り入れてきました。

 

本日も同じ出来事が。

 

「このシーンは、ホント、泣ける!」

 

私が見た作品と同じものを見た方が、そう言った。

 

私はそのシーンで特には感動しなかったけれど・・・・。

 

でもそれは、私がちゃんと気づかなかったからだから、再確認して泣くほど感動しなくては!

なんて考えて、ハッとした。

 

もしかしてこの行動が、自分を苦しめて、自分の楽しいを濁らせていたのかも?

 

いつのころからか、人の感想を聞き、自分が気づかなかった部分だと

『私ももう一度確認して、同じ感情を感じなければ!』

と焦るようになった。

 

だから、好きなものを鑑賞しているはずなのに、

すごく疲れやすくて・・・・。

 

そうか、これ、しなくていいじゃん。

 

私はその作品を見て、ぜんぜん違う感想を持った。

泣けるシーンでは泣けなかったけれど、誰も言わない部分でいいなと思うところがあった。

みんながすっごい満足感!と言っていたけれど、私は物足りなさを感じた。

 

でも、それでいいんだ。

 

私が私だけの感覚を受け取ったんだから、

 

それでいいんだと、今はじめて自覚しました。

 

みんなと同じ感想を持つときもあれば、全く違う感想を持つときもあるけれど、

それはどっちかの感想が正しい間違ってるではなく、感想の種類が違うだけなんだな。

 

みんなと一緒じゃないことに、不安を感じることは多いけど、

 

せっかく『自分』に生まれたんだから、『自分』が感じたものをちゃんと○して、

感じていこうって思いました。

 

みんなが面白いものが、面白く感じない自分のままでいい。

 

私は、私のままでいい。

 

今までずっと、自分の感情や感想に、自信がなかった。

それは、気づかないうちに、みんなと一緒が『正しい』と、自分で思っていたからなんだな。

 

その生き方は苦しかったので、これからは、自分が感じたことを優先していきたい。

 

ついつい、人の言葉にフラフラしてしまうけれど、せめて、

 

自分が感じた気持ちをそのままでいいと、これからは肯定していきたいと思う。

 

 

時折、毎日が苦しくて。

この一生を生きることだけではなく、

魂の旅さえも終わらせたいほどの絶望に苛まれる事があるけれど、

それはもしかしたら、こんな風に人の意見に自分を無理やり従わせていたからかもしれない。

 

 

少しずつ、自分の気持ちを大切に、生きていきたい。

 

 

いつか、生きるって楽しいことなんだって思えるように。