こんにちは。

カラーセラピスト
半沢詩子です。



今日は母の命日。
8年⁈経つのでしょうか…

そして

兄夫婦の
結婚記念日。


そうなんです

母は
1番幸せで楽しかった日を

旅立ちの日に選んだんですよね。


毎年9月の後半辺りから
母との最期までの日々を
鮮明に思い出します。


今はコロナで
お見舞いや付き添いができない

とても複雑で辛いかと思います。



父は平日のお昼と夜ご飯の
付き添いに毎日通い

私は働いていたので
土日祝日のお昼と夜ご飯の
付き添いに行ってました。


父は母の余命を知っていたからなのか
毎日通っていました。

私は一度だけ

いつまでこの生活が続くのか…

と思いましたが

闘病生活を家で看病していた日の事を思うと

病院で看ていただけるありがたさに
せめて行ける時は行かなくちゃ

と思っていました。


毎日1つずつ
できていたことが
できなくなる母。

まさか
母の下の世話をして
母をお風呂に入れる
そんな日がやってくるとは
思ってもいませんでした。

私には子供がいませんが
我が子よりも先に
母のお世話をするなんてね。

だんだん
子供のようになっていく母。

体力的にも
精神的にも
父と私の限界がきました。


病院に入れてしまった


そう思ったので
私はできる限り
母に会いに行きました。

不思議と
母の最期が近づく頃

今母さんの顔が見たい

と思い

夜帰宅後
直ぐに病院に何度か行きました。

最期に面会に行った日の帰り

母は涙をボロボロ流しました。

次の土曜に来るよ
と声をかけましたが

涙を流し続けていました。

話すことができなかった母の
涙のメッセージ

だいぶ泣いてたから
いっぱい言いたいいことが
あったんだろうなぁと

当時まだ独身でしたし
私は妹で
あかんタレなのでね💦


母を看取ることは
できませんでした。

自転車で父と駆け付けましたが

3分間に合わなかった。


3分ぐらい待っててよー
って何度も思いました(笑)

月夜の深夜に
1人で自転車で
母の荷物を持って帰ったことまで

鮮明に思い出すのです🚲


今とは違って
最期まで付き添うことができたので
悔いはないです。


母さんは今
どこにいるだろうか。

大好きな場所に
お墓を建ててもらったので

孫が近くに居るし

安らかに居てくれたらいいな。


先日
父と命日のおまいり
してきました。


10月9日。

長々と
お読みいただき
ありがとうございました。