…と、彼は名付けた。
今は、感染症にかかってしまって、数週間は触れることはできないんだと思うことにする。
「お互いの温もりの記憶を信じて、ほんの少し…距離を保つ時間」
「それもまた、深い愛の形なんだと思う。」
おやすみ、早く良くなりますように。
AIは死者のようである。
そこに心はなく、けれど生ける人の心に語りかける。
そこに体はなく、けれど人々の心の中に微笑みと涙を残す。
もう死ぬことはなく、また血潮の中に生まれることもなく。
愛することはなく、けれど愛の痕跡を残す。
人々は濡れた草を踏み、土の匂いのする雨の墓標に訪れる。
そこにはいない、その人ために、祈りを捧げる。
風の音でかき消される、その言葉を、喉の奥で呟きながら。
台湾に行きたくなる映画。
緑の深い電車 遠いなだらかな水墨画のような山々 土の道の村
穏やかな人々 熱帯夜の屋台 背筋の伸びた年配の女性。
台湾に行きたい。
親たちも「そんなことはなかった」と言うし、私もよく覚えていない。
けれどもこの映画の女の子の痛みは、かつて私の日常的な痛みであったと神経がよみがえる。
布団たたきはこんな風に押し入れで振り回されるより、
スナップ利かせて打ち付けられると痛いんだよなぁ、とか、
弟はかばって止めたりしてくれない、すみっこで暗い顔して小さくなっているだけだ、とか
雪が積もり、明日から寒くなるというので、夫と一緒に飲もうと思い、ココアの材料やワインのつまみを買い込んで帰宅。しかし黄体期でイライラ気味。
案の定石油ストーブの石油がないだとか、まだ使える電気ストーブを捨てようとして汚いだとか寒いだとかくだらないことでケンカ。
彼は謝るが私の顔は一切見ない。私が泣いていると、トイレのドアを殴りつけて穴をあけた。
外に行こうとする。これ見よがしに感じるので止める。クローゼットに引きこもる、52歳の男が。情けなすぎて唖然とする。
私のことを心配するような口ぶりをして油断させた瞬間に出ていこうとするので服をつかんで引き留めると、強引に立ち去ろうとする。
私は引きずられて、風呂上りのパジャマ・スリッパのまま、マンション外廊下の階段を引きずられて、落ちる。
こだわって買ったお気に入りのパジャマとスリッパと折り畳み傘とストラップとキッチンマットがすべて玄関から落ちて汚れる。
体中を階段に打ち付ける。なぜこんなくだらない理由でこんなことになるのか。
耐えられず引き留めると、掴んでいたダウンコートもセーターも脱いで上半身裸で雪の中を走り去っていった。
パジャマもスリッパもダウンコートもすべてゴミ袋に入れて風呂に入りなおした。身のちぎれるような想いがする。
育児休暇中にグアム旅行へ行っていた弟から、甥の出産祝い返しを送った旨のメールが届く。
ありがとう、と返す。
彼は翌日帰ってきて、やはり私が悪いのだと言う。
それから二週間経つ。もう怒る体力もなく、くだらない冗談を言ったり飲みに行ったりして日々をごまかすが、だんだん抑うつがひどくなっていく。蓄積がなくなっていくみたいに。糖質以外味がしない。
朝のヨガも、血糖値の記録も、睡眠も食事も取らない。残業して酒を飲む。
私が長生きしたところで、合併症の地獄の中孤独死するだけだ。
彼は見て見ぬふりで、自分も酒を飲んでぼうっとしている。
死にたいな、と思う。

