Twitterというツール。
いろんな方と繋がれて、いろんな事を学べて、
使い方によってはとてもいいツールです。
ただ、やっぱりどこでもあると思うんです。
マナーというものが。
それは人により、いろいろ違うのはわかります。
もちろん、育った環境が違う以上、
これは正しい、これは違うの線引きは、人によって違うのは当たり前で。
ただ、誰でもわかると思う、
人に嫌な思いをさせない、ということを、
私はなるべく守っているつもり、です。
私が返信を返さない、またすぐに返さないとか、
それは嫌なこととは別のこと。
見逃したツイートだってある。
反応しずらいツイートもある。
その取捨選択はアカウントを管理する私の意志だと私は思います。
極論を言えば、
私がお葬式に出ている最中に、
「なんでリツイしてくれないの?」と言ってるようなものだと思っています。












ツイキャス。
私がこの世界を知って、1年が経ちました。
嬉しいことに、繋がってくださる方もいらっしゃいます。
私にとって、ツイキャスの自枠は「家」だと思ってます。
たまに、CASをしていると、全くの初見さんが、挨拶もせずに、
思ったことだけをコメントしたり、卑猥な言葉を書き連ねて、
そのまま去っていく事があります。
私にとっては、
自宅の玄関を開けられて、暴言を吐かれ、帰って行かれたのと同じ行為。
実際誰かにお会いした時に、
その方はそういう行動をとるのでしょうか?
多分違います。
挨拶して、普通に論理立てて話ができるはずなんです。
でも、ツイキャスという世界では、それが省かれて許される現実。












もちろん、この考えは、私個人の考え方であって、
自由がない、お堅い、空気を読め、
そう思われる方も多々いると思います。
でも私は、顔が見えない、名前も見えない、
コメントでしか判断できない世界であるからこそ、
そこに人間性、というものを見ようとしてしまいます。
もちろん、例外もあります。
大手様など、大勢の方が見ていらっしゃるアカウントでは、
そういったものは途端に流されて行ってしまい、
一つ一つに返事を返すことなどありません。
また、そんな偉そうなことを言っている私自身、
全く人を傷つけてないかと問われれば、それはないと答えます。
一つの単語が、相手にどれだけ影響するかは、聞いてる本人しかわからない。
同じ言葉でも、それに対する思いが全く違うのだから。
何気なく私が放った一言が、
どれほどに相手を不快にさせているのか、私には推測すらできません。
でも、思うことは出来る。
考えることはできる。
来てくれた方たちと、嫌な思いをすることなく、させることなく、
ゆったりとした時間を過ごせるように、私はなるべく努力を惜しみません。
例え、内容がつまらないものであろうとも。














何か、とても堅苦しい文面になってしまいましたが、
ただ私は、一緒の時間を共有する以上、楽しみたいし、ほっと一息ついてほしい。
昔から変わらない、私の想いです。