トランプ、イランを攻撃―――二一世紀の帝国主義
白眼の達磨鎮座す花吹雪
二〇二二年二月二四日に始まったロシア・ウクライナ戦争は四年が経過した。アメリカのトランプは、自分が大統領になればこの戦争は二四時間で終了させると豪語し、ノーベル平和賞への欲望をあらわにしたが、もちろん、事はそれほど単純ではない。トランプは報道カメラの面前でウクライナのゼレンスキー大統領を罵倒し、ロシア寄りの姿勢があらわであり、正義より力の論理であった。私はその経過を報道を通じて見ながら、歴史で学んだ十八世紀十九世紀の植民地主義帝国主義の時代、例えば大国によるポーランド分割(一七七二~一七九五年)の時代に戻ったかの思いにとらわれた。
トランプはしばしば「ディール」(取引)という。私の見るところ、彼はディール好きだがディール巧者ではない。真のディーラーは、何が大事なのかということへの強い信念を持ち、そのため粘り強く交渉し、耐えがたきを耐え、相手を立て、時として真の目的のため悪魔と手を結ぶ決断をするものだ。私が思い浮かべる真のディーラーは、例えば、吉田茂氏である。亡国寸前の敗戦という未曽有な不利な状況に在って、「戦争で負けても外交で勝つ」という信念を持ち、戦勝超大国アメリカ相手に、しばしば屈辱を感じつつ、時に人を食ったような言で煙に巻き、目的実現のために敵をも利用し、日本の独立を果たし復興の道筋を作った「ディール」は世界史的に見ても稀有なものだ。それに対してトランプは緻密さも忍耐力もなく、大言壮語しつつ、うまくいかないとすぐ嫌気がさす。真のディーラーではないし、周囲にはイエス・パーソンしかおらず、三権分立を無視するという、「民主主義のイロハ」を知らぬ暴君である。暴君出現には、もちろん、歴史的必然の背景があるのだが、テレビ画面でトランプ・プーチン会談、習近平・金正恩会談などを見ると、暴力団の親分同士の顔合わせ、ゴッドファーザーの世界というか、清水の次郎長や笹川繁蔵が仁義を切りあっているような、悪辣な悪相同士の鳩首会談の感じである。
少年兵八十回目の春愁ふ
二〇二六年二月二八日、イスラエル・アメリカによるイラン攻撃が始まった。
イランは、一九七九年、私が大学生だった時、イラン革命がおこる。親英米政権が倒れ、ホメイニ師というイスラム教の宗教指導者がトップに立つという体制になる。もちろん、アメリカとイランとは対立しあうことになる。政治的対立であり、宗教的というか、イランは古い言い方ではペルシアであり文明的対立である。ホメイニ師の死後、最高指導者はハメネイ師に代わり(一九八九年)、この体制と対立構造は続く。アメリカのトランプは、複雑錯綜する中東情勢で、イスラエル寄りなのを隠そうとせず、そのイスラエルは、おおむねユダヤ人のユダヤ教の国なので、イスラム教国イランとは犬猿の仲である。
イランの核兵器開発疑惑は以前からの懸案事項であり、イランのハメネイ宗教体制は頑迷さがあり、イラン国内で反対運動があった。そこに乗じてイスラエル・アメリカはイランを攻撃し、ハメネイ師ら指導層をミサイル攻撃で殺害するのに成功する。イランは核兵器開発を行っており、自衛のためのやむを得ぬ攻撃だというのがその言い分である。
国際連合は戦争を禁止している。しかし自衛戦争は容認している。だが、近代の戦争は、ほとんどが自衛戦争を標榜して行っている。国際連盟時代だが、昭和の日本の戦争も、今では日本政府は侵略戦争だと認めているが、当時、自衛戦争だとして米英に宣戦布告している。前記のロシア・ウクライナ戦争において、ウクライナ側が自衛戦争であるのは自明だが、ロシアもまたプーチンはロシアの自衛戦争だと言っている。アメリカのトランプは、ベネゼエラ攻撃の時、国際法など眼中にない発言をしていたが、今回は国際法を意識してか、自衛戦争だと標榜した。だが、国際法違反の気配が濃厚である。イランの核開発が、攻撃や指導層殺害を行わなければならないほど喫緊の急だったかどうかは疑問だし、武力でイランに親アメリカ的体制を作り上げようとするのは、露骨で稚拙な内政干渉だ。イラン国民がハメネイ体制を嫌悪していたとしてもアメリカの思うがままになるのを強烈に拒否するのは当然だ。
イランは早速新指導者を選び、報復攻撃を行う。あわせて、ペルシア湾の出口であるホルムズ海峡を封鎖した。ホルムズ海峡は国際海峡で航行自由だが、戦時のため封鎖し、ここを通過するタンカーの原油に依存する、日本をはじめとするアメリカ関係諸国とアメリカに打撃を与えるためである。アメリカもガソリン価格の上昇に頭を痛めることになった。
ここにペルシア湾、及びその湾岸での紛争が始まった。トランプは、アメリカは産油国で中東ホルムズ海峡通過の原油は必要なく、日本その他必要な国が自力で解決せよと突き放す。アメリカのイラン攻撃は同盟国への事前説明はなく、それでいて日本やヨーロッパ諸国に協力を求め、ガッツを示して石油を取って来いという。「覆水をお前ら拭けとトランプ氏」というのが読売時事川柳である(四月五日)。
一九九〇~一九九一年(平成二~三年)、ペルシア湾・湾岸で「湾岸危機・戦争」が起こった。
イラクのフセイン大統領が、隣国でありペルシア湾に奥で接するクウェートに侵攻し、アメリカのブッシュ大統領は多国籍軍を組織し、粘り強くイラクに撤退を求めたのだ。
イラクはイラン・イラク戦争での財政悪化をクウェートの油田を奪うことで解消しようとしたのだが、国境線を武力で変更しようとする侵略戦争であり、アメリカは国際秩序維持のため断固として対抗した。この時日本は、資金援助だけではなく人的参加、要するに自衛隊の参加が検討された。アメリカは非公式ながらそれを求め、「ショウ・ザ・フラッグ」(日の丸の旗を現地に掲げ人的貢献をする)が検討された。海部内閣は「国際平和協力法」(自衛隊海外派遣法)を国会提出したが、国論を二分する大論争となり、結局廃案となった。私はこの時、三三歳、春日部高校の三年六組の担任だったが、授業中、朝日新聞の記事、『世界』の論文の一節(反対派)、読売新聞の記事、『文芸春秋』の論文の一節(賛成派)を配付し、生徒たちと議論した。この問題は、戦後(戦後四五年)政治史と思想の分水嶺となる大事件であり、国語の授業よりよほど大切だと思ったからだ。
当時は戦争体験者層がまだまだ健在であり、憲法九条の戦争放棄の意志は若年から老年まで強力であった。一方、それは「一国平和主義」であり、侵略者に対する多国籍軍に人的貢献すべきだという意見も強かった。私はその頃、マルクス主義の残影を引きずっており、憲法九条の信奉者でもあった。だが、アメリカの多国籍軍は、複雑なのを敢えて単純化して言うが、侵略者に対する正義の軍であり、それを他人事のようにとらえ参加できないというのは違和感があった。いわば二つの主張に引き裂かれる、身をよじるような苦痛があった。
丸山真男氏に「『である』ことと『する』こと」という有名な評論がある。自衛隊の海外派遣(戦場ではなく後方支援)につき、「日本は憲法九条を国是とする国である」「日本は戦争放棄した国である」ということを金科玉条に言い、思考停止する態度は間違っていると思った。その丸山は、国連中心主義を唱え、国連軍こそ正義の軍である(アメリカ中心の多国籍軍には批判的)と言っていたようである。これは当時の良識的知識人の多くが言い、私も同感だったが、「今」この「現実」にどう対処するのか、という「問」に対する「答」になり得ず、私は内心自分自身に対する欺瞞を感じ、現実の時代の流れとの遊離を感じた。その後自衛隊は湾岸戦争後のペルシア湾の機雷除去やPKOで実績を重ねていくのだが、私もまた、いわゆる「戦後民主主義」から離れていくのだった。
今回の、新・湾岸戦争でも、日本はペルシア湾への護衛艦の派遣やアメリカの戦争への賛同と協力が求められている(トランプ発言によるものでありアメリカの正式な要請ではない)。これは、前引の川柳のように、日本にとっては迷惑な話である。一九九〇年~九一年の湾岸戦争の多国籍軍が正義の戦争であったのに対し、これはアメリカ、というよりトランプとネタニヤフ(イスラエル首相)による不正義(国際法違反)の戦争であり、支持することはできない。日本はいい意味での両面作戦を行い、アメリカを怒らせず、顔を立てつつ、イランとのチャンネルを保持し、双方をソフトランディングさせるしかない。そしてそれが国際社会にとっても、日本が果たすべき位置と役割だ。
トランプは四月二日、アメリカ国民に対して演説を行った。テレビのプライムタイムであり、戦争終結の見通しを語るものと予測された。しかし内容は、全くの無内容で、終結へ努力しているのか戦争を継続するのかの意志も不明、恨み節と他国への非難が混ざり、酔客がクダを巻くのと変わりがなかった。
これは尋常ならざる事態である。
一九九〇年~九一年の湾岸危機・戦争の時、世界中の多くの人が、アメリカ相手に戦争するとは思っていなかった。イラクはどこかで妥協するであろうし、そのための駆け引きで戦争をちらつかせていると思った。テレビで放映される、アメリカのブッシュ大統領の姿は、日に日に苦悩の色を深め、一月の開戦前、十二月末には憔悴しきっている感じであった。戦争となれば、イラク軍兵士やイラク国民に犠牲者が出るし、アメリカ軍にも犠牲が出る。その決断をしてよいのか……。開戦後、アメリカ軍トップのパウエル統合参謀長は作戦の成功と勝利の戦況を報道陣に説明しながら、部下に犠牲を強いる苦汁を感じているようだった。その約十年後、対イラクの緊張が再び高まった時、国務長官になっていたパウエル氏は慎重派であったが、戦争というものが、いかに苦しく、悲惨なものであるか、骨身にしみて理解していたからだろう。戦争というのは、少しでも甘い見通しと判断ミスがあれば死と滅亡に直結する、究極のリアリズムの世界である。
永き日や多岐亡羊の影一つ
現在のアメリカ政権の、トランプ(大統領)、ベッセント(財務長官)、ルビオ(国務長官)、ヘグセス(国防長官)は、いずれもリアリズムを欠いた甘ったれの感がある。トランプが国民に演説した二日、ヘグセス国防長官は、アメリカ軍の参謀総長を解任したという。作戦、指揮の責任者である参謀総長が、今の政府の、リアリズムを欠いた指示に難色を示し、更迭されたと思われる。
今となっては、アメリカのとるべき方法――アメリカのとるべき方法であって、トランプが取るべき方法ではない――は二つに一つだ。
その二、から。
だれかアメリカの大富豪が、ゴルゴ13を雇い、トランプを狙撃暗殺する。
今となっては、トランプという存在そのものが、アメリカの国益を損なっている。トランプ関税は世界を震撼させたが憲法違反の判決が下り、巨額の返金が義務付けられている。対イラン戦争も、泥沼化させてはいけない。アメリカの国益もさることながら、先人たちが築いてきた民主主義の成果と理念を蹂躙し、独裁国家を跋扈させてはいけない。もちろん、殺人暗殺は人倫に反する、考えることさえ忌み、恥ずべきことだ。私の方も、トランプの、「イランを石器時代に戻してやる」「イランの狂った野郎どもを何人も殺して光栄だ」といったチンピラ発言に、麻痺してしまったのかもしれない。
では次に、その一。
アメリカ軍がクーデターを起こし、トランプを拘束する。臨時大統領は、戦争終結という一点に絞り、攻撃に難色を示していたというバンス副大統領が務める。
アメリカ軍人たちは、このままでは、意味もない戦争に投入され、命の危険にさらされる。そのリアリズムを梃子に、クーデターを起こすのだ。野党である民主党に、今、政権を担い、事態を収束させる力はなさそうだ。バンス副大統領は、ウクライナのゼレンスキー大統領に、トランプへの謝意を示せと強要した大バカ者だが、むしろトランプ切りをし、大化けする正念場だ。
これが、二〇二六年四月七日時点での私見だ。
―――二〇二六・四・七―――
二〇二六年四月、パキスタンの仲介により、アメリカとイランは二週間の暫定停戦を行い、十一日、パキスタンの首都イスラマバードで、両国代表団が停戦(終戦)交渉を行った。パキスタン首相シャリフ氏を間に、アメリカはバンス副大統領が代表、イランはガリバフ国会議長が代表であった。一九七九年のイラン革命以降、アメリカ、イランの高官が対面で交渉を行うのは初めてである。
長時間にわたる協議であったが、一回の交渉で結論が出るわけもなく、未合意のまま両国代表は帰国の途についた。「談判決裂」というわけではなく、両国とも継続して協議するニュアンスを匂わせている。ただ、トランプは、アメリカ軍を派遣しホルムズ海峡を逆封鎖し、イランへの限定的攻撃を開始すると息巻いている。
以下、現時点(四月十三日)で、私が思うところを記す。
現時点での交渉での最優先課題は、戦争を終わらせることである。昨日、四月十二日の大河ドラマ、『豊臣兄弟』で、竹中半兵衛は、「後先を考えて行うのが戦だ」と言っていた。これは至言であり、それに対し、後先を考えずにイラン攻撃を行ったのがトランプだ。イランの核兵器開発疑惑がおおもとにあるとはいえ、それを短期間で、武力で解決するのは無理がある。戦争が長引くのは、アメリカにとっても、イランにとっても、世界にとっても、何一ついいことはない。イランの核兵器開発問題に関しては、問題の先送りではあるが、今後の粘り強い平和交渉に委ね、「今」の問題として、「ことばのアヤ」で妥協できると思う。イラン側も、戦争の長期化を望んでいないだろう。
では、どうするか。
アメリカのバンス副大統領は、協議中も、トランプに電話報告し、指示を仰いでいた。それを行いつつ、最終的に、バンスはトランプを無視し、独断でイランと妥協合意の決断をし、和平を行い、終戦(長期停戦)すると、イランとともに世界に公表するのだ。
トランプは激高し、「そんな話は聞いていない!」と怒号が飛ぶだろう。だが、トランプは、後先考えず戦争を始めながら、今ではこれを持て余し、嫌気がさしているようだ。アア言えばコウ言う、で拳を振り上げつつ、下ろしように困り、戦争終結を内心望んでいるに違いない。だが、トランプが妥協するわけにはいかない。そこで、バンスが手を汚し、バンスがすべて責任を負い(すべて責任を負わせ)、バンスが勝手に和平を結ぶ(結んだとする)のである。トランプに、ではなく、アメリカへの忠誠を考えれば、これしかないと思う。
バンスはトランプへの背任で失脚するだろう。しかし、バンスは現在四一歳、六年後、あるいは十年後のアメリカ大統領選挙では(次の二〇二八年選挙では民主党に政権交代するのがよいと思う)バンス大統領が実現するだろう。そしてそれが、真のディール上手だと思う。
―――二〇二六・四・十三―――