トランプ、イランを攻撃―――二一世紀の帝国主義

 

 

白眼の達磨鎮座す花吹雪

 二〇二二年二月二四日に始まったロシア・ウクライナ戦争は四年が経過した。アメリカのトランプは、自分が大統領になればこの戦争は二四時間で終了させると豪語し、ノーベル平和賞への欲望をあらわにしたが、もちろん、事はそれほど単純ではない。トランプは報道カメラの面前でウクライナのゼレンスキー大統領を罵倒し、ロシア寄りの姿勢があらわであり、正義より力の論理であった。私はその経過を報道を通じて見ながら、歴史で学んだ十八世紀十九世紀の植民地主義帝国主義の時代、例えば大国によるポーランド分割(一七七二~一七九五年)の時代に戻ったかの思いにとらわれた。

 トランプはしばしば「ディール」(取引)という。私の見るところ、彼はディール好きだがディール巧者ではない。真のディーラーは、何が大事なのかということへの強い信念を持ち、そのため粘り強く交渉し、耐えがたきを耐え、相手を立て、時として真の目的のため悪魔と手を結ぶ決断をするものだ。私が思い浮かべる真のディーラーは、例えば、吉田茂氏である。亡国寸前の敗戦という未曽有な不利な状況に在って、「戦争で負けても外交で勝つ」という信念を持ち、戦勝超大国アメリカ相手に、しばしば屈辱を感じつつ、時に人を食ったような言で煙に巻き、目的実現のために敵をも利用し、日本の独立を果たし復興の道筋を作った「ディール」は世界史的に見ても稀有なものだ。それに対してトランプは緻密さも忍耐力もなく、大言壮語しつつ、うまくいかないとすぐ嫌気がさす。真のディーラーではないし、周囲にはイエス・パーソンしかおらず、三権分立を無視するという、「民主主義のイロハ」を知らぬ暴君である。暴君出現には、もちろん、歴史的必然の背景があるのだが、テレビ画面でトランプ・プーチン会談、習近平・金正恩会談などを見ると、暴力団の親分同士の顔合わせ、ゴッドファーザーの世界というか、清水の次郎長や笹川繁蔵が仁義を切りあっているような、悪辣な悪相同士の鳩首会談の感じである。

 

 

少年兵八十回目の春愁ふ

 二〇二六年二月二八日、イスラエル・アメリカによるイラン攻撃が始まった。

 イランは、一九七九年、私が大学生だった時、イラン革命がおこる。親英米政権が倒れ、ホメイニ師というイスラム教の宗教指導者がトップに立つという体制になる。もちろん、アメリカとイランとは対立しあうことになる。政治的対立であり、宗教的というか、イランは古い言い方ではペルシアであり文明的対立である。ホメイニ師の死後、最高指導者はハメネイ師に代わり(一九八九年)、この体制と対立構造は続く。アメリカのトランプは、複雑錯綜する中東情勢で、イスラエル寄りなのを隠そうとせず、そのイスラエルは、おおむねユダヤ人のユダヤ教の国なので、イスラム教国イランとは犬猿の仲である。

 イランの核兵器開発疑惑は以前からの懸案事項であり、イランのハメネイ宗教体制は頑迷さがあり、イラン国内で反対運動があった。そこに乗じてイスラエル・アメリカはイランを攻撃し、ハメネイ師ら指導層をミサイル攻撃で殺害するのに成功する。イランは核兵器開発を行っており、自衛のためのやむを得ぬ攻撃だというのがその言い分である。

 国際連合は戦争を禁止している。しかし自衛戦争は容認している。だが、近代の戦争は、ほとんどが自衛戦争を標榜して行っている。国際連盟時代だが、昭和の日本の戦争も、今では日本政府は侵略戦争だと認めているが、当時、自衛戦争だとして米英に宣戦布告している。前記のロシア・ウクライナ戦争において、ウクライナ側が自衛戦争であるのは自明だが、ロシアもまたプーチンはロシアの自衛戦争だと言っている。アメリカのトランプは、ベネゼエラ攻撃の時、国際法など眼中にない発言をしていたが、今回は国際法を意識してか、自衛戦争だと標榜した。だが、国際法違反の気配が濃厚である。イランの核開発が、攻撃や指導層殺害を行わなければならないほど喫緊の急だったかどうかは疑問だし、武力でイランに親アメリカ的体制を作り上げようとするのは、露骨で稚拙な内政干渉だ。イラン国民がハメネイ体制を嫌悪していたとしてもアメリカの思うがままになるのを強烈に拒否するのは当然だ。

 イランは早速新指導者を選び、報復攻撃を行う。あわせて、ペルシア湾の出口であるホルムズ海峡を封鎖した。ホルムズ海峡は国際海峡で航行自由だが、戦時のため封鎖し、ここを通過するタンカーの原油に依存する、日本をはじめとするアメリカ関係諸国とアメリカに打撃を与えるためである。アメリカもガソリン価格の上昇に頭を痛めることになった。

 ここにペルシア湾、及びその湾岸での紛争が始まった。トランプは、アメリカは産油国で中東ホルムズ海峡通過の原油は必要なく、日本その他必要な国が自力で解決せよと突き放す。アメリカのイラン攻撃は同盟国への事前説明はなく、それでいて日本やヨーロッパ諸国に協力を求め、ガッツを示して石油を取って来いという。「覆水をお前ら拭けとトランプ氏」というのが読売時事川柳である(四月五日)。

 一九九〇~一九九一年(平成二~三年)、ペルシア湾・湾岸で「湾岸危機・戦争」が起こった。

 イラクのフセイン大統領が、隣国でありペルシア湾に奥で接するクウェートに侵攻し、アメリカのブッシュ大統領は多国籍軍を組織し、粘り強くイラクに撤退を求めたのだ。

 イラクはイラン・イラク戦争での財政悪化をクウェートの油田を奪うことで解消しようとしたのだが、国境線を武力で変更しようとする侵略戦争であり、アメリカは国際秩序維持のため断固として対抗した。この時日本は、資金援助だけではなく人的参加、要するに自衛隊の参加が検討された。アメリカは非公式ながらそれを求め、「ショウ・ザ・フラッグ」(日の丸の旗を現地に掲げ人的貢献をする)が検討された。海部内閣は「国際平和協力法」(自衛隊海外派遣法)を国会提出したが、国論を二分する大論争となり、結局廃案となった。私はこの時、三三歳、春日部高校の三年六組の担任だったが、授業中、朝日新聞の記事、『世界』の論文の一節(反対派)、読売新聞の記事、『文芸春秋』の論文の一節(賛成派)を配付し、生徒たちと議論した。この問題は、戦後(戦後四五年)政治史と思想の分水嶺となる大事件であり、国語の授業よりよほど大切だと思ったからだ。

 当時は戦争体験者層がまだまだ健在であり、憲法九条の戦争放棄の意志は若年から老年まで強力であった。一方、それは「一国平和主義」であり、侵略者に対する多国籍軍に人的貢献すべきだという意見も強かった。私はその頃、マルクス主義の残影を引きずっており、憲法九条の信奉者でもあった。だが、アメリカの多国籍軍は、複雑なのを敢えて単純化して言うが、侵略者に対する正義の軍であり、それを他人事のようにとらえ参加できないというのは違和感があった。いわば二つの主張に引き裂かれる、身をよじるような苦痛があった。

 丸山真男氏に「『である』ことと『する』こと」という有名な評論がある。自衛隊の海外派遣(戦場ではなく後方支援)につき、「日本は憲法九条を国是とする国である」「日本は戦争放棄した国である」ということを金科玉条に言い、思考停止する態度は間違っていると思った。その丸山は、国連中心主義を唱え、国連軍こそ正義の軍である(アメリカ中心の多国籍軍には批判的)と言っていたようである。これは当時の良識的知識人の多くが言い、私も同感だったが、「今」この「現実」にどう対処するのか、という「問」に対する「答」になり得ず、私は内心自分自身に対する欺瞞を感じ、現実の時代の流れとの遊離を感じた。その後自衛隊は湾岸戦争後のペルシア湾の機雷除去やPKOで実績を重ねていくのだが、私もまた、いわゆる「戦後民主主義」から離れていくのだった。

 今回の、新・湾岸戦争でも、日本はペルシア湾への護衛艦の派遣やアメリカの戦争への賛同と協力が求められている(トランプ発言によるものでありアメリカの正式な要請ではない)。これは、前引の川柳のように、日本にとっては迷惑な話である。一九九〇年~九一年の湾岸戦争の多国籍軍が正義の戦争であったのに対し、これはアメリカ、というよりトランプとネタニヤフ(イスラエル首相)による不正義(国際法違反)の戦争であり、支持することはできない。日本はいい意味での両面作戦を行い、アメリカを怒らせず、顔を立てつつ、イランとのチャンネルを保持し、双方をソフトランディングさせるしかない。そしてそれが国際社会にとっても、日本が果たすべき位置と役割だ。

 トランプは四月二日、アメリカ国民に対して演説を行った。テレビのプライムタイムであり、戦争終結の見通しを語るものと予測された。しかし内容は、全くの無内容で、終結へ努力しているのか戦争を継続するのかの意志も不明、恨み節と他国への非難が混ざり、酔客がクダを巻くのと変わりがなかった。

 これは尋常ならざる事態である。

 一九九〇年~九一年の湾岸危機・戦争の時、世界中の多くの人が、アメリカ相手に戦争するとは思っていなかった。イラクはどこかで妥協するであろうし、そのための駆け引きで戦争をちらつかせていると思った。テレビで放映される、アメリカのブッシュ大統領の姿は、日に日に苦悩の色を深め、一月の開戦前、十二月末には憔悴しきっている感じであった。戦争となれば、イラク軍兵士やイラク国民に犠牲者が出るし、アメリカ軍にも犠牲が出る。その決断をしてよいのか……。開戦後、アメリカ軍トップのパウエル統合参謀長は作戦の成功と勝利の戦況を報道陣に説明しながら、部下に犠牲を強いる苦汁を感じているようだった。その約十年後、対イラクの緊張が再び高まった時、国務長官になっていたパウエル氏は慎重派であったが、戦争というものが、いかに苦しく、悲惨なものであるか、骨身にしみて理解していたからだろう。戦争というのは、少しでも甘い見通しと判断ミスがあれば死と滅亡に直結する、究極のリアリズムの世界である。

 

 

永き日や多岐亡羊の影一つ

 現在のアメリカ政権の、トランプ(大統領)、ベッセント(財務長官)、ルビオ(国務長官)、ヘグセス(国防長官)は、いずれもリアリズムを欠いた甘ったれの感がある。トランプが国民に演説した二日、ヘグセス国防長官は、アメリカ軍の参謀総長を解任したという。作戦、指揮の責任者である参謀総長が、今の政府の、リアリズムを欠いた指示に難色を示し、更迭されたと思われる。

 今となっては、アメリカのとるべき方法――アメリカのとるべき方法であって、トランプが取るべき方法ではない――は二つに一つだ。

 その二、から。

 だれかアメリカの大富豪が、ゴルゴ13を雇い、トランプを狙撃暗殺する。

 今となっては、トランプという存在そのものが、アメリカの国益を損なっている。トランプ関税は世界を震撼させたが憲法違反の判決が下り、巨額の返金が義務付けられている。対イラン戦争も、泥沼化させてはいけない。アメリカの国益もさることながら、先人たちが築いてきた民主主義の成果と理念を蹂躙し、独裁国家を跋扈させてはいけない。もちろん、殺人暗殺は人倫に反する、考えることさえ忌み、恥ずべきことだ。私の方も、トランプの、「イランを石器時代に戻してやる」「イランの狂った野郎どもを何人も殺して光栄だ」といったチンピラ発言に、麻痺してしまったのかもしれない。

 では次に、その一。

 アメリカ軍がクーデターを起こし、トランプを拘束する。臨時大統領は、戦争終結という一点に絞り、攻撃に難色を示していたというバンス副大統領が務める。

 アメリカ軍人たちは、このままでは、意味もない戦争に投入され、命の危険にさらされる。そのリアリズムを梃子に、クーデターを起こすのだ。野党である民主党に、今、政権を担い、事態を収束させる力はなさそうだ。バンス副大統領は、ウクライナのゼレンスキー大統領に、トランプへの謝意を示せと強要した大バカ者だが、むしろトランプ切りをし、大化けする正念場だ。

 これが、二〇二六年四月七日時点での私見だ。

 

 

                                    ―――二〇二六・四・七―――

 

 

 

 二〇二六年四月、パキスタンの仲介により、アメリカとイランは二週間の暫定停戦を行い、十一日、パキスタンの首都イスラマバードで、両国代表団が停戦(終戦)交渉を行った。パキスタン首相シャリフ氏を間に、アメリカはバンス副大統領が代表、イランはガリバフ国会議長が代表であった。一九七九年のイラン革命以降、アメリカ、イランの高官が対面で交渉を行うのは初めてである。

 長時間にわたる協議であったが、一回の交渉で結論が出るわけもなく、未合意のまま両国代表は帰国の途についた。「談判決裂」というわけではなく、両国とも継続して協議するニュアンスを匂わせている。ただ、トランプは、アメリカ軍を派遣しホルムズ海峡を逆封鎖し、イランへの限定的攻撃を開始すると息巻いている。

 以下、現時点(四月十三日)で、私が思うところを記す。

 現時点での交渉での最優先課題は、戦争を終わらせることである。昨日、四月十二日の大河ドラマ、『豊臣兄弟』で、竹中半兵衛は、「後先を考えて行うのが戦だ」と言っていた。これは至言であり、それに対し、後先を考えずにイラン攻撃を行ったのがトランプだ。イランの核兵器開発疑惑がおおもとにあるとはいえ、それを短期間で、武力で解決するのは無理がある。戦争が長引くのは、アメリカにとっても、イランにとっても、世界にとっても、何一ついいことはない。イランの核兵器開発問題に関しては、問題の先送りではあるが、今後の粘り強い平和交渉に委ね、「今」の問題として、「ことばのアヤ」で妥協できると思う。イラン側も、戦争の長期化を望んでいないだろう。

 では、どうするか。

 アメリカのバンス副大統領は、協議中も、トランプに電話報告し、指示を仰いでいた。それを行いつつ、最終的に、バンスはトランプを無視し、独断でイランと妥協合意の決断をし、和平を行い、終戦(長期停戦)すると、イランとともに世界に公表するのだ。

 トランプは激高し、「そんな話は聞いていない!」と怒号が飛ぶだろう。だが、トランプは、後先考えず戦争を始めながら、今ではこれを持て余し、嫌気がさしているようだ。アア言えばコウ言う、で拳を振り上げつつ、下ろしように困り、戦争終結を内心望んでいるに違いない。だが、トランプが妥協するわけにはいかない。そこで、バンスが手を汚し、バンスがすべて責任を負い(すべて責任を負わせ)、バンスが勝手に和平を結ぶ(結んだとする)のである。トランプに、ではなく、アメリカへの忠誠を考えれば、これしかないと思う。

 バンスはトランプへの背任で失脚するだろう。しかし、バンスは現在四一歳、六年後、あるいは十年後のアメリカ大統領選挙では(次の二〇二八年選挙では民主党に政権交代するのがよいと思う)バンス大統領が実現するだろう。そしてそれが、真のディール上手だと思う。

 

                                   ―――二〇二六・四・十三―――

新潟大学法学部小論文解答例――ギャンブル、万引き、藪の中――

 

 

 新潟大学法学部の入試科目に小論文がある。教学社の、いわゆる「赤本」に問題と解答例が載っている。私は、志望受験生の過去問添削指導を行ったのだが、「赤本」の解答例を参照しつつ、少し物足りないところがあった。そこで、私なりに解答例を作成した。そのいくつかを公表する。多少は受験指導の参考になるかもしれない。

 

【2025年問題】

 ギャンブルを法令により規制するかどうかを考えた場合、次の三つの立場があり得る。ギャンブルを全面的に禁止して処罰の対象とする立場(「全面禁止」)もあれば、逆に、ギャンブルを違法行為とはせず全面的に許容する立場(「全面許容」)もあり得る。これらとは異なり、日本では原則としてギャンブルを犯罪として処罰する一方、たとえば競馬法により競馬を、馬の改良増殖その他畜産の振興への寄与、地方財政の改善のために許容するという立場(「一部許容」)がとられている。

 上記の「全面禁止」、「全面許容」、「一部許容」の三つの立場についてそれぞれ検討したうえで、あなたが妥当と考える立場について、その理由とともに、1000字以内で論じなさい。(120分)

 

【解答例】

 ギャンブルは射幸心をあおるものであり、コツコツ働く勤勉の精神と相いれない。また、大谷翔平氏の通訳、水原一平の例のように、依存症となり身を亡ぼす者は数多い。多くの国がギャンブルを基本的に禁止しているのは当然だ。

 一方、ギャンブル全面許容という考えもある。ルールとリスクを承知の上で行うのは個人の自由であり、法規制を行うのは過度の介入だという考えだ。個人の自己責任の上で行えばよいということだ。

 両者の折衷だが、一部許容という立場もある。ギャンブルを一部認め、適切な管理のもとに行い、その収益の一部を公共のために使うというものだ。

 この三者のうち、最後の、一部許容というものが、一番現実的で妥当である。

 ギャンブルは好ましいものではないが、多くの国で、大昔から存在してきた。勤勉の精神に反するといったが、「水清ければ魚棲まず」の語があるように、息抜きとしての「賭け」が存在するのは理解できる。これを全廃するのは不可能だ。また、競馬は、人馬一体の、古くからの文化でもある。競輪は、いまや「ケイリン」で海外に通じるものとなっている。ラスベガスやマカオのカジノも、世界的な観光スポットであり、文化である。それを、全廃するのは人間的ではないし、反文化的だ。闇に潜った悪質なギャンブルが横行し、暴力団の資金源となるのは確実だ。それよりも、行政や自治体が適度に管理し、健全さを保ち、危険性を周知させつつ、収益の一部を公共のために使うほうが生産的だ。

 20世紀末、スポーツ振興くじが日本で導入される。これは文部科学省が管轄している。この時、反対論も大きかったが、くじを通してスポーツに親しみを持ってもらうという考えは説得力があった。当たる確率は非常に低く、くじを買うことによって各チームのことを知り、収益はスポーツ振興に使っている。

 約10年前、IR法案が成立した。日本でもカジノを中心とする総合リゾートを行えるようにするものである。これも大きな反対論があった。しかし、大きな経済効果が期待される。かつ、この法案成立により、依存症対策や反社会勢力対策が進んだ。総合的に考えて、一部許容が、最もよいのは確実だ。

 

〈補足〉

 ギャンブル全面禁止、全面許容、一部許容について書き、最後に自分はどれを支持するかを書く。一部許容を支持するのが、一番常識的、現実的なので、だれが書いても同じような構成、結論になるだろう。「赤本」の解答例も同様だ。私の解答例は屋上屋を架すことになるのだが、それなりに理由もある。ちなみに私はギャンブルと無縁な人間で、そのため妻から、まったく面白みのない人なんだから、と言われたりする。

 賭け、賭博は各国各社会に太古の昔からあり、これがなくなることはなかろう。それだけに、これは一種の文化であり、大人の遊びである。競馬は今や、さわやかなタレントがコマーシャルに登場するレースだし、競輪も「ケイリン(keirin)」で世界に通用する競技になっている。私が30歳ころ、よく行く居酒屋の大将は、ギャンブル好きで、賭けで儲けたときはウナギでも刺身でもドンドン出てきたものだ。この大将、今日の軍資金は3万円、と決めて、結局2万円スッタとしても、3万で2万なので、1万円儲けた、と思う人だった。このような気持ちを持っていたら、大人の遊びとして健全である。

 私は70年近く生きているが、その間、記憶に残っているギャンブル、賭け関連法案として、1998年の「スポーツ振興くじ」(当初は「サッカーくじ」)と2016年の「IR推進法」がある。その時の雰囲気に関し、記憶に頼ってだが補足した。

 「水清ければ魚棲まず」(『後漢書』に出てくる故事成語)について、指導した生徒は、「寛政の改革の時の狂歌みたいな感じですね」(「白河(白河藩主で老中として改革を行った松平定信)の清きに魚の棲みかねてもとの濁りの田沼(前政権の田沼意次)恋ひしき」)と言っていたので、正義感の強い真面目な高校生にも十分わかるものと思う。

 

 

【2024年問題】

 X高校では、毎年の学園祭で、各クラス対抗の「演劇コンテスト」が行われており、各生徒がこのコンテストに向けて真剣に演劇に取り組んでいた。生徒の中にはそのコンテストに参加したいがために同校を志望した者もいたほどであり、3年Y組もまた、コンテストで賞を取るために3か月以上前から、クラス全員で放課後夜遅くまで準備を行っていた。このコンテストは地域での評判も良く、例年、地域の住民もコンテストを観るためにつめかけるほど人気のイベントであった。

 ところが、学園祭の一週間前、Y組の生徒であるA、B、C3名が,演劇練習からの帰宅途中に立ち寄ったスーパーマーケットで、コンテストのための小道具(1500円相当)を万引きしたとして警察に捕まった。初犯であり反省している等の事情から、Aらはすぐに帰宅を許された。この事態を重く見たⅩ高校は、その翌日Y組の「演劇コンテスト」への出場を認めないとの処分を下した。これに対して、A、B、Cを除くY組の生徒全員が反発し、この処分を取り消すよう校長に詰め寄った。

 以上の事実をもとに、高校側の処分の根拠と生徒側の主張の根拠をそれぞれ整理しなさい。そのうえで、あなたはどちらの立場を支持しますか。相手方への反論も含め1000字以内で論じなさい。

 

【解答例】

 万引きは窃盗罪であり、相手商店に多大な迷惑をかけるものである。学校側の方針は厳罰に処すことにより、犯罪を許さないことを示すとともに、いわゆる連帯責任を負わせることにより学校全体の引き締めを図ったものと思う。人数は三名であるが、クラスの全体行動の一環であり個人ではなく、全体の問題というとらえ方である。

 一方、生徒側の主張は、連帯責任には根拠がなく、不合理なものだという考えだ。クラス全体の計画を、三名が、いわゆる「実行犯」として行ったとは考えにくく、被害が軽微だということでもあり、三名はいわば「魔が差して」行ったものと思われる。クラス全体が連帯責任を課されるのは合理性がない、という主張だ。

 双方の主張、立場は以上のように考えられるが、次に私見を述べる。

 まず、学校が行う懲戒は処罰処分であると同時に、教育の一環の指導でもある。生徒が何か問題行動を行ったとき、それをきちんと処罰してあげる、ということだ。

 問題行動を行ったとき、それが問題行動であるということを本人に正しく理解認識させ、反省させるということは本人の今後のため重要なことだ。だから、過度の恩情は決して教育的ではない。今回、警察は軽微なことから無罪放免し、その措置は間違っていないが、学校としての指導は別である。適切な懲戒を行い、自己の罪を自覚させる必要がある。ここで重要なのは「適切な」懲戒だということだ。軽すぎては、罪を自覚できず、重すぎては不服が残り、適切な反省に繋がらない。

 適切な懲戒とは、この場合具体的にどのようなものか。

 口頭注意では軽すぎる。軽微とはいえ、相手商店に多大な迷惑をかけているのである。ではクラス全体の処罰という連帯責任が適切か。それは重過ぎる。事実、他の生徒たちは不満を主張し、その理由も妥当である。これでは教育的ではない。そこで、以下のように私は指導処分内容を考える。

 該当生徒三名は家庭謹慎五日間。他のクラス生徒は処分指導対象としない。謹慎期間中に演劇祭があれば三名は謹慎中で参加出来ない。謹慎期間を過ぎ、十分な反省が見られれば演劇祭参加はかまわない。

 

〈補足〉

 「赤本」の解答は、学校側、生徒側の主張の理由を推測して挙げ、生徒側の主張を支持している。私も、生徒側の主張が、理があると思う。部活動の連帯責任、出場辞退、対外試合自粛などが話題になるが、近年、その適用はかなり慎重に行われている。部員の大勢がかかわる、組織的である、教員の指導掌握が不十分で部全体の問題と考えざるをえないケースに限定されているように思う。課題文のケースは、三人の生徒の「出来心」の行為と思われる。

 私は「赤本」の解答に不満がある。「万引きをした三名のみ(演劇コンテストの)出場停止とし、Y組の参加を認める処分が妥当だと考える。」といい、再発防止策の検討を述べている。だが、40数年の私の教員経験から言うと違和感がある。私の経験からいう結論は、解答例に記したとおりである。

 学校における懲戒は、処分であるとともに指導である。悪いことをしたら罰を与えるのだが、それは、その生徒を「罰してあげる」ことでもある。そして、それで「ケリ」をつけるのである。あくまでも教育として行うのである。

 

 

【2023年問題】

 海水浴中のⅩとYが沖に流された。Ⅹは、たまたま流れてきた浮き輪につかまることができた。ところが、Yも、その浮輪にしがみつこうとした。この浮輪は一人用なので、二人の体重を支えることはできない。そこで、ⅩはYを突き飛ばした。Ⅹの行為をどのように評価すべきか、あなたの考えを1000字以内で述べなさい。

 

【解答例】

 まず、この種の事件では事実認定が難しい。第三者の海浜監視員が目撃しての証言なのか、Ⅹが「自分が突き飛ばした」と証言したのか、助かったYが証言したのか、実際に突き飛ばしたのか、Ⅹは助かったのか、Yは死んだのか助かったのか、証言に客観性があるのか、という問題があり、それによりⅩに対する印象は変わる。だから「評価のしようがない」というのが「答」なのだが、ここではこのような新聞記事があった、ということで考えを進める。

 有罪か無罪か、ということで言えば、Ⅹは無罪である。一つの浮き輪をめぐって、いわば早い者勝ちであるが、一つの浮き輪で二人を救うことはできず、ⅩがYを排除しようとするのは、そうしなければ自分が死ぬわけであり、人情として自然な不可抗力であり、非難すべきではない。わが身を犠牲にしてでもYを救うべきだと強制し、法的に責任を追及することはできない。緊急事態でのやむを得ぬ行動である。

 有罪か無罪か、は以上である。ただ、ここでの問いは、「Ⅹの行為をどのように評価すべきか」である。その点を考える。

 よく知られた思考問題に「トロッコ列車問題」がある。一台のトロッコが暴走している。そのままだと前方、何も知らない五人が死ぬ。切り替えのポイントがあり、切り替えれば五人は助かる。だが、切り替え線の先には一人の人間が居て、確実に死ぬ。あなたが切り替えポイントにいたとして、どうするか? という問いである。一人死んでも五人を助ける、という考えもあれば、自分の行為によって一人を死なせるわけにいかない、という考えもある。どうしていいかわからず逃げ出すかもしれないし、茫然として何もできないかもしれない。私はそれらすべて、間違いとは思わず、無罪だと思う。ただ、このケースで絶対に間違っていると思う行為が二つある。

 その一。このようなことがあると、無責任な者がSNS上で勝手な意見を述べ、炎上させる輩がいる。それは絶対に間違っている。

 その二。例えばポイントを切り替え、五人を助けたとする。一人は死ぬ。その時、一人と五人だから、当然だ、といって、何の心の動揺もなく平然としているとする。それは、考えの内容は正しいにしても、人間として間違っている。

 海でのⅩだが、そのような人間的苦悩があったかどうかが、評価のポイントだと思う。

 

〈注〉【刑法37条1項】 自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。ただし、その程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。

 

 

〈補足〉

 解答例冒頭に書いたように、問題設定に不満がある。歴史評論のテーマに、歴史は書かれることによって歴史になる、というのがある。換言すれば、書かれなかったことは存在しないということだ。事実は、初めから「ある」のではなく、書かれることによって「ある」ようになる。

 Ⅹ、Yの出来事があったことが、どのようにしてわかったのだろうか。証言者はだれなのか、だれが聴取したのか、疑問は尽きず、芥川の『藪の中』のように解明のしようもない。だから、「評価のしようがない」というのが究極の「答」である。

 これは法学部の試験問題だが、法学を学ぶ者、学ぼうとする者にとって、このような事実確認をおろそかにするのは致命的欠陥である。ここに疑問を持たない者は、「大本命発表」を鵜吞みにする態度と同じだ。それだけに、私は、罪の重い問題だと思う。

 ちなみに私が指導した生徒は、実は僕も、Ⅹは助かったのか死んだのか、Yは死んだのか助かったのか、Ⅹはどんな気持ちだったのかわからず、書くのに困りました、と言い、私は、それが正しい反応であり、君は筋がイイね、と褒めたものである。

 もとよりこの問題は、「カルネデアスの板」という古代ギリシアの命題(船が難破し、一人しかつかまることのできない板があった時、それを奪って他者を溺死させるのは罪か)の焼き直しであり、この命題は前記【〈注〉刑法37条第1項】の緊急避難ケースの例として知られている話である。だがそれなら、古代ギリシアにこのような命題がある、と記し、思考実験として問うのがよいし、有罪だと思うか、無罪だと思うか、という問いならすっきりする。X、Yという個別の人を出し「評価すべきか」という問いだから、それぞれ個人の心情などの解明が必須になるのだ。

 

〈補足の、そのまた補足〉

 テストとか入試問題は、点数をつければよい、序列をつければよい、選別できればよい、というものではなく、教育の一つとして行われなければならない。2023年の小論文問題は、「学問のイロハ」を欠く問題だと思うのだが、逆に、入試を通して「学問のイロハ」を教えようとした例を一つ。

 2016年以来、東京大学で推薦入試がおこなわれている。受験資格のハードルが高く、共通テストはおおよそ8割以上の得点が求められ、面接も40分行われる。

 教育学部を受けたある受験生、子どもの自己肯定感を育む教育が必要だ、という趣旨のプレゼンテーションを行った。入念に準備し、20以上の質問を想定し、そつなく行っていった。後半に入って、ある面接官から、「あなたはプレゼンの中で、『自己肯定感』という言葉を使っていましたが、あなたのその言葉の使い方と一般的に認知されている定義との間に、違う部分があるかもしれないと考えたことはありますか?」と問われた。想定外の質問で動揺したが、とっさに内省し、自分が使う「自己肯定感」と、一般的な意味での「自己肯定感」との違いを探し出し、それを答え、結果として合格したという。(「ダイアモンド・オンライン」2024年1月25日記事より)

 これは「学問のイロハ」というか、学問実践の本質に根差したやりとりだ。

たとえば、自衛戦争を認めるか、と問われたら、みな、認める、と答えるだろう。国連は紛争の武力解決、即ち戦争を認めていないが、国連憲章第51条で自衛戦争を認めている。

 だが、近代以降の戦争の多くは、自衛戦争の名のもとに行われている。昭和の日本の戦争は、侵略戦争だったが(これは現在、日本国政府が公式に認めている)当時は、やむに已まれぬ、自衛のための戦争だとして米英に宣戦布告した。現代でも、ロシア・ウクライナ戦争において、ウクライナが自衛戦争であるのは当然として、ロシアもまた、自衛のための戦争であると主張している。今年2月28日、アメリカとイスラエルはイランを攻撃し、ハメネイ師他イラン指導層を殺害した。これは国際法上重大な疑義ある行為だが、アメリカ(トランプ)は自衛のための攻撃だと言っている。

 このように、自衛戦争は認められる、という自明なことが必ずしも自明ではないことがわかるし、自衛戦争とは何か、何を満たせば自衛戦争なのか、現実に何が行われているのか、そして、誰が自衛戦争か否かを判定するのか、といった、厳密な手続きが必要になる。

 それが「学問のイロハ」であるし、先の東大推薦入試の、「自己肯定感」についての教授の質問は、その「学問のイロハ」を受験生に示したものと言える。

今さら聞けない文語文法(3)――否定の助動詞・体言用言・「にて」

 

 

○否定の助動詞という言い方

Q.「ず」は「打消の助動詞」ですが、これを「否定の助動詞」といったら間違いですか。

 

A.「否定の助動詞」といって、かまいません。

 

 中学校の日本語文法に、「ない」の識別という重要テーマがあります。

 

 a、この部屋に、机はない

 b、この部屋に、人はいない

 

 aとbの「ない」の文法的違いを識別するものです。a文の主語は「机」です。そして、「ない」は「ある」「ない」の「ない」で、述語になっています。述語であるからには動詞、形容詞、形容動詞のどれかであり、「―い」で終わる形容詞です(口語形容詞は「高」「悲し」等、「―い」で終わる)。一方、b文の主語は「人」で、「いない」が述語です。これは「いる」という動詞を「ない」が〈打ち消し〉(否定)しています。この「ない」は「いる」という動詞に付属することによって意味をなす付属語であり、助動詞です。

 この、助動詞「ない」なのですが、中学校では「打ち消しの助動詞」とも、「否定の助動詞」とも言っているようです。英文法では「否定文」の学習があり、「not」「no」は「否定の副詞」と英和辞典に載っているので、中学生にとって、「ない」も「否定」という言い方の方に親しみがあるでしょう。

 ところが高校生になり、古文で文語文法を習うと、これは「否定の助動詞」ではなく「打消の助動詞」だと言われ、説明もないままにテストで×が付けられ、理屈を言わずに覚えろ、といわれます。何やら釈然とせず、古文嫌いを生む基になりそうです。

 否定は肯定と対になる概念です。「あり」という語があり、その否定は「無し」であり、「あらず」は打ち消しだ、という説明がなされたりします。また、「打ち消し」は、前提になる何かがあり、それを打ち消すものです。

 

  胡桃割る胡桃の中に兎ゐず

 

 岡田日郎の俳句です。胡桃を割ったところ、中に兎はいなかった、というもの。当たり前と言えば当たり前ですが、しかし言葉の力により、チャイコフスキーの「胡桃割り人形」のような不思議な光景が幻視されます。「兎ゐず」と、いわば「見せ消ち」のように打ち消すことによって、かえって兎が脳裏に存在し始めます。そして何もない現実に引き戻されるのですが、これなど、胡桃の中の兎を「否定」したのではなく、「打ち消し」た、というべきでしょう。

 しかし英語でも「not」や「no」には同様の用法がありますし、文語の「ず」には、逆に「打消」というより「否定」と言った方がピッタリくることもあります。「ず」を「否定の助動詞」といっては、絶対ダメなのでしょうか。

 

・【打消の助動詞】否定の意味を表す助動詞。否定の助動詞ともいう。 (小学館『古語林』巻末「事典」) 

・【打消の助動詞】否定の助動詞ともいう。  (旺文社『古語辞典』巻末「国語国文法用語解説」)

・【打消の助動詞】~~。否定の助動詞ともいう。(三省堂『詳説古語辞典』巻末「国語国文法用語事典」)

・【ず】否定の意を表す。~~。【ずは】否定の助動詞「ず」に係助詞「は」が連接したもの。

      (學燈社『古典を読むための文法早わかり辞典』 助動詞の項の担当は森野宗明氏)

・【ず】古語・否定 (明治書院『研究資料日本文法7 助詞・助動詞辞典』)

 

 というように、「否定の助動詞」という言い方を載せている辞書は、いくつもあります。

 明治書院『研究資料日本文法6 助動詞』を見ると、「ず」について、「打消」としている論文も多数ありますが、一方、次のような文もいくつかあります。

 

・未然形は否定のズに連なるというが、このズの起源を考えてみるに、否定の助動詞のニという形がある。(大野晋「万葉時代の音韻」)

・「ず」は否定判断を表す。この否定の助動詞「ず」が、~~。 (竹内美智子「助動詞の分類」)

 

 以上のことから、「ず」を「打消の助動詞」という以外に「否定の助動詞」といってもかまわないと思います。少なくとも私は、「否定の助動詞」という言い方を不可と、合理的に説明することができません。

 

 

○体言・用言

Q.体言、用言という用語のいわれは何ですか。

 

A.仏教の体用論を踏まえた言い方です。

 

 古文の授業中、私たちはしばしば品詞分解を行います。その時、活用形それぞれの意味するところの理解が前提になります(そもそも日本語には、なぜ活用形というものがあるのか、という根本的疑問があるのですが、それは拙稿『高校国語マル秘帳』古文編8、東書Eネット2016・1・25参照)。「已然形」という活用形は中学校までの口語文法にはなく、「未然形」と併せてその意味するところを説明します。「未然」とは、「まだそうなっていない」ということで、打消し表現や仮定表現と親和性があります。「已然」とは「すでにそうなっている」ということで、たとえば「雨降れば」(「降れ」は「降る」の已然形)は、すでに雨が降っており、そして、降っているので、という確定条件になります。終止形、命令形は口語とほぼ同様で、特に説明する必要はないでしょう。

 連用形は「用言に連なる」、連用修飾語になるのが主たる形であり、連体形は「体言に連なる」、連体修飾語になるのが主たる形であるため、それぞれ連用形、連体形と言います。

 そこで、用言とは何か、体言とは何か、という確認をします。用言は動詞、形容詞、形容動詞のことであり、体言は名詞です。体言=名詞なのですが、では、なぜ同じものを、名詞といい、体言といい、呼び名が二つあるのでしょうか。

 体言とは主語になることのできる語、ということでつけられた名であり、名詞しかないので、結果的に体言=名詞となります。一方、用言とは、述語になることのできる語ということです。体言の「体」は文章の主語、本体、ということであり、それに対して用言は作用、ということです。

 この「体」「用」という語の淵源は仏教の体用論に拠ります。たとえば、海という本体があり、それが波浪や潮流といった様々な姿(=用)となるといったことであり、仏という本体が様々な現象となる(=用)ということでもあります。この体用論は儒教にも影響を与え、日本に伝わり、中世の連歌論にも、実体とその雰囲気、趣といったことでこの語が使われます。

 体言、用言という語は、このような東洋の古代哲学、芸道論の伝統を踏まえるものなのですが、そのような衒学的なことを生徒に話すのが目的ではありません。次のことを考えさせ、その副次的なこととして仏教語起源であることを示すのです。

 日本は、海外からの先進文化を取り入れ、土着の思想と関連づけながら独自の文化を発展させてきた。古代において手本とすべき先進国は中国であり、遣唐使を派遣した。この時期、日本本来の精神を確かなものとしつつ、中国(漢字漢文)の文化を身につけることが政治家、官僚、文化人の理想とされた。たとえば菅原道真がそれで、これを「和魂漢才」といった。

 明治時代になると、今度は手本とすべき先進国は西洋となった。そこで、日本人の精神を保持しつつ西洋の学芸、文化、技術を身につけるのが理想とされた。たとえば森鴎外のような人材であり、これを「( A )魂( B )才」といった。( A )( B )に適語を入れよ。

 A=和、B=洋、で「和魂洋才」です。

 では中国の話。1840~1842年のアヘン戦争敗北以来、中国=清朝は西洋諸国の蚕食をうけ、近代への脱皮に苦悩する。李鴻章ら官僚政治家は西洋の先進技術、学問の導入を図り、これを「洋務運動」という。この洋務運動は、中国の主体性と精神を保持したまま、西欧の技術等の導入を意図したもので、それを「中( C )西( D )」という語で表した。では( C )( D )に適語を入れよ。

 答。C=体、D=用、で「中体西用」です。これが、体言、用言の体、用のニュアンスです。

 

 話は最初に戻ります。私たち国語教員は文法を教えたがりますが、その、文法用語の意味するところにもっと敏感であるべきだと思います。数学では、よく、公式を丸暗記するのではなく自分で説明、導き出すことが出来なければならない、そうして初めて応用問題が解けるようになる、と強調されます。その点、多くの国語教師は、あまり文法用語を考えないように感じます。

 

 

○格助詞「にて」

Q.格助詞「にて」と断定の助動詞+接続助詞の「にて」の識別が、よくわかりません。

      (断定の助動詞「なり」の連用形の「に」+接続助詞の「て」)

 

A.連用修飾格として、次の語を修飾する役割を持つのが格助詞の「にて」です。

 

 「にて」の識別、というのは文法の重要テーマの一つです。

 

a、父はなほ人にて、母なむ藤原なりける。 (「なほ人」=普通の身分の人)

b、朝ごと夕ごとに見る竹の中におはするにて知りぬ。

 

 a文は、「父はなほ人なり。母なむ藤原なりける。」ということです。それを接続助詞「て」を使い一文につなげたものであり、ですから間に読点「、」が入ります。この「にて」の「に」は「なり」と同じであり(「なりて」→「て」)、断定の助動詞(連用形)です。「て」は接続助詞です。

 それに対してb文は、「竹の中におはするなり。知りぬ。」ではありません。(かぐや姫が)竹の中にいらっしゃることによって(自分の子になる人だと)わかった、ということです。これは格助詞です。

 この識別において、多くの文法書や古語辞典は、「~であって」と訳すものは断定の助動詞+接続助詞、「~で」と訳すものは格助詞としています。たしかに、a文は「〈なほ人〉であって、母は~」と訳しますし、b文は「〈おはする=いらっしゃるの〉わかった」と訳し、見分けの目安になります。しかしながら、どちらでも訳せる微妙なケースも多々あります。

ではどうしたらよいでしょうか。

 b文の場合、「おはするにて」は、そのような原因理由によってということで、次の「知りぬ」(「知る」は動詞で用言)に掛かり、修飾する連用修飾格になっています。ですから格助詞です。

 格助詞とは何か、といえば、その語が文中で、主格なのか、目的格なのか、連用修飾格なのか、……というように、何格なのかをはっきりさせるのが格助詞です。その基本に立ち帰れば、格助詞なのか、そうでないのかは、判断できるはずです。そのような、文法の基礎から考えるべきです。私は、文法の理解では、格助詞の理解が一番大事だと思っており、そのこと、拙稿、『高校国語マル秘帳』古文編2(東書Eネット、2012・10・17)を参照していただければ幸いです。

 

 次の例はどうでしょうか。

 

 日たけ行きて、儀式も、わざとならぬさまにて出でたまへり。      (『源氏物語』葵)

 

 桐壺帝退位、朱雀帝即位に伴い、伊勢の斎宮、賀茂の斎院も交代します。この時は、賀茂神社の祭りである葵祭に先立ち、斎院の御祓が行われるのですが、これは大イベントです。しかも今回は源氏(21歳、大将)が行列に加わるので大賑わいです。源氏の正妻、葵上はこの時妊娠中ですが、気分転換のため、昼頃になって[日たけ行きて]、仰々しくない供回りで[儀式もわざとならぬさまにて]見物に出かけます[出でたまへり]。

 この「わざとならぬさまにて出でたまへり」の「にて」なのですが、私の目にした限りの数種の教科書指導書、『源氏物語』の学習書のすべてが、「断定の助動詞『なり』の連用形『に』+接続助詞の『て』」としています。

 私は、これ、間違っていると思います。

「わざとならぬさま(仰々しい感じではなく)」で「出でたまへり」であり、「わざとならぬさま」は「出でたまへり」の「出づ(動詞・用言)」を修飾する連用修飾格です。「にて」はそれを示しているので格助詞です。

 

※このことにつき、『源氏物語』の学習書を出している某出版社に手紙を送ったことがあります。すると、ここは「日たけ行きて、儀式もわざとならぬさまにて(さまなり)、出でたまへり」と読むところだという返答をもらいました。つまり、「日たけ行きて→出でたまへり」とつながり、その間に、大げさな感じではなく(感じではない)、という一文が入っているというのです。そのため、多くの指導書・文法書は「断定の助動詞+接続助詞」としているというのではないか、というのです。

 私は、なるほど古文の「呼吸」としてはそうかも知れない、と思いました。ただ、やはり、ここは格助詞として取った方がわかりやすいと思いますし、私の考えは変わりません。

 

 

【補足 格助詞について】

1.格助詞とは?

 Q.副助詞は強意や限定など副詞的働きがありますし、終助詞は文末で願望や詠嘆を表します。現代語に無いものも多く知らないと口語訳できません。接続助詞も文の接続関係を表し、重要だと思います。それにくらべて、格助詞の働きや重要性が分かりません。

 A.格助詞は、語と語との関係を表すものであり、日本語が言語として起ち上がり成立する上で不可欠なものです。

・大盗人が人を殺さむとするなりけり。                  竹取物語

・鎌倉殿より公家へ申されたりければ                   平家物語

 これらの「が」「を」「より」「へ」は格助詞で、現代語と同じ用法であり説明を要しないものです。

そのため説明のいらない自明なものと扱われがちですが、文語でも口語でも変わらないということは、長い日本語の歴史の中で不変の、根幹的部分であるということです。

1.僕が彼を蹴った。

2.僕を彼が蹴った。

 「僕」「彼」「蹴る」という、確かな実体を持った人物なり動作があり、その関係を示すのが「が」であり「を」であるわけですが、1文、2文では、「僕」「彼」「蹴る」という一つ一つのパーツは同じでありながら、格助詞の用法によって全く逆の関係になります。

 これを、誰も間違えるはずのない自明のことと思ってはなりません。私が知的発達障害養護学校(特別支援学校)勤務時、生徒同士のトラブルがあり、その聴き取りをすると、「A君がB君をぶった」のか「A君をB君がぶった」のか事実関係を確定するのに困難を極めました。それは、たとえば、バスケットなど球技を行うとき、自分、相手、ボール、ゴールとの関係をつかみプレーすることの困難さとも共通するものでした(これは、スポーツというのは極めて抽象的で知的なものだということでもあります)。これは何も障害者に限ったことではありません。中学生や高校生に志望理由書を書かせると、たとえば、「国際社会で活躍できるように、英語力を向上したい。」というような文を書いてくる生徒が大勢います。「英語力を」ときたら、「英語力」は目的格であり、動作の対象となるので、「英語力を向上させたい」とならねばなりません。「普通の生徒」のこのような状況を目の前にすると、私は途方に暮れます。部分部分の知識はあっても、それらを関係づける論理性に致命的な欠陥があるわけであり、かなりの重症です。そして、改めて格助詞の持つ重要性が認識されます。

 最後に補足を一つ。

 中学校で口語文法の学習をする時、「私は~」「あなたが~」というように、「は」「が」を目印にして主語を求めよ、と教えられます。「が」は前述のように格助詞なのですが「は」は格助詞ではありません(文語では係助詞、口語では副助詞)。「は」には、上の語が主格なのか目的格なのかといったことを決定する力が無いためです。以下、大野晋『古典文法質問箱』(角川文庫)から引用しますが、「は」は格助詞ではないという説明によって格助詞というものの本質が逆にはっきりすると思います。

 

 「ネコネズミを食べた」といえば、ネコが食べたことは決まってしまい、「ネコネズミが食べた」といえば、これも決まってしまいます。猛烈に大きいネズミで小さいネコなんか食べてしまうということがある。ですから、「を」と「が」がくれば、ネコとネズミの関係はきちっと決まってしまいます。

 ところが「は」がくるとどうなるか。「ネコはこのネズミ食べない」というと、ネコはこの大きなネズミは食べない。下のネズミが目的語であることもあります。ところが、このネズミは何でも食べてしまうけれど、ネコだけは食べないという場合にも、「ネコこのネズミは食べない」といえます。間違いじゃない。正しい言い方です。そうすると、この場合の「は」は、ネコとネズミと食べるとの格関係を決める力が無い。だから、ネコがネズミを食べるのか、ネズミがネコを食べるのか、どちらもありうる、ということになる。そのように、「は」という助詞はものの格の関係を決めることができないのです。

  〈以下、省略〉拙稿、『高校国語マル秘帳』古文編2(東書Eネット、2012・10・17)

 

※「AさんBさん好きだ。」という例文を私は考えたのですが、どうでしょう。Aさんは(Ⅽさんとは仲が悪いが)Bさんには好感を持っている、とも、Aさんはいろいろ問題がある人だが、BさんはAさんに好感を持っている、とも取れます。AさんがBさんに好感を持っているのか、BさんがAさんに好感を持っているのか、主格、目的格を、「は」は決定できません。

 

※助詞「は」については、拙稿「いまさら聞けない文語文法(1)――助詞『は』は係助詞?」(「雨牀庵国語録」2022年8月20日、参照。

2026年大学入試共通テスト国語問題について

 

 

 

 2026年1月17日、18日、大学入学共通テストが行われた。出願者数約50万人で、大きな混乱もなく実施された。国語は17日(土)に行われ、若干の感想を記す。

 なお、昨年の国語の平均点は126.7点であり(200点満点)、今年は、大学入試センター中間集計(1月21日)で、116.1点である。

 

問1問 評論 櫻井あすみ『「贈与」としての美術・ABR』

 私の個人的読解も含めて本文で述べられている芸術論を紹介する。

 

・(本文)。子どものころ「世界はいつも薄い膜の向こうにあった」「目の前で起きていることに実感がわかず、自分という存在が不確かだった」「『ふつうのこと』の基準がよくわからず、見えないそれらの約束事から逸脱しないよう」顔色を窺っていた。

 これらの感覚、私にはよくわかる。現実世界というか、普通の世界から、自分は疎外されているという居心地の悪さがあり、この世に自分の居場所はないという孤独感だ。私だけではなく漱石も子どものころ感じていたと思う。漱石の『彼岸過迄』の中に、「どんな朗らかに透き徹るような空の下に立っても」「外の物と直に続いていない心持ち」がしたという登場人物が出てくる。それは漱石も同様だったろう。子どもの頃の漱石は、現実の中に居心地の悪さを感じ、山水画水墨画を見ながら、寂しいような、懐かしいような感じの中に浸った。三島由紀夫の場合は、子どもの頃の疎外感を、虚構の華麗な言語で埋め、ボディビルの肉体でガッチリ外を固めようとした。

 

・(本文)。そのように疎外されていた子ども時代、ふと、何気ない光景が、「『美しさ』を備えたものとして立ち現れてくる」ことがあった。それは「言葉で把握不可能」であり、「ただそのようなものとしてある」ものであった。そして、作品を制作するとは、このような感覚を何度も追体験することに違いない。少なくとも、「『描きたい絵』のイメージに沿ってモチーフを捜し、描くことではない。」

 ここで言っていることも、わかる。頭の中に言いたいこと、描きたいことがあり、それがうまく形になった――などというのは失敗であり、二流である。『山月記』の李徴が「どこか欠けるところ」があり、二流で終わったのはそのためだ。

 私は俳句を少し作るのだが、俳句は作るものではなく、出来るものだ。俳句と俳句評論につき、私は若いころ、大学時代の恩師に作品を送っていた。その文章につき、次のようなコメントをもらったことがある。

 毎回、鋭い視点で、自分の不案内である俳句について新しい知見を得られて非常に勉強になる。強いて言えば貴君の文は非常に達意でわかりやすいのだが、それが却って不満である。人形師が人形を操っているうちに、寧ろその人形が人形師の手を離れ、自在に独り歩きを始め新たな驚きを生じさせる――そのような、コトバが自律的に筆者を逸脱し乗り越えていくような驚きが貴君の文には無く、貴君の意図手中に支配され、その域を出ないというのを感ずる。

 自分の思っていたような作品ができた――などというのは二流である。自分という枠を出ない。その先の世界との出会いが必要だ。

 

・(本文)。(造形芸術は素材を必要とするが)「作品は『素材』によって物質としての形を与えられ」「制作の過程で素材と戯れ、その形や色を変質させていく行為は、その結果として出現する思いもよらない素材の姿を受動的に味わう時間をもたらす」

 これもわかる。石や木といった素材を刻む中で、彫刻家は新たなアイデア、インスピレーションを感じ、当初予定を逸脱して発展していく。書道や絵画にしても、筆と紙、キャンバスとが擦れ合う感触の中で(ある書道家は、筆、墨、紙との擦れ合いを「筆触」といっている)、新たな世界が開けていく。

 学習指導案や授業実践報告で、「~~指導の中で、~~を生徒に気づかせる」という言い方がしばしばなされる。私はこの言い方に違和感がある。これは、固定的な「答」があるのを前提とし、それを、生徒が「気づく」(指導者が気づかせる)という発想だ。ここには、生徒の学習活動により、教員自身が変化し、新たな発見をするという姿勢を欠いている。「素材と戯れ」そこに「出現する思いもよらない素材の姿」に対し鈍感な態度だ。

 

 本文で述べられている芸術論は以上のようであり、それを念頭に、当日夜、公開された問題を直観的に解答していくと、すべて正解できた。ただ、翌日、選択肢の正誤判定、説明を言語化できるよう、時間をかけて考えると、なぜ誤答になるかの説明に窮するものもあった。

 

 

第2問 小説 遠藤周作『影に対して』

 勝呂は少年時代、中国満州で育った。父は満鉄勤務で裕福であり、満州人の女中を使う身分だった。母はもとヴァイオリニストだが、父はそれより、平凡な、普通の主婦になるのを望んでいた。母はヴァイオリンを断念し、今や有名ヴァイオリニストになっている音楽学校時代の友人に対し、指がなまっているし、今が幸せだという。だが、母はいつも哀しそうな微笑をするのだった。

 勝呂は今、小説家志望だが翻訳で生計を立てている。そこそこの生活ができ、食堂で妻子にホットケーキやアイスクリームを注文することもできる。勝呂は思う。こういう生活がなぜ悪いんだ。なぜ今更小説を書く必要があるんだ。なぜこの結構な生活を恥ずかしがる必要があるんだ。「その時、まるで残酷な悪戯のように勝呂の頭にあの母の死顔が浮かんできた。」のだった。

 

 遠藤周作(1923~1996年)は昭和を代表するカトリック作家で、「第三の新人」と言われる。彼は満州で少年期を過ごし、母は音楽学校のヴァイオリン科卒業である。両親は10歳の時離婚しており、この小説と重なり合うところがある。なお、この問題の出典、『影に対して』は、遠藤の死後、2020年に発見された未発表小説である。

 遠藤には、「勝呂(すぐろ)もの」とでも呼ぶべき、勝呂という男を主人公にした諸作がある。例えば、代表作『海と毒薬』は、勝呂という医師が主人公である。私は遠藤の作品を、好んで読んだ時期があり、この小説も、いかにも遠藤らしい好作品である。問題もよくできているのだが、この問題の場合、問6の「ノート」が成功している。

 本文を読むと、母はその後どうなったのか、という疑問が起こる。その疑問に「ノート」は答えようとする。母は父と離婚し、最後、孤独で悲惨な最期を迎えたのだった。その前に、母から勝呂への手紙がある。アスファルトの道は安全だ。だが後ろを振り返ると、この安全な道に足跡は残らない。一方、海の砂浜は歩きにくい。でも、そこには自分の足跡がはっきりと、一つ一つ残る。私はそのような道を選び、あなたにも安全な、つまらない道を選ばないでほしい。

 ノートという調べ学習、探究活動という設定により、この小説の主題が明瞭になる。この問題は、複数資料の活用が成功した例だと思う。

 よく作られた問題だと思うのだが、問6(ⅱ)の正解選択肢(ここでは省略)に不満がある。本文「その時、まるで残酷な悪戯のように勝呂の頭にあの母の死顔が浮かんできた。」の、「死顔」のニュアンスをフォローしきれていないと思うのだ。ここは、次のようなことだと思う。

 勝呂は今、平凡平穏な生活をしている。だが、小説家への夢を捨てきれずにいるが、それは、家庭の平和、幸福を捨て、母の最期のような孤独で悲惨な死へと向かうことでもある。それが「残酷な」である。そしてそれは、悪魔のささやきのように、小声で「フフっ、お前は今の生活で本当に満足なのか」と、まとわりつき耳から離れない。それが「悪戯のように」である。

 

 

大問3 絵本『イワシ むれで いきる さかな』等

 絵本『イワシ むれで いきる さかな』の表現や工夫を、編集者へのインタビュー、学術的資料、Mさんの下書きをもとに考察する内容の問題。

 各予備校の分析講評だが、A社は、この問題につき、「表現活動にかかわり、新課程を意識した出題」としている。ただ、一方、B社は、「問題全体の出題意図がつかみにくく、特に問3(ⅱ)は解答が決まりにくい。」と述べている。C社、D社も問3(ⅱ)の解答が戸惑う、正解を絞り込めない、としている

 設問の具体的内容は省略するが、私も同感である。率直に言って、悪問だと思う。

 大問3、いわゆる「実用的な文章」は昨年から出題されるようになった。その意図、考えはいろいろあろうが、私は、「書いてあることがきちんとわかる」かどうかを評価する問題で十分だと思っている。新井紀子氏が、「教科書が読めないこどもたち」で提起した課題(2016年)に対応する問題であればよいということだ。だから、平均点15点以上(20点満点)、満点続出の問題でよいと思っている(昨年の大問3の平均点、13.2点)。

 それからすると、今年の問題は、さかしらで、手の込みすぎた問題だと感ずる。

 

 

大問4 古文『宇津保物語』蔵開上巻

 名琴と秘技秘曲を相伝する、琴の一族の仲忠(中納言)に子が生まれる。「いぬ」と名付けられる(いぬ宮)。仲忠は、いぬの守護物になるよう、母の「尚侍のおとど」に、龍角という琴を所望する。尚侍のおとども、その父(仲忠の祖父)から名琴、秘技を伝授された名手である。仲忠は、いぬを懐に抱いたまま、その琴(龍角)で鳳翔という曲を奏する。音色は、誇らし気であり、にぎやかであり、しみじみと胸に迫る。風が起こり、空の様子も変わり、鬼神を寄せ集めんばかりである。

 仲忠、「騒々しくなってしまいました。母上(内侍のおとど)が琴をお弾きになり、鬼神を払ってください。」

 尚侍のおとど、「私が弾くのも体裁悪いけど……」

 仲忠、「我が子が生まれ(この子が琴の相伝者になるかもしれませんし)私にとって最上の時ですから、そんなことおっしゃらずに……」

 尚侍のおとどは御帳台から降り、琴を奏す。音色は言葉に尽くせない。仲忠の演奏が、興趣がありつつ人を寄せ付けず、雲や風を呼ぶ感じであるのに対し、尚侍のおとどのは、病人も意気消沈している人もその思いを忘れ、楽しくなり、寿命が延びる思いがする。産後の宮も起きだそうとするほどである。

 

 この場面、小学館『新編日本古典文学全集15 うつほ物語②』蔵開上巻に現代語訳がある。ストラディバリウスを奏でるアーチストのようだが、仲忠がベートーヴェン風なら、尚侍のおとどはモーツァルト風といったところか。なお、その後、いぬ宮への琴の伝授者は尚侍のおとどとなり、いぬ宮も琴の名手となる。現在の、いわゆる「お琴」は十三弦で、正確には「筝」のことを言う。『宇津保物語』の「琴」は「きん」で、七絃のものである。

 問題には問5があり、その場にいた右大臣が、後日、帝にそのことを報告する場面について問うている。

 

 全体によく練られた問題だと思う。古語の語義、文法等、基礎的事項の理解を問い、内容も問い、適度な難しさがある良問である。

 

 

大問5 漢文 長野豊山『松陰快談』

 長野豊山は江戸時代後期の漢学者である。

ある人が私、豊山に尋ねる。「あなたは唐詩と宋詩と、どちらを手本にしてますか?」

 私が答える。「必ずしも唐詩、宋詩にこだわらない。『必ずしもこだわらない』というのが私のモットーで、いいものはいいと思って取り入れる。ダメだと思うものは名人作といえども私は取らない。蘇東坡もそう言っている。作品としての良しあしとは無関係に、グループを作ってセクト主義的に攻撃しあうのは、狭い料簡がそうさせるとはいえ、まったく愚かなことだ。

 新井白石、服部南郭の漢詩を偽物だと罵る人がいた。その人の漢詩を見せてもらった。すると、発想は陳腐だし、難解な、こなれの悪い語ばかり使い、形を取り繕ってはいるがヘタクソだった。そこで私が言った。

 白石、南郭の詩は確かに偽物だ。それに対してあなたのは確かに本物だ。ただ、あなたのは本物のガラクタだ。それに対して白石、南郭のは偽物の宝玉だ。偽物とはいえ宝玉と比べたら、本物のガラクタは全く価値もない。」

 

 難易度としては標準である。「必ずしも~~ず」という部分否定、「亦~~ずや」という詠嘆表現、「狭見の然らしむと雖も」という使役形など、必要な知識、語法を問い、内容も妥当である。

 ちなみに、吉川幸次郎氏は、「唐詩は酒、宋詩は茶」と言っている。唐詩は酒のように人を酔わす。それに対し宋詩は茶のように、日常的で思索的な味わいがあるというのだ。中国でも、日本でも、唐詩と宋詩の比較や好みがしばしば話題になった。

 

 今後、漢文の読解力養成のための教材として、各種講習や問題集で取り上げられると思うのだが、その時、私は、次の教材と合わせて読ませたい。2017年のセンター試験追試漢文である。

 明代の文人で書画を得意とした董其昌にまつわるエピソードである。本人による本物だが、作品としては劣るものと、名人の名をかたる別人の贋作だが作品として優れているものと、どう評価すべきかと考えさせられる。

 

 新安の商人で、董其昌の真筆を欲しがっていた者がいた。しかし、偽物をつかまされるのを心配していた。手を尽くし、手厚い贈物をしてようやく董其昌に招かれる。ゆったりとした大芸術家で、童子に墨を磨らせ、磨り終わったところで大先生が筆を揮い、この商人に与えた。素晴らしい出来で、この商人も、その他見た者も、讃嘆してやまない。

 翌年、この商人は、また、董其昌邸がある上海に仕事で行った。輿に載って役所に入るものがいて、みな、「董其昌だ!」と言っている。去年、自分に書を与えてくれたものとは別人だ。だまされた! 去年、偽物をつかまされた! と大声が出てしまう。それを聞いた董其昌、訳を尋ね、そのことを知ると、笑って言う。君の気持に答えて、一筆書いてあげよう。家に同行し、真筆を与えたのだった。

 今度のは間違いなく本物、真筆だ。だが、見る人は、去年の(偽物の)方が、作品としてよいのではないか、と言う。

 気ままに書かれた本物が、贋作よりも作品として下ということもある。うまいから本物、下手だから偽物、とは限らず、真贋と巧拙とは一致しないものだ。(葉廷琯『鷗陂漁話』)

2025年埼玉県公立高校学力検査国語問題について――中学の国語と高校の国語

 

 

 

 今年(2025年度)、知り合いの中学3年生がおり、その受験指導をした。埼玉県の公立高校志望で、時々、土曜日曜に、北辰テストや学力検査問題(入試問題)の過去問を解き、その解説を行った。私は国語教員だが、数学や理科も含め、全教科を行った。公立高校の入試問題レベルであれば、国語以外でもまだまだ大丈夫だ。問題が解ければいいというわけではなく、時として、長い解説を行う。

 

 2025年2月の学力検査(高校入試)社会の問題で、「フェア・トレード」と答える問題があった。「フェア・トレード」については、その前の年の北辰テスト(埼玉県で行われている、中学生対象の業者テスト)の英語問題の題材にもなっている。

 フェア・トレード、とは何か? 私はバナナの話を始める。

 

 あなたはバナナは好きかな? 私は好きだ。安いしおいしいし栄養価も高い。高価な高級バナナもあるが、今、バナナは安く、特売も多い。

 私が子どものころ(1960年代、昭和40年前後)、バナナは高かった。病気の時しか食べられなかったし、私の父が、ある人へお礼の贈答品としてバナナを持って訪ねて行った光景を覚えている。今なら箱入りのメロンとか、粒ぞろいで宝石のような佐藤錦(サクランボ)であろうか。当時のバナナは台湾産で、輸入制限があり、高価であった。

 「戦後」も終わり、輸入制限もなくなり、フィリピン産が増え、バナナは安価な大衆果物になっていったのだが、どのようなことが起こったのだろうか。

 フィリピンではもともとイモなどを栽培していたが、ヨーロッパ人が入ると、商品作物の栽培が行われるようになる。20世紀になるとアメリカの大資本が入る。現地の農民の土地の権利を買い、広大なバナナ農園を作る。産物はすべてアメリカが買い、海外へ輸出して売るというのだから、農民にとっても悪い話ではない。ウイン・ウインの関係がしばらく続く。だがその後、アメリカ資本はバナナを買い叩く。現地の農民の方は、この構造に組み込まれ、今や逃げ道はない。いわゆる、モノカルチャー(単一栽培)で、売るものはバナナしかない。アメリカに安く売るしかないのだ。かくして、安価なバナナが世界に出回るようになる。現地農民の犠牲の上に。それを当時、1980年代、「日本では人がバナナを食べ、フィリピンではバナナが人を食う」と言った(鶴見良之『バナナと日本人』岩波新書1982年、等)。

 消費者は、高品質なものを安く買いたい。だが、生産者の犠牲、搾取の上に成り立つ仕組みは、持続しない。そこで、搾取するのではない、正当な対価を払った関係が必要になる。公正な、フェアな取引、トレードが必要で、これが、「フェア・トレード」だ。

 

 といった感じなのだが、最近、各設問ごとの正答率が公表されていることを知った(「フェア・トレード」の正答率は57.1%、社会の平均点は65.6点。正答率、平均点は埼玉県教育委員会発表)。そこで改めて考えたのだが、考えたことは多岐にわたり、国語の問題に関して、三点だけ述べる。いまさらという感じで、入試対策、ヒントという実戦性はないが、それでも無駄な内容ではないと思う。

 

 

 毎年大問2では、漢字、文法、話し合いでの問題が出題される。文法問題は、「これから話し合いを始めます。」の「始め」と活用形が異なるものを選べ、という問題で、正答率は、41.1%であった。ここでの「始め」は「ます」に接続する連用形である。選択肢は、ア「てくれる」、イ「思います」、ウ「宣伝するのは」、エ「きっかけになり、来場者も」であり、答は「ウ」で、これだけ連体形である。文法問題は毎年出題されているが、正答率は低い。2024年、「~~漫画を読まない。」(助動詞の「ない」)で、形容詞の「ない」との識別、47.8%。2023年、述部に対する主語(一文節)を答える問題、37.4%等。

 この年の問題に戻ると、エ「なり、」を選ぶ誤答が多かったという(県教委の分析発表)。たしかに、ア、イ、ウはそれぞれ語が下接し文中で使われている。それに対して、エはここで切れ、「、」が打たれ、そして文が続いている。「形」が違うのだ。だが、エは、連用中止法で、連用形だ。このあたり、中学生にはわかりにくいだろう。それに、私は、高校の文語文法書でも、連用形の説明に不満がある。

 「連用形」は「用言に連なる形」という意味だ。それが用法の中心であり、具体的には、「ます」「て」(文語だと「けり」「たり」「て」)に続く形という。「~続く形」と言いながら、「なり、~」で、切れることもあるのだが、それを連用中止法という。この指摘はどの文法書にもある。

 だが、形容詞だが、次の連用中止法はどうだろうか。

 

 家居は夏暑く、冬寒からやう造るべしとぞ。(徒然草)

 

 これは、夏は暑いように、そして冬は寒くないように~ では、ない。夏暑くなく、冬寒くないように、であり、「暑からぬ」「寒からぬ」(「ぬ」は打消しの助動詞「ず」の連体形)を一文につなげると、このように、最初の用言は連用形になるのである。これを、古い文法書では「連用対偶法」「対偶否定法」と述べ、私が新米の教員だったころは(40年くらい前)多くの文法書が載せていた。今、私が知る限り、この指摘を載せているのは一社だけである。

 連用形について、もう一つ。

 以前、模擬試験の本文について、生徒から質問されたことがある。本文は覚えていないのだが、次のような趣旨の質問である。

 

 「~~参りなり。」という本文がある。この「なり」は助動詞だと思うのだが、だとすると、連体形、または終止形接続で、「参るなり」でなければならないはずだ。「参り」は連用形で、これで正しいのか?

 

 なるほど、そう思うのも無理はないが、連用形は、名詞にもなるのだ。「いい走りだ!」「いい泳ぎだ!」の「走り」「泳ぎ」は「走る」「泳ぐ」の連用形だが、ここでは名詞になっている。「21世紀の学び」というときの「学び」も「学ぶ」の連用形で、名詞になっている。「参り」に関しても、例えば「お参り」「お百度参り」(なんて、今、わかるかな?)の「参り」は「参る」の連用形だが名詞になっている。だから、「~~参りなり」という言い方は間違いではなく、下接している「なり」は断定の助動詞ということになる。

 

 これで生徒は納得する。動詞、形容詞の連用形が名詞化することにつき、各文法書は名詞の項に「転成名詞」として、申し訳のように小さく補足している。これでは生徒はわからない。

 今、連用形が名詞になったといった。だが実は、日本語の歴史、本質から言うと、「連用名詞形などといわれているけれども、むしろ名詞であることが連用形の根本」「連用形は語根に名詞語尾iがついた名詞形がもとで、そこから用法が広がった」のである(大野晋『日本語の文法を考える』岩波新書1978年)。

 各文法書を見ると、例えば以上のような、日本語の本質、間違いやすい点を踏まえ、洞察したうえで書かれているものは少ない。

 

 

 大問1は例年小説問題で、この年は、河邉徹『ヒカリノオト』からであった。高校三年の高村夕の学校でクラス対抗合唱コンクールが行われる。シンガーソングライター染谷達也作詞作曲の「夢のうた」を編曲して歌うのだが、ピアノ担当の夕は怪我をしてしまい、クラスのまとまりが危機に瀕する。そのようなある日、音楽の祐一先生は、自分の「夢のうた」への思いを夕に語り、再びクラスは合唱コンクール優勝へ向けて一つになるのだった。

 大問1全体の正答率は、50.5%で、標準からやや難であった。国語の平均点は、毎年、60点前後、この年の平均点は63.4点であった。問2、問4の記述問題はそれぞれ27.4%、32.2%だが、一部正答率を加えれば81.7%、76.6%なので、何か書いて部分点をもらっているようだ。むしろ私が注目したいのは、選択肢問題の問3だ。正答率69.5%なのだが、同じく選択肢問題の問1は88.6%であるのと比べると、低率だ。

 高校生の時の祐一先生は、染谷達也のファンだった。しかし日常にかまけてコンサートに行くなどのことはしなかった。染谷が活動をやめると聞き、祐一先生はショックを受ける。しかし、最後のライブに行かなかった。今まで何もしなかったのにファン(づら)するのが、卑怯に感じ、自分で許せなかったからだ。その罪滅ぼしのため、今、合唱コンクールの「夢のうた」編曲を手伝っているというのだ。その話を聞き、夕は「すごく誠実な、好きだ」と思う。その心情説明を答えるのが問3なのだが、イ「~~染谷達也の音楽を好きだという気持ちを生徒に伝えようという意思を感じたから」、ウ「~~生徒のために、合唱コンクールの成功に向けて『夢のうた』の指導をしてくれていると気づいたから」(下線、筆者)を誤選択したのではないかと思う。言うまでもなく、祐一先生は、いわば自分のために編曲を手伝っているのであって、ア「卑怯だと感じて~~、償いのつもり」で抑えなければいけない。世のため人のため、生徒のためではない。この理屈につき、私は次のように話す。

 

 私は周囲から「いい先生」と見られていると思うのだが、世のため人のため、生徒のために教員をやっているのではない。私は子どものころ、友だちはおらず、学校は少しも楽しくなかった。華々しいことの全くない、情けない中学生、高校生だった。家を離れて大学へ行ったのだが、それは、子ども時代の自分を振り捨てるためでもあった。ある程度自立する力をつけた大学院生の時、今後どうするか、ハタと考えた。結論は、思春期の落とし物、忘れ物を拾いに帰り、高校時代の自分と対話し続けるために高校の教員となるということだった。

 かくして今の私がいる。それだけに私は祐一先生の気持ちがよくわかるのだが、あなたはどうかな?

 

 このあたり、中学までの国語と高校の国語との境目になる。世のため人のため、生徒のため、といった道徳頭というか、お勉強頭と決別できるかどうかだ。高校の国語は、そのような、「学校の先生が言いそうなこと」を解体し脱構築する役割がある。

 ここで私は、誤答分析の必要性を感ずる。学力検査の誤答分析は、塾などで盛んにやっているようだが、入学後の指導のため、高校側でも行うのだ。その過程で、思考の解体の必要性や、前記の文法の本質についての認識も深まると思う。

 埼玉県には埼玉県高等学校国語科教育研究会という組織があり、年一回『研究集録』という機関誌を発行している。毎年、当番校を決め、学力検査問題(公立高校入試)と共通テスト問題(大学入試)の誤答分析を行うのがよいと思う。それまで、私が(世のため人のため、生徒のためではなく)、個人的に、「趣味で」行うつもりだ。

 

※「世のため人のため、生徒のためではなく、~」の「なく」は、「世のため人のためではなく」「生徒のためではなく」の両方である。対偶否定法の一つである。

 

 

 もう一つ、中学国語と高校国語との違いとして、大問3の問4を取り上げる。

 大問3は論説文で、出典は、奥野克巳『ひっくり返す人類学』(ちくまプリマ―新書)である。

 筆者、奥野氏は文化人類学者で、ボルネオのプナン人社会の調査報告で知られている。

 プナン社会は様々なものを分かち合い、貧富の格差のない平等社会である。ここでのリーダーは「ビッグマン」と呼ばれ、分かち合いを最も積極的に行う人物である。ビッグマンという地位が最初にあり、誰かが就任するのではない。この社会ではケチであることは否定され、分け与えるのは当然とされ(問2 記述 正答率50.5%、一部正答39.8%)、それを率先して行うものがビッグマンと評価されるのである(問1 72.1%)。彼は分け与える者であると同時に、彼のもとには様々なものが集まる。動物の情報や人間関係の情報も集まり、そのため彼の、狩りへのアドバイスやいさかいの調停は、言葉に重みがある。彼のもとには物や情報が集まり、それを惜しげもなく分け与え、信頼を得る(問3 81.7%)。

 そのようなビッグマンも、物欲、独占欲が皆無でないかも知れない。すると彼は「持つ者」となり、格差が生まれ、権力が生まれ、尊大さが生ずる原因となる(問4 43.9%)。プナンの人々はそのような、ビッグマンの不当な振る舞いを見逃さない。人々はそのようなビッグマンに見切りをつけ、彼のもとから去り、気前のいい別の者のもとに集まり、彼を新たなビッグマンとする。前のビッグマンのもとには物も情報も集まらなくなり、信頼も失われる。プナン社会のビッグマンは世襲でもなく、権力を持った地位でもない。ビッグマンはプナンの人々から、その実践ぶりを監視され、権力が集中することがないよう作られた、なんとも「はかない、最小限の権力」(問5 記述 正答率31.5% 一部正答30.7%)なのである。

 

 問4なのだが、選択肢問題だが正答率43.9%と低正答率である。

 問4は、無私ですべてを分配するビッグマンも蓄財や貯金を行いだすことがあり、それを「穏やかではない」振る舞いといっているが、「穏やかではない」と表現するのはなぜか、という問である。

 推測になるが、イ「ビッグマンが蓄財や貯金を行うことによって『持つ者』になると、『持たざる者』との間の違いを意識し、人々に対して尊大に振る舞い、傲慢な態度をとるようになるから。」を誤選択した者が多いのではないだろうか。

 無私ですべてを分配していたビッグマンが「持てる者」になれば、尊大になり傲慢になるだろうから、それは「穏やかではない」ことだ。実際、尊大になり傲慢になるかもしれない、という文言はある。だが、「答」はその先、その奥だ。本文傍線部の少し前に、「~~格差が生まれることになり、平等主義の原理が崩れてしまう可能性が生まれます。」とあるのに着目し、エ「ビッグマンが独占欲を発揮し、お金を貯めたり蓄財したりすることが起こると、集団の中で格差が生じ、プナン社会の平等主義の原理が崩れてしまう可能性が生まれるから。」(下線、筆者)が正解となる。

 

 中学の国語のテストは、不適切な言い方だと百も承知だが、(ドリルなど特にそうだが)表面的に読み、言葉をなぞれば答が出ることが多い。記述問題も、語が指定され、本文中の、その語の前後をまとめればよいのがほとんどだ。今回の問4も、直前に、尊大、傲慢、といった語があり、表面的に読めばここに飛びつく。だが、蓄財を始めるビッグマンは、ブナン社会の根本原理を崩壊させる存在なのだ。そこに目がいかなければならない。いわば、目に見える世界をなでて答えを出すのが中学国語テストであるのに対し、目に見えない根本、本質を洞察するのが高校国語なのだ。

 そして、それを、高校の入り口である入試問題(学力検査問題)で出題する、意義深い「問」だと思う。

 

 なお、プナン社会とビッグマンのことは、2019年名古屋大学の入試問題で出題されている。

(参照 拙稿「2025年埼玉県公立高校学力検査(高校入試)国語について」雨牀庵国語録 2025年3月31日)