ーーー こちらは2025年の記録です ーーー
6月下旬のこと。
秋田の実母とLINEでやり取りする中で、
『おとうさんの身体をフルコースで
検査する事になった』と連絡がありました
父は今年78歳。
孫の成長が何よりの楽しみで、
来年小学校に入学予定の長男に
ランドセルを買うことを
張り合いにしています
一方、東京の我が家はというと…。
長男の夏休み前という事もあり、
幼稚園のイベントや受験勉強、
保育園に通う次男の日々のあれこれ、
そして私自身の仕事と、
毎日が慌ただしく過ぎていました。
毎年、積極的に検査を受ける父に対して
母と「お父さんは病院が好きね〜
」なんて
軽口を叩きながら、
今回も特別心配することはないだろうと
安心をしていたのです。
ところが、7月に入り
検査結果を受けた日の帰りに
母から一件の連絡がありました
「手術不適合のため、
膵臓の点滴を受けることになりました」
いきなり「手術」、
しかも「不適合」…
嫌な予感がよぎり、すぐに電話をすると、
父は膵臓がんのステージ4。
肺にも転移があるとのことでした。
(後で落ち着いたタイミングで話がありましたが、
余命3ヶ月〜半年という診断でした)
今年の帰省は長男の受験が終わってから
冬にゆっくりと計画していましたが、
そんな悠長な事は言っていられません
本来なら家族全員で
飛んで帰りたいところでしたが、
夫の仕事や長男の塾の予定を踏まえ、
次男と私の2人で7月の3連休に
帰省する事にしました
夏の秋田は数年ぶりです。
空港まで迎えに来てくれた母は、
少し小さく感じました。
空港で一緒に昼食を取り、
車で約1時間かけて父の待つ実家へ向かいます
出迎えてくれた父は
変わらずいつもの温かい笑顔で。
その笑顔が変わらないからこそ、
本当にあの結果なのかと
信じられない気持ちになりました
父が趣味で育てている野菜を一緒に採ったり、
懐かしい秋田の景色をお散歩したり。
特別な事は何も予定せず、
ただただいつもの日常を一緒に過ごしました。
翌日には長弟も次弟家族も集合し、
実家はあっという間に賑やかになりました。
父は今も生きています。
でも、最悪な事態を想定してしまう私は、
忙しくしていないと、
すぐに走馬灯のように
父との思い出が頭を駆け巡ります。
特別、『お父さん子』という訳では
なかったと思っていましたが、
振り返ると、
私はいつも父に支えられていた事に
気づかされます。
姉兄弟の中でただ一人の娘という事もあり、
日々の生活の中で
穏やかに父が見守ってくれていました。
時に母が呆れるほど娘びいきで。
今、こうして書き留めたいと感じるのは、
やはり父を失う事が怖く、
それに向き合わなければならない今を、
忘れたくないからなのだと思います。
ここまでを
7月に帰省した直後に書き留めていましたが、
投稿できぬまま年末を迎え、
今に至ります。
2025年の夏は、
今振り返っても大切な時間でした。
我が家は皆元気。
実父も治療を続けながら、
地元秋田で日々を過ごしています。



