最幸の人生を自分にもまわりにも贈ろう! -16ページ目

最幸の人生を自分にもまわりにも贈ろう!

やりがいのある仕事で、生涯働き続けて、みんなが豊かになる社会を創る!
子どもがわくわくと大人になることを楽しむ社会にする!

「よい学校、よい会社に入ったら、
一生安泰に暮らせる」

そう育てられ、東大を出て、
IBMに入りました。

「女性でも定年まで働いている人がいる」
というのが決め手になり、
会社を選んだのです。

そして、24年。
気がつくと 、男性も女性も、
50歳を過ぎて会社に残っている人は、
ほとんどいませんでした。

私自身は、育児を両立させながら、
システムエンジニアとして、
次々とやりたい仕事に挑戦してきました。

そして、マネージャーに抜擢されました。

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文字通り、土日を問わず、
昼も夜も働き続け、
自分の力を120%出し切ったと
思った年、業績評価は、
まわりと比べて
最低の評価をもらったのです。

子どもを育てながらでは、だめなのか。
これ以上やらないと、出世できないのか。

上を目指すことを自らあきらめた
瞬間でした。

しかたなく、スタッフ職や営業職を
転々としながら、ついに見つけたのが、
人事職でした。

人事は、会社の方針がよくわかり、
一方で、社員の方々をサポートする、
やりがいのある仕事でした。

この道で専門家になろうと決めました。
まずは3年、ものにしようと
がんばりました。

ストレスで、1ヶ月病気療養が必要なほど、
苦しんだこともあります。


Sick Kitteh / Oxymoronical



しかし、その人事職ですら、日本からは、
どんどん人が減らされる職種
だったのです。

人事以外の職を打診されたことも、
何度もありました。

「営業の面談に行ってみてくれ」
「このスタッフ職もやってみないか」
実際、他部門の面談もしました。

そして、人事業務は、次々と
フィリピンや中国に移管されて
いきました。

この仕事がなくなったら、
もうやりたい仕事は、この会社にはない。

そう思っていました。

しかし、グローバル化の中での仕事は、
賃金が安い国に移っていく、あるいは
システムで置き換えられていく方向は、
もはや抗うことのできない現実だとも
気づいていました。

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さらには、人事として
担当しているうちに、優秀な社員ほど、
何かのはずみでポストから外れると、
行き場がなくなることにも
気づいていました。

昇進して、昇給して、給与が高くなると、
高い給与のポストは少ないがゆえに、
行き先を探すのにとても苦労するのです。

一体どうしたことでしょう。

私は、高校生と小学生の
自分たちの子どもに、
「よい学校、よい会社に入ったら、
一生安泰に暮らせるよ」と、
言えないことに気づきました。

これから社会に出て行く子どもたちに、
わくわくするような将来を
見せられないなんて、
「親としてどうなんだろう?」
と、がっくりしました。

一方、24年間の間に、社会の状況は、
大きく変わっていました。

ちょっと前までは、大企業のような
大きな資本がなければできなかった、
情報の発信が、今や個人でも
手軽にできる時代になっていました。

それこそ、スマホがあれば十分です。

チラシを配る必要すらないのです。
動画まで配信できます。

さらには、人々との交流も、
自分の住んでいる地域に関わらず、
できるようになりました。

それもスマホがあれば、十分です。

株式会社の設立ですら、
1000万円の資本金は必要ありません。

20人の出資者を集める必要も
ありません。

大企業でしか、できなかったことが、
個人でもできるようになっていたのです。

これからは、個人の時代!

個人だからこそ、お客様の細かいニーズに
素早く対応できる!!

これなら、子どもたちにも、
わくわくした将来を見せられる!

そして、会社で求められる役割に
しばられることなく、
個人の強みをすべて活かして、
やりがいのある仕事に挑戦できる!

定年にしばられることもない!!

そう思いました。


私は、新しいキャリアを求めて、
セミナーにも、通信教育にも
たくさん通いましたが、
それを仕事にする方法は
わかりませんでした。

お客様をどうやって見つけていくのかが、
わからなかったからです。


Rough sea on the coast of Brittany / www.FranceHouseHunt.com


そして、大事なのはビジネスモデルです

自分が動いていない間にも、
お金が入ってくるビジネスモデルを
つくれば、自分のやりがいのあることに
次々挑戦できるようになると
思ったのです。

私は、そのやり方を教えてくれる師匠を
見つけ、同じことを教えられるように
実践してきました。

始めてみると、
とてもやりがいのある仕事です。

会社の仕事と両立しながらやりました。

そして、睡眠時間3時間という生活が
毎日続き、とうとう体力の限界を
感じました。

ついにどちらかを選ぶことにしました。

自分が60歳になったとき、
どうなっていたいか。

「今、独立すること」を選んだのです。

ところが、そこからも一筋縄では、
行かない日々が続きました。

そして、自分自身が師匠から
教わったやり方を伝承しようと準備して、
あと1歩というところで、
気がついたのです。

そのやり方では、会社を辞めずに、
成功させることがとても難しいことに。

私は、「サラリーマンだからこそできる」
プログラムをつくることを決めました。

それが「卒サラ・サクセスアカデミー」です。

そして、起業塾を離れ、
株式会社ディープインパクトを設立しました。

私は、それまで途中でくじけてしまう
起業家を何人も見てきました。
どうして、やめてしまったのか、
ひとりひとり聞いてみました。

すると、うまくいくと思って始めたものの、
やってみたら、
本当に自分のやりたいこととは
ちがっていたので
続ける気がなくなったという理由が
多かったのです。

自分のやりたいことだったら、
困難があっても、乗り越えられるし、
継続していけるものなのです。

ですから、私は、ビジネスの原動力は、
情熱をもつことのできる、
自分のやりたいことでなければならない
と学びました。



Compass Study / Calsidyrose



私は、3ヶ月にわたって、
「強み発掘ワークショップ」を
開催してきました。

その中のワークの一つに、
「自分のやりたいことを8こ書きだす」
というワークがありました。

自分のやりたいことだから、
誰もがどんどん書き出していくだろうと
思っていました。
ところが、途中で、ペンが
止まってしまう人を
何人もみてきたのです。

それは、長年まじめに働いてきた
サラリーマンの人に多かったのです。

サラリーマンというのは、
会社の方針を自分の言葉で語る訓練は
受けてきても、自分の感情を知り、
それを伝える訓練はしてきていません。

それどころか、職場で、怒ったり、
泣いたりという感情を出すことは
やってはいけないことなのです。

会社の方針をいかにうまく実行するかを
考え続けてきた結果、
自分のやりたいことにこだわることを
忘れてしまったのです。

ですから、自分のやりたいことが
見つけられなくなるということが
起こったのです。

これでは、何のために生きているのか、
わかりませんよね。
そこで、独立するからには、
自分のやりたいことにこだわることを
徹底的に追求してもらおうと思いました。

でないと、会社員から独立する意味がありません。

1年かけてこつこつと、
自分のやりたいことを
ビジネスとして形にする

自分の力をつけながら、
協力しあう仲間と人脈をつくる

そんな志をともにする人と一緒に
ビジネスを大きくしていきたいと
「卒サラ・サクセスアカデミー」を
主宰しています。

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卒サラ・サラリーマンから卒業しよう!

自分の強みでお客様の問題を解決できる
起業家をプロデュース!

本当に自分がやりがいのある仕事で、
生涯働き続けて、
みんなが豊かになる社会を創る!

子どもがわくわくと大人になることを
楽しむことができる社会にする!


卒サラ案内人 
株式会社ディープインパクト代表取締役 
朝日 一惠 Ichie Asahi
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