最寄駅から自宅に帰る道中、いつも良い匂いを漂わせる定食屋がある。

駅から少し離れている事と、店が古めかしい事が理由なのか、いつもお客さんは居ない。

実は私も店の中には入ったことがない。


今日は定食屋の話ではない。

定食屋の手前にある細い路地裏についてだ。


たまにその路地裏を通って帰る日があるのだが、街灯もなく真っ暗で人通りも少ない。

私はそんな怪しげな空気感が好きで、体力に余裕がある日は、遠回りになるがつい足を運んでしまう。


今日も吸い込まれるように路地裏へ進んだ。

しかしいつもと違う空気感。

そこには前まで建っていなかった筈の古本屋があったのだ。

店先のガラスの引き戸の両隣にも本棚が置いてあり、薄暗い店内もぎっしりと本棚が詰まっている。

店主の姿は見えないが、開店はしているようだ。


恐る恐る店内を覗き込む。

古い本の匂いが充満しており、なんとなく懐かしい気持ちになる。


「いらっしゃい」


しゃがれた老婆の声がした。

声は店内からは聞こえない。

真後ろから聞こえる。

振り返るとそこにはあの定食屋が。

そしてまた、頭を正面に戻すと……。

あの古本屋はなかった。


一体あの古本屋はなんだったのだろうか。

そして、あの声の主は誰だったのだろうか。


狐につままれたような気分なりながら、考えても答えが出るわけもなく、自分は疲れているんだと決めつけて、自宅へと歩き出した。