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思い出を想う



18日(火)、東京から帰る日の朝、4:50に起きて、



新宿から大学時代に住んでいた、



世田谷区桜上水まで走りました。




Yusuke Kaneko



新しくなった合宿所を初めて観ました!






Yusuke Kaneko



近所の居酒屋も健在でした。







Yusuke Kaneko



このアングルの方が、分かる人には

分かり易いでしょう。





その後、東京で働いていたビルに行くと、




Yusuke Kaneko

『マセラティ』に変わっていました。

懐かしい思い出は姿を変えていました。

思い出も大切ですが、特に東京がどんどん新しくなるように、

私自身も新しくなっていきたいです。

今週末は久しぶりにのんびりできそうです。

たっぷりエネルギーをチャージして、

来週末の100㌔マラソンに向かいたいです。




東京オペラシティ!

分刻みの最近だったので、
更新が遅くなりました。



$Yusuke Kaneko


先ほど、東京本社に寄り、


$Yusuke Kaneko



近くの東京オペラシティに着き、



$Yusuke Kaneko



奥行きが広い会議室で、

当社の事業所責任者を中心に、

55分話します!



37回目の講演になりますが、

社内からの依頼は初めてです。


意外と出来ちゃう

今日は午後から用事がありましたが、

どうしてもランニングと自転車のトレーニングを

したかったので、、、


$Yusuke Kaneko


2時50分に起きて、

30㎞走り、

帰宅し、朝食を食べ、

$Yusuke Kaneko


自転車で再び出かけました。


意外とやったら出来ちゃうものです。

出来なくしているのは自分の偏った常識かなと思いました。

何事もやってみないと分かりませんね。


さすがにもう眠いので、そろそろ寝ます。

おやすみなさい。

最後のメール

しばらく、ご無沙汰しておりました。




最近、色々な整理をしていました。



ひとみから携帯に届いたメールが消えないように、

保護していますが、そのメールをまとめて整理していました。



お互いが好きなので、



「愛してるよ」、「私もだよ」という感じの内容が多いのですが、


体調や薬の影響がメールに現れていました。



「熱が39度もあるよ」とか、




「痛いよ~」とか、、、




薬の影響で意識が無くなって、



これが最後のメールかと思っていました。




「おはよう 祐介、元気?


わたし、すっかりメールがうてなくなってしまったよ。

どうしてだろう」



最後のメールかと思っていました。




しかし、もう一つメールがありました。


最後のメールです。



Yusuke Kaneko


多分、私が病院に「急いで行くよ!」というメールの返信でしょう。



一昨日見つけたメールでした。


今の私へのひとみからのメッセージに感じました。




「祐介、いつになったら本気に生きるの?」




限られた時間、限られた人生なんだよ!





「まちきれないよ!」



この言葉を心に刻み、未来を描いて、今を生きます。


50km!

Yusuke Kaneko


6月30日100㎞マラソンの準備として、

50㎞走りました。


$Yusuke Kaneko


半分だけなのに、少し疲れまた。

でも、半分は走れたので、
イメージは出来ました。


先日、マッサージに行くと、ホントに偶然、

高校時代のスキー部の先生と
奥様が居ました。

高校時代は155㎝だったので、
先生を見上げていたのになぁ、、、


時間が経ちました。

14年前、先生のご自宅にお邪魔した時に、
3歳だった次女の娘さんは、
今は高校3年生になったようです。

3歳だったのにその時のことを
覚えてくれているようです。

私が覚えている3歳の唯一の記憶は、
父とアルペンスキーをした時です。



先ほど、社長とスキー部の選手、コーチと、
札幌の街で食事をしてきました。

ソムリエの方が、ワインと食事の説明をしてくれました。

今年入った19歳の選手と私は、
ソフトドリンクを飲んでいました。



選手時代や、過去の出来事を想うと、、、


その時の「はたらき」も、今の「はたらき」も、
もう二度と出来ない一度きりのこと。

今日の出会いも、もう二度とない、出会い。


ですから、一瞬、一瞬を大切に向かいます!