型式の概要
まず型式というものが何のためにあるのか、
型式認証制度についての説明を御覧いただきたい。
型式認証制度とは、
審査により型式指定を受けた車両と同じ型式の車両は
すべて均一で同様の基準を満たしているとして
一台一台の審査を省略できる、というシステムで
Z2とはこの認証を済ませた認定型式であり、
販売前の全数審査を免除されているものである。
そのため同じ型式を持つ車両であれば、
グレードの差異、マイナーチェンジや通称の違いという
軽微な変更があったとしてもすべて本質的に同じ車両であるといえる。
この同じ車両であるかについては
国土交通省(旧運輸省)に厳密な審査基準があり、
さらにメーカーには同一型式内では均一性を保持する義務がある。
そのため車体ディメンションの変更という
軽微でない改良を受けたD1では、
Z2と同一の車両ではない、として
新たにKZ750Dの型式指定を受けることとなった。
このように型式とは、
車両を区別するうえで絶対的なものであって
誰かが異論を唱えたら覆り得る、というような性質のものではない。
型式認証制度についての説明を御覧いただきたい。
型式認証制度とは、
審査により型式指定を受けた車両と同じ型式の車両は
すべて均一で同様の基準を満たしているとして
一台一台の審査を省略できる、というシステムで
Z2とはこの認証を済ませた認定型式であり、
販売前の全数審査を免除されているものである。
そのため同じ型式を持つ車両であれば、
グレードの差異、マイナーチェンジや通称の違いという
軽微な変更があったとしてもすべて本質的に同じ車両であるといえる。
この同じ車両であるかについては
国土交通省(旧運輸省)に厳密な審査基準があり、
さらにメーカーには同一型式内では均一性を保持する義務がある。
そのため車体ディメンションの変更という
軽微でない改良を受けたD1では、
Z2と同一の車両ではない、として
新たにKZ750Dの型式指定を受けることとなった。
このように型式とは、
車両を区別するうえで絶対的なものであって
誰かが異論を唱えたら覆り得る、というような性質のものではない。
Z2に対する認識の個人差は何に由来するのか
では何故Z2だけが
どこまでを含むかの認識が人によって違う、であったり
どこまでに適用するか議論がある、などとされるのだろうか。
それは
認証を受けた型式であるZ2(ゼットツー)と
愛称であるゼッツーが混同されたために起きた
大規模な誤解の結果である。
この型式に対する認識の問題を明らかにするため
今回はZ2と他車との比較を行い、詳しく解説していきたい。
まずZ2(ゼットツー)とはA5まで5種ある車両の認定型式で
他車で言うならばNC07・CB250T・GJ51B・SC57等と同じものである。
「SC57後期はSC57ではない」という主張は誰もがおかしいとわかるはずだが
Z2に関しては90年代以降、「Z2後期はZ2ではない」という主張がまかり通ってきた。
対してゼッツーとはD1までを対象に
ユーザーが自発的に付けた愛称、ニックネームで
これはシビコ・バブ・ザリ・ゴキ・センダボ等と同じものである。
その愛称で呼ぶ、呼ばないというものは当然自由であるべきで
私はCBX400Fをシビコとは呼ばないが、
それはそのように呼ぶ者を否定する、否定できるということではない。
しかしゼッツーに関しては
80年代までD1を含めたすべてが
ゼッツーという愛称で呼ばれていたのは事実であるにも関わらず、
D1がZ2という型式ではないことから
90年代に入るとZ750FOUR全体をゼッツーと呼ばない、
ゼッツーではないと曲解、否定するものが現れ
00年代にはこの主張のほうが広く知られることとなってしまった。
80年代までは愛称のゼッツーはZⅡと表記され
型式そのものであるZ2とは区別されていたが、
90年代以降はZⅡの表記自体が徐々に廃れていき
雑誌等で愛称の文脈でもZ2と書かれていることが多くなっていった。
そのため本来違う意味であるZ2とゼッツーが混同され、
愛称であるゼッツーと呼ぶ・呼ばないという対立軸が
型式であるZ2である・ではないという対立軸に置き換り、
D1はゼッツーと呼ばない、転じてZ750FOURは(すべて)Z2ではないという
誤った主張のほうが認知されてゆくこととなる。
これはD1はZ2という型式ではないという
正しい認識が部分的に含まれているため、
説得力をもって受け入れられてしまったのだろう。
このようにして本来絶対的であるはずの型式はZ2に限ってのみ、
人によって意見が違う、議論がある、などと言われるようになった上、
更に平成期においては誤った意見のほうが支配的だったのである。
どこまでを含むかの認識が人によって違う、であったり
どこまでに適用するか議論がある、などとされるのだろうか。
それは
認証を受けた型式であるZ2(ゼットツー)と
愛称であるゼッツーが混同されたために起きた
大規模な誤解の結果である。
この型式に対する認識の問題を明らかにするため
今回はZ2と他車との比較を行い、詳しく解説していきたい。
まずZ2(ゼットツー)とはA5まで5種ある車両の認定型式で
他車で言うならばNC07・CB250T・GJ51B・SC57等と同じものである。
「SC57後期はSC57ではない」という主張は誰もがおかしいとわかるはずだが
Z2に関しては90年代以降、「Z2後期はZ2ではない」という主張がまかり通ってきた。
対してゼッツーとはD1までを対象に
ユーザーが自発的に付けた愛称、ニックネームで
これはシビコ・バブ・ザリ・ゴキ・センダボ等と同じものである。
その愛称で呼ぶ、呼ばないというものは当然自由であるべきで
私はCBX400Fをシビコとは呼ばないが、
それはそのように呼ぶ者を否定する、否定できるということではない。
しかしゼッツーに関しては
80年代までD1を含めたすべてが
ゼッツーという愛称で呼ばれていたのは事実であるにも関わらず、
D1がZ2という型式ではないことから
90年代に入るとZ750FOUR全体をゼッツーと呼ばない、
ゼッツーではないと曲解、否定するものが現れ
00年代にはこの主張のほうが広く知られることとなってしまった。
80年代までは愛称のゼッツーはZⅡと表記され
型式そのものであるZ2とは区別されていたが、
90年代以降はZⅡの表記自体が徐々に廃れていき
雑誌等で愛称の文脈でもZ2と書かれていることが多くなっていった。
そのため本来違う意味であるZ2とゼッツーが混同され、
愛称であるゼッツーと呼ぶ・呼ばないという対立軸が
型式であるZ2である・ではないという対立軸に置き換り、
D1はゼッツーと呼ばない、転じてZ750FOURは(すべて)Z2ではないという
誤った主張のほうが認知されてゆくこととなる。
これはD1はZ2という型式ではないという
正しい認識が部分的に含まれているため、
説得力をもって受け入れられてしまったのだろう。
このようにして本来絶対的であるはずの型式はZ2に限ってのみ、
人によって意見が違う、議論がある、などと言われるようになった上、
更に平成期においては誤った意見のほうが支配的だったのである。
AE86との比較でわかるZ2の特異性
上記の比較に用いた車両の愛称は型式に由来するものではないため
ここで二輪と四輪の違いはあるものの、よりこの問題が解りやすくなる
[型式]AE86 [愛称]ハチロク
[車名]スプリンタートレノ/カローラレビンを比較対象に挙げる。
Z2とAE86は共通点が多く
型式から愛称が生まれたこと、
同じ型式に2種類の車名があること、
漫画で一般知名度が上がったこと、
漫画の流行時には既に絶版車であったことなど
非常に似通った経緯を辿っている。
ハチロクという愛称が、
車に深い興味を持たない一般層にまで広く浸透したのは
しげの秀一氏の漫画「頭文字D」で主人公の乗機として
白黒ツートンのAE86スプリンタートレノが描かれたからである。
仮に
「漫画で有名になったハチロクはトレノだから
レビンはAE86ではない」
と主張するものが現れたとしたら、
おそらく耳を貸すものは誰もいないだろう。
そのくらい荒唐無稽な主張である。
ではZ2はどうだろうか。
「漫画で有名になったゼッツーは750RSだから
Z750FOURはZ2ではない」
同じく荒唐無稽な主張であるにも関わらず
聞いたことのある、今でも目にすることのある話になってしまう。
この漫画で有名になった、という部分は
「センパイがこう言ってた、」でも
「専門店の店員に聞いた、」でも
「雑誌にこう書いてあった、」でもかまわない。
ハチロクはスプリンターに相応しくカローラには相応しくない、
だからレビンはAE86ではない。
などと語るセンパイや友人がいたら
軽薄な人物だと感じないだろうか。
リトラクタブルライトに改造されたレビンが
「AE86仕様」として売られている旧車専門店があったら
信頼には値しないと感じないだろうか。
正確にはトレノのみにAE86の称号が与えられているのである。
と書かれた書籍が出版されたら
資料とする価値はないと感じないだろうか。
これらはどれもZ2では現実に行われてきたことであり、
様々な意見がある、または議論がある、という言葉で片付けられがちであるが
「Z750FOUR A4・A5はZ2ではない」という主張は、
このようにAE86に置き換えればわかる通り
総てこの程度の、拙悪な誤りなのであって
全く考慮するには値しないものだといえる。
ここで二輪と四輪の違いはあるものの、よりこの問題が解りやすくなる
[型式]AE86 [愛称]ハチロク
[車名]スプリンタートレノ/カローラレビンを比較対象に挙げる。
Z2とAE86は共通点が多く
型式から愛称が生まれたこと、
同じ型式に2種類の車名があること、
漫画で一般知名度が上がったこと、
漫画の流行時には既に絶版車であったことなど
非常に似通った経緯を辿っている。
ハチロクという愛称が、
車に深い興味を持たない一般層にまで広く浸透したのは
しげの秀一氏の漫画「頭文字D」で主人公の乗機として
白黒ツートンのAE86スプリンタートレノが描かれたからである。
仮に
「漫画で有名になったハチロクはトレノだから
レビンはAE86ではない」
と主張するものが現れたとしたら、
おそらく耳を貸すものは誰もいないだろう。
そのくらい荒唐無稽な主張である。
ではZ2はどうだろうか。
「漫画で有名になったゼッツーは750RSだから
Z750FOURはZ2ではない」
同じく荒唐無稽な主張であるにも関わらず
聞いたことのある、今でも目にすることのある話になってしまう。
この漫画で有名になった、という部分は
「センパイがこう言ってた、」でも
「専門店の店員に聞いた、」でも
「雑誌にこう書いてあった、」でもかまわない。
ハチロクはスプリンターに相応しくカローラには相応しくない、
だからレビンはAE86ではない。
などと語るセンパイや友人がいたら
軽薄な人物だと感じないだろうか。
リトラクタブルライトに改造されたレビンが
「AE86仕様」として売られている旧車専門店があったら
信頼には値しないと感じないだろうか。
正確にはトレノのみにAE86の称号が与えられているのである。
と書かれた書籍が出版されたら
資料とする価値はないと感じないだろうか。
これらはどれもZ2では現実に行われてきたことであり、
様々な意見がある、または議論がある、という言葉で片付けられがちであるが
「Z750FOUR A4・A5はZ2ではない」という主張は、
このようにAE86に置き換えればわかる通り
総てこの程度の、拙悪な誤りなのであって
全く考慮するには値しないものだといえる。
型式であるAE86に当てはめた場合に正しくないということは
同じく型式であるZ2においても正しくないのである。
また、Z2・Z2A・A4・A5という型番(機種コード)の区分は
AE86で言えば前期(Ⅰ型)・中期(Ⅱ型)・後期(Ⅲ型)であり
パーツの発注等の区別はこれらではなく類別区分番号で行われている。
型番の区分けというものは
それが1~5型である、ということ以上の意味は持たず、
Z2の場合は単に無印+ABCD……という表記では
マイナーチェンジを重ねていく際に判別し難くなるとして
A12345……という表記に改められたというだけのものである。
この車はなにか、という問いに
「前期です」とか「Ⅲ型です」と答えるものはいないだろう。
その車両が何であるかを正確に表すには型番ではなくまず型式を用いるべきである。
そしてその車両が何かを表す型式というものを否定する、ということは
車両とオーナーに対する極めて無礼な、
非常に敬意を欠いた行為だと言わざるを得ない。
これも「レビンはAE86ではない」と同じ意味であるといえば
どれほどのことかを理解していただけるものと思う。
後期型のZ2であるA4・A5に対しては
この相当な侮辱が半ば無自覚なまま繰り返し行われてきた。
このようにZ2だけが他車ではありえないような経緯を辿り、
00年代にはZ750FOURをZ2としないという結論ありきで
様々な理屈が生成されていくこととなる。
「KZ900はZ1ではない、よってZ750FOURはZ2ではない」であったり
「届け出上有利だから暫定的に型式変更しなかったがA4・A5はZ2ではない」等
過去記事で詳細に解説した通り、すべて正しくない主張なのだが
これらは「型式とは厳密に指定された絶対的なものであって覆ることはない」という
大前提に反している時点で簡単に誤りだとわかる。
なぜ型式に対する正確な認識が広まらないのか
私はかねてより、一般ユーザーはともかく
二輪ショップ・旧車専門店等の販売者側が
「Z750FOURは非Z2である」と語ることは不誠実さの証明であると述べてきた。
その理由として、上記の型式についての知識・認識というのは
自動車業界にいる方ならば
営業職や整備士を問わず、確実に知っている、
絶対に間違いなく持っているといえるほどに基礎的な知識だからである。
私自身が二級整備士を保有し
かつて業界のごく端くれにではあるものの身を置いていた経験から、
この型式に対する認識は自動車に携わる職種なら
一人残らず全員が備えているような常識であると断言できる。
現に他車種では、このようなメディアやショップすら巻き込むような
型式に対する誤解など起こったこともないはずだ。
つまり販売者側が言う、「Z750FOURはZ2ではない」とか
「ホンモノのZ2は750RSのみ」などというものは
750RSのプレミアム感を演出するために用いられた嘘でしかない。
一部の(といっても00年代においては結構な数の)旧車専門店が
このような販売戦略に手を染めてきたのは
750RSが漫画の影響・ゼファーに端を発した旧車ブームから高額になり、
Z750FOURに対して2倍にまで至った価格差の根拠として
「Z2は前期型のほうが人気がある」という
事実だけでは煽り不足だったからだろう。
そこでこのような誤った情報を(誤りと知りながら)用いることで
顧客を欺きZ2のネームバリューを金銭に換えるという
非常に不誠実な販売手法が採られてきたのだ。
ただ考慮するべき点もある。
このような販売手法は90~00年代においてはまだ
それほど不誠実な行為とは認識されていなかったのだ。
なにかを不当に貶めることで
こちらが有利になるよう働きかけるのは卑怯なことである、
というところまで世間の認識が成熟してきたのは2010年代後半以降のことで、
昭和~平成中期頃までは
◯◯はダメ、◯◯は認めない などと言い切ったほうが
対象への理解度が高いとして信頼を得やすかった。
これは平成までと令和の価値観の隔たりである。
加えて2010年代までは雑誌にもZ750FOURは非Z2であると掲載されることがあり、
Z2という型式に対して正しい認識が蔑ろにされてきたのは
不正確なメディアと不誠実なショップの双方に責任がある。
現代の価値観でこの00年代頃までの認識を一方的に断ずることは出来ないが
問題は現代にまでこの誤った認識を引きずってしまっていることにある。
近年ではYouTubeを情報源として活用される方も多いはずだが
相応の影響力を持つ、
数万人単位で登録者のいるチャンネルを運営している専門店ですら
このZ2という型式に対する正しい知識・認識を語らず、
どこか偽りがあったり歯切れの悪い動画ばかりが散見される。
それはかつて支配的だった、誤った認識を利用してきた同業者や
騙されてきたユーザーに対する配慮なのかもしれないが
専門店が情報媒体において、
ユーザーに正しい情報を伝えずに何の価値があるというのか。
また、そのチャンネル登録者数という影響力は
一体何のために保持しているものであるのか。
これらを踏まえて今後は業界に自浄作用がもたらされることを期待したい。
このような専門店の問題に付随して、
これまでA4・A5のオーナーが
型式に対する正しい認識に関して声を上げ難かったのは
Zに関するミーティングやクラブ、チームといった
コミュニティの構造にも原因がある。
かつて支配的だった誤った認識を、
所属するコミュニティの幹部、センパイが持ったままでいたり
そもそもコミュニティを運営している専門店の経営側や、
面倒を見てくれる整備士が持ったままでいるとしたら。
いかに正しい知識を持ってしても、数の少ないA4・A5のオーナーが
コミュニティそのものに対し物申すことは難しいだろう。
しかも「ホンモノのZ2は750RSだけ」と言って
一度でも顧客に750RSを売りつけたことのある不誠実な専門店は
欺いた顧客の手前、何があってもその主張を取り下げられないはずである。
結果、不誠実な専門店はずっと不誠実なままであり続けるしかなく、
そのような専門店に対して距離の近いコミュニティの中では
A4・A5のオーナーは
自らの車両の型式を正しく語れないような圧力を受けることになるだろう。
しかし私も含めた界隈全体が高齢化していく中で
このままZ2のみに特有の、平成期の誤った認識が正されないようであれば
いずれ、上で挙げたような荒唐無稽な話を信じてきた者、
無自覚に他車を侮辱しそれを優位性だと勘違いしている者、
それらを主導した一部の悪質な専門店と雑誌等のメディア、
ひいては誤りを正すことができなかった現在のZ2界隈の者が
後の世代からの客観視を受けた際に
恥知らずなものとして扱われるのは想像に難くないことだろう。
それは旧車という、実利よりも精神性、
感情、情緒、歴史、誇り……といった価値観が
重要な要素を占めるものにとっては相当に致命的であり、
今後750RS、Z750FOURのどちらをも貶める可能性がある問題といえる。
「当時物」であることが価値とされる環境であるから
過去のことが尊ばれるのは無理もないことであるが、
この誤った認識は本当の70年代当時から一般的に言われてきたものではない。
ではこのような「Z750FOUR非Z2論」は誰が、いつ広めたのか?
もっともらしくこれを語っていたセンパイ方を辿っていくと
実はある複数の人物に行き当たるのである。
それを次の記事で解説していきたい。
二輪ショップ・旧車専門店等の販売者側が
「Z750FOURは非Z2である」と語ることは不誠実さの証明であると述べてきた。
その理由として、上記の型式についての知識・認識というのは
自動車業界にいる方ならば
営業職や整備士を問わず、確実に知っている、
絶対に間違いなく持っているといえるほどに基礎的な知識だからである。
私自身が二級整備士を保有し
かつて業界のごく端くれにではあるものの身を置いていた経験から、
この型式に対する認識は自動車に携わる職種なら
一人残らず全員が備えているような常識であると断言できる。
現に他車種では、このようなメディアやショップすら巻き込むような
型式に対する誤解など起こったこともないはずだ。
つまり販売者側が言う、「Z750FOURはZ2ではない」とか
「ホンモノのZ2は750RSのみ」などというものは
750RSのプレミアム感を演出するために用いられた嘘でしかない。
一部の(といっても00年代においては結構な数の)旧車専門店が
このような販売戦略に手を染めてきたのは
750RSが漫画の影響・ゼファーに端を発した旧車ブームから高額になり、
Z750FOURに対して2倍にまで至った価格差の根拠として
「Z2は前期型のほうが人気がある」という
事実だけでは煽り不足だったからだろう。
そこでこのような誤った情報を(誤りと知りながら)用いることで
顧客を欺きZ2のネームバリューを金銭に換えるという
非常に不誠実な販売手法が採られてきたのだ。
ただ考慮するべき点もある。
このような販売手法は90~00年代においてはまだ
それほど不誠実な行為とは認識されていなかったのだ。
なにかを不当に貶めることで
こちらが有利になるよう働きかけるのは卑怯なことである、
というところまで世間の認識が成熟してきたのは2010年代後半以降のことで、
昭和~平成中期頃までは
◯◯はダメ、◯◯は認めない などと言い切ったほうが
対象への理解度が高いとして信頼を得やすかった。
これは平成までと令和の価値観の隔たりである。
加えて2010年代までは雑誌にもZ750FOURは非Z2であると掲載されることがあり、
Z2という型式に対して正しい認識が蔑ろにされてきたのは
不正確なメディアと不誠実なショップの双方に責任がある。
現代の価値観でこの00年代頃までの認識を一方的に断ずることは出来ないが
問題は現代にまでこの誤った認識を引きずってしまっていることにある。
近年ではYouTubeを情報源として活用される方も多いはずだが
相応の影響力を持つ、
数万人単位で登録者のいるチャンネルを運営している専門店ですら
このZ2という型式に対する正しい知識・認識を語らず、
どこか偽りがあったり歯切れの悪い動画ばかりが散見される。
それはかつて支配的だった、誤った認識を利用してきた同業者や
騙されてきたユーザーに対する配慮なのかもしれないが
専門店が情報媒体において、
ユーザーに正しい情報を伝えずに何の価値があるというのか。
また、そのチャンネル登録者数という影響力は
一体何のために保持しているものであるのか。
これらを踏まえて今後は業界に自浄作用がもたらされることを期待したい。
このような専門店の問題に付随して、
これまでA4・A5のオーナーが
型式に対する正しい認識に関して声を上げ難かったのは
Zに関するミーティングやクラブ、チームといった
コミュニティの構造にも原因がある。
かつて支配的だった誤った認識を、
所属するコミュニティの幹部、センパイが持ったままでいたり
そもそもコミュニティを運営している専門店の経営側や、
面倒を見てくれる整備士が持ったままでいるとしたら。
いかに正しい知識を持ってしても、数の少ないA4・A5のオーナーが
コミュニティそのものに対し物申すことは難しいだろう。
しかも「ホンモノのZ2は750RSだけ」と言って
一度でも顧客に750RSを売りつけたことのある不誠実な専門店は
欺いた顧客の手前、何があってもその主張を取り下げられないはずである。
結果、不誠実な専門店はずっと不誠実なままであり続けるしかなく、
そのような専門店に対して距離の近いコミュニティの中では
A4・A5のオーナーは
自らの車両の型式を正しく語れないような圧力を受けることになるだろう。
しかし私も含めた界隈全体が高齢化していく中で
このままZ2のみに特有の、平成期の誤った認識が正されないようであれば
いずれ、上で挙げたような荒唐無稽な話を信じてきた者、
無自覚に他車を侮辱しそれを優位性だと勘違いしている者、
それらを主導した一部の悪質な専門店と雑誌等のメディア、
ひいては誤りを正すことができなかった現在のZ2界隈の者が
後の世代からの客観視を受けた際に
恥知らずなものとして扱われるのは想像に難くないことだろう。
それは旧車という、実利よりも精神性、
感情、情緒、歴史、誇り……といった価値観が
重要な要素を占めるものにとっては相当に致命的であり、
今後750RS、Z750FOURのどちらをも貶める可能性がある問題といえる。
「当時物」であることが価値とされる環境であるから
過去のことが尊ばれるのは無理もないことであるが、
この誤った認識は本当の70年代当時から一般的に言われてきたものではない。
ではこのような「Z750FOUR非Z2論」は誰が、いつ広めたのか?
もっともらしくこれを語っていたセンパイ方を辿っていくと
実はある複数の人物に行き当たるのである。
それを次の記事で解説していきたい。