娘がお空へ帰ってから

何回「なんで」と

思っただろうか。

 

答えがない、

誰も答えてくれない、

「原因不明」ということが

「なんで」を倍増させた。

 

 

「なんで」

 

と思うたびに

 

「しょうがない」

 

と自分に言い聞かせて

強制終了させる。


どのみち、娘は帰ってこない。

 

 

 

娘は6ヶ月しかいられない

と知っていても

お腹に来てくれたんだ

と感謝の気持ちはあるのだが

 

 

 

なんで、私なんだろう

なんで、あの人は普通に出産して

子育てができているんだろう

なんで、あの人は4人も5人も

子どもがいるのだろう

 

 

「なんで」という思いは

尽きないこの7週間

 

 

 

 

誰も悪くないというけれど

ママは自分を責めないでというけれど

行き場のないこの思いは

自分に向けるしかなくて

 

あの時こうしていれば

あの時こうしていたら

 

とタラレバを並べて

自分が嫌になることもある

 

 

自分が生きていて

どうして娘が死んじゃったの?

あなたが生きていなければ

私は生きていても楽しくもない

と思うこともある

 

 

 

 

 

赤ちゃんは

ママを助けるために来るらしい

例え短い時間であっても

役目を果たして

お空へ帰るらしい

 

お空へ帰った赤ちゃんは

「役目を果たした!」

「ママのお腹に行けて楽しかった!」

と無邪気な様子らしい

 

 

だから

家族が悲しんでいると

 

「あれ?」

とびっくりしてしまうらしい

 

 

 

 

 

娘もそうなのだろうか

だとしたら

娘は命をかけて

どんな役目を果たしに来たのだろうか

 

 

そのこたえは

いつかわかるのだろうか

 

 

残された自分は

どんな役目があるのだろうか

 

 

 

 

最近

そんなことを考えるようになった