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インスリンポンプとともに(1型糖尿病)

37歳の初産後、1型糖尿病を発症。
7年目。
注射ではコントロールがうまく行かず、
8月に始めてポンプを使用。
ポンプ交換時には、8歳になる娘もお手伝い。
単身赴任の14歳年下の旦那と、
心強い娘と一緒に頑張ってます。

私が1型になってもう7年。

治らないと言われ、
絶望し、
泣きつかれ、
血糖コントロールに苛立ち、
大好きなバレーも諦めかけた。


時間が過ぎ、
だんだん1型を理解し、
付き合いだし、
ポンプにして、

やっと今。


ストレスはだいぶ無くなった。

血糖も測らなくなり、
食べ物も適当で、
悪玉菌が増え、
普通の人の生活で、
デブ路線まっしぐら。

たぶん、早く死ぬんだろうなって思いながら、

…これが娘じゃなくて良かったと思う。

私だから、
私自身の事だから、
適当で良いけど、
これが娘となったら、

血糖コントロールも必要、
精神コントロールも必要、
周りの協力も必要。

ホント、大変だと思う。



娘は、私がポンプ交換するときは
手伝ってくれる
よく私はミスをする…
ママ、やり方違う、
順番が違うよ!と手伝ってくれる

私の病院で聞いた。
同じ1型の女の人がいて
その人は子どもには病気の事は
隠しているとのこと

そうなんだ…
隠してるんだって思った

隠してどうやってるんだろ…

私は今、8歳の娘と二人しかいない。

万が一、私に何かあったら、
娘に頼るしかない。

だから、ちゃんと教えてる。
ママが倒れたら、
チョコとか、オロナミンとか、
このブドウ糖を準備してね。

何かあったら、
まずはおばちゃんに電話してね。
ダメだったらパパに電話して。

娘は私のスマホを使いこなす。

力強い。

私の母がガンで無くなったのが
64歳。
酒もタバコも吸わない母が、肺がん。
独身だった、私。
この時も神様を恨んだ。

働いて、働いて、
年金ももらわず亡くなった…

ずるい
悔しい
恨んでやると。


私もその年まであと、20年無い。

孫が見れるだろうかなんて
時々考える。

その時には
1型は治る病気になってるんだろうか。

娘に、冗談で、
⚫⚫(娘の名)、
お医者さんになってママの病気治してね
とよく言う。

半分本気で、半分冗談。
けして、賢くは無いから、お医者さんは無理(笑っ

娘が健康で居てくれたらそれでいい。
お馬鹿でも、いい。

ただ明るく、
人の痛みのわかる子でいてほしい。

ママは面白い‼
ママ痩せなさい‼
ママはかわいい‼

そう言う娘に支えられながら


最低あと20年は生きないと…

孫の顔をみたいと思います。

娘が1型じゃなくて良かった。
私で良かったんだと思います。