本当はもっと早くに自分の覚書として
始めておけば良かった
遅くなったけど、母の日々進行していく
特発性間質性肺炎について、本人の様子や
病状について記していこうと思う。
母は性格も控えめで、
生い立ちから今までの人生は
娘の私から見ても決して
幸せな人生とは言えなかった。
日陰でひっそり暮らしていた母。
それでも孫が産まれてからは
その成長だけを楽しみにしている。
母の最初の自覚症状は息切れ。
平成25年暮れからどうも様子がおかしいと
ずっと感じていたらしい。
平成26年に入った頃、我慢できなくなり、
父と私に相談し、近くの内科で診察。
CTを撮り、結果を見た先生はその場で
総合病院の呼吸器内科の先生指名で
初診の予約を入れてくれた。
私はただの気管支炎か何かと思っていた。
平成26年4月
総合病院初診。
採血、レントゲン。
母は10本も採血されたと驚いていた。
レントゲン、酸素飽和度、聴診器、採血結果、間質性肺炎であろうと。
母も私も何が何だかわからない。
風邪が悪化したのか?
そうではない。
間質性肺炎には7つの型がある。
これまでの生活歴、自営の内容、
喫煙の有無、こと細かくきかれた。
総合した結果、母は非特異性(NSIP)
間質性肺炎ではないかとのこと。
しかし、最終的な判断は肺検をしないと
わからない。それには入院が必要と。
あれよとあれよという間に話は進む。
母は控えめな性格、私にすがるように
何度も見る。
とりあえず、検査入院を決めた。
平成26年5月
検査入院。
喉に麻酔をかける。相当な苦しさ。
肺の組織の一部を採取、検査する。
母が検査後まだ意識低下し、酸素も
80%代で戻ってきた時はそれだけで
涙があふれた。
しばらくして回復し、2日で退院。
平成26年6月
やはりNSIPと診断。
これからステロイドと付き合うことになる。
ステロイドは諸刃の剣。
量の調整の為2週間入院。
平成26年7月~
1か月半ごとに総合病院受診。
毎回採血、レントゲン。
炎症反応KL-6は600代を維持。
その為難病認定はまだ無理らしい。
高齢者世帯のしがない国民年金生活者。
家族としては少しでも負担が減らせればと
思うのだが。
母の息切れ、痰、咳は徐々に増えている。
それでも低空飛行ながら風邪を引くことなく
年を越すことができた。
先生からは絶対に風邪だけは引かないように
きつく言われている。
レントゲンでの肺の繊維化、蜘蛛の巣状は
少しずつ、少しずつ、濃くなっている。
幸い、母は胃だけは丈夫な為、
胃薬も飲みながら多量のステロイドを
飲むことができている。
胃腸が弱い方には辛いだろう。
この頃はまだ何とか調理などの家事や、
父に車で送ってもらい、スーパーで
シルバーカーを押しながらの買い物も
できていた。
平成27年9月
息切れが明らかに進行している。
スーパーに一緒に行くと立っていられず、
何メートルか歩くとシルバーカーに
座ってしまう。店内はさほど広くないが
買い物に1時間半もかかってしまった。
私にはショックだった。
家の中でも、階段を上る際や特にトイレで
息苦しさからのうなり声が酷くなっている。
父もかわいそうで聞くに耐えないと。
疲れが見えた。
私は仕事柄看護師さんと会う機会がある。
母のことを相談すると、早くから
訪問看護、訪問リハビリを入れて
胸郭あたりのストレッチをした方が
いいよとアドバイスをいただいた。
母に話すも案の定、
誰かが家に来るのは乗り気ではない。
経済的負担がこれ以上増やしたくないのが
本音だろう。
父はやった方がいいと賛成してくれた。
経済的負担もわかっているが、
父もこのままではと思ったのだろう。
経済的な援助も申し出たが固く断られた。
しばらく様子をみることにした。
平成27年10月
母は介護保険要介護1、PCから
近隣で呼吸療法認定士の資格の方がいる
訪問看護を探して連絡。
運良く連携してもらえるケアマネジャー
さんも教えてもらい、11月から訪問を
開始してもらうことにした。
母は気後れしていたが、家の中だけでも
自分で動ける為には必要なのだと
言い聞かせた。
この頃になると、家事や買い物を
私がやれる時は行ってやるようにした。
父がいない時、母が初めて声を上げて泣いた。これまでも何度かもう治らないのかな?
と聞いてきたことがあったが、この時は
私もさすがに参った。
私には3人子どもがいるが、
仕事と子育てもあるのに経済的な負担まで
かけるかも知れないなんて申し訳ない、
なんでこうなってしまったんだろう。
私が何かしたのだろうかと。
私も涙がとまらない。でもとりあえず、
明るく今まで頑張ってきたんだから
少し休もうとしか言えなかった。
うちは少し複雑で、
その辛さは母と私にしかわからない。
それが涙となってあふれる。
とにかく母は私に負担をかけることだけは
したくなかったのにとの気持ちが強い。
考えると夏あたりからステロイドの
副作用か、気分が落ち込み気味であった。
顔もムーンフェイスの症状が出ている。
でも、その為にも必要なサービスと考える。
10月下旬
総合病院で診察。
動くと80%代、落ち着いても90%代前半。
労作時のうなり声を伝える。
そろそろ酸素療法開始だねと。
先生はあくまでも自己決定を促す。
母はまた私を見るが、最後は自分で
酸素療法を決めた。
受診後当日にはもう酸素が自宅に入り、
24時間2ℓから開始した。