NHKの朝ドラ「カーネーション」を昔観てました。
ストーリーは、親娘三代にわたる洋服を巡るドラマ。
主人公の名は小原糸子。洋服デザインとその制作に生涯を捧げ、更にその娘3人も洋服の分野で世界的にも有名な三姉妹になった。
そう、かの有名なコシノ三姉妹とその母親をモデルとしたドラマです。
朝ドラにしては家庭内暴力あったり不倫があったりと割とキツめのストーリーだったと記憶していましたが結構あっさりと見ておりました。
そんなドラマの中で忘れられない場面とセリフがあります。(以下うろ覚えですが大体こんな感じということで)
70過ぎになった糸子が衣服制作に没頭する場面。
それを見ていた孫が、糸子に問いかけます。
「おばあちゃんが服を作っている時の顔は怖い、辛そう。どうして辛そうな顔になるのに服を作るの?」
糸子は答えます。
「辛そう?そうか、私は今辛い顔をしていたか。じゃあ、私は本当にこの服を作るのを楽しんでいたんだなぁ。本当に楽しい時って辛い顔になるのかもしれん。そんな楽しい仕事をしていたんだなぁ私は」
人は何かに没頭するとき、楽しいことをしている時、実際どう言う表情をしているのか?と、ふと思い返しました。
スポーツ好きな人はやってる時にはめちゃくちゃ苦しそうだ。笑って走ったりしている人はそうそういない。
勉強を好きな人も、演奏する人も、山登りをする人も、ゲームをクリアできない人も、辛そうな表情をしています。
しかしそれは苦しんでいる時なのか?嫌なことをしている時なのか?
否。
私も曲作りや歌う時にはほとんど笑いません(口角を上げることはあるが)
しかしそれは楽しくないからではない!
楽しく朗らかに、言ってみれば「ガワ」を整えて。
そういう時も確かに必要ではありますが
何かを作る時、練習する時、自分の何かを磨く時には「辛そう」な顔をする。
周りもそれを見て、人によっては嫌だったり鬱陶しかったりすることもあるでしょう。
しかしその時間は、当人にとってまぎれもなく自分を磨くために必要な時間であるし、それほど苦にすることでもないんですよね。
自分も前はそういう表情をする人の周りにいるのが嫌でしたが、今が苦ではありません。だって苦しんでいる表情じゃないんだもん。
そう見られてるのが嫌(そう指摘されて気づいた)ということであれば「辛そう」な顔の時間と空間を自分で作れば良い話。
もしくは話して「辛くはないんだよ」と分かってもらうとか。
笑う事が幸せであるされる事が多い世の中ですが、
ガッチガチに辛い顔して時には本当にキツイこともやっているけど、その先にある喜びや達成感、もしくは苦しい過程そのものも楽しさとして自分で解決する事も悪くないと思います。
つーわけで、不肖私めも今日明日ずっとキッツイ顔をし続けます。楽しく生きるために。