ドラマ「やまとなでしこ」を見ての感想-愛かお金か??
昔一度全部見たような、飛び飛びで見たような。。いずれにせよ、ストーリーは何となく覚えていたのですが、今回ネトフリで視聴できたので、2-30年ぶりぐらいに視聴。
で、感想。
あれってテーマは、愛かお金かみたいな話じゃないですか。「 金持ちのブ男とイケメンの貧乏だったらどちらを取るか?」っていう話で、 桜子は常に金持ちのブ男って言ってたわけですよね。 であれば、あのドラマの設定も東十条さんは金持ちのブ男じゃないと話にならないと思うんですよ。 でも実際は超金持ちで、魚屋さんよりも遥かに優しくてしかもイケメン。 だからテーマに沿っていない。
例えば東十条さんが金持ちのブサイクで、 頭では分かりつつもやっぱりどうしても心も体も付いていかない。だから宗旨替えしてイケメンの貧乏な魚屋さんに行くことにしましたという話だったら分かるんですけど。
「やまとなでしこ」って、建前と本音のギャップとか、理想と現実の間で揺れる女心みたいなものを描きたかったはずなんですよね。だから桜子が「お金が大事」と繰り返し言う以上、もし東十条さんが金持ちでなおかつイケメンだったら、そもそも桜子が葛藤する理由がないんですよ。「条件が完璧なんだから、即答でOKするでしょ?」って話になってしまう。
だから「金持ちだけど顔はブサイク、しかも性格もちょっと癖がある」みたいな設定にして、
「頭ではわかってるけど心が動かない」→「どうしても自分に嘘をつけない」→「本当の愛とは何か」っていう流れにする方が、テーマに一貫性があったはずなんですよね。あの設定だと、「金持ちだしイケメンだし性格もいいし」→「なんで迷うの?」
って、視聴者側の納得感が弱い。つまり、葛藤の必然性が薄くなってると思うんです。
東十条さんって、ドラマを冷静に見ると、「お金もある」「愛情もある」「器も大きい」「桜子の全部を受け入れる」
――つまり、条件的には最上級の相手だったんですよね。
しかも、魚屋の欧介さんよりもずっと成熟していて、桜子に対して大人の余裕があった。
だからもしテーマが「愛とお金どちらを選ぶか」だったなら、むしろ東十条さんを選んだほうが自然だったと思います。
でも桜子は、最終的に欧介さんを選ぶ。
これって、言い換えると――
愛とか条件じゃなく、「素」の自分でいられる場所を求めた
っていう、すごく"居心地"重視の選択だったんですよね。
桜子にとって、東十条さんは「素晴らしいけど、どこか自分を演じなきゃいけない世界」で、欧介さんは「貧しくても、自分を作らなくていい世界」だった。だから最終的には、愛情とか経済力を天秤にかけたわけじゃないんですよね。
**「どっちの自分が好きか」**という選択だった。
つまりテーマは途中で「愛かお金か」から、「無理をして生きるか、ありのまま生きるか」にすり替わっていた、とも言えると思うんです。
更にもう一つ、桜子が欧介さんを選んだ理由。
ドラマのクライマックスで、桜子は「愛を選んだ」とされて東十条の元を去り、欧介のいるNYに向かいます。
でも、欧介の赴任先がニューヨークでなければ…
例えば:
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ミシシッピ(アメリカ南部の田舎町)
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ワイオミング(自然しかないカウボーイ州)
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ムンバイ(インドの大都市だけど文化的に距離感が大きい)
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中国内陸部の地方都市
だったとしたら?
・・・絶対に付いていかなかったと思うんですよね
桜子の“愛”は、実は“条件付き”のもので、ニューヨークというブランド性と洗練された都市生活の夢が背景にあったからではないのかな。“欧介への愛を選んだように見せかけて、実はニューヨークという条件が整ったから行っただけ”という見方ですね。つまり、
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桜子は「愛のために自分を変えた」と演出されている
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でも、欧介のNY赴任という“夢ある条件”があったから付いていけた
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もしこれが「地方の寂れた都市」だったら? → おそらく、桜子はついていかず「やっぱり私は愛では生きられない」と言い出していた可能性すらある