放浪行乞の俳人として知られる山頭火が
熊本の関わりが深いことを知り
山頭火が辿った足跡を追ってみました。

山口で営んでいた酒造場が倒産し
熊本の俳人仲間を頼って熊本に来たのは大正5年
熊本下通の元大洋デパートができる前の一角に
『雅楽多』という古書店、額縁屋を
妻サキノさんと開業。
しかし大正8年 額縁の行商に単身上京。
大正10年には東京市役所事務員で図書館に勤めたこともあったそうです。
大正12年10月関東大震災を機に熊本に帰郷

お酒を飲むの事が好きな山頭火は
大正13年泥酔し熊本公会堂前で路面電車を止め 
中央区坪井の報恩禅寺に連れて来られたのが
出家のきっかけだそうです。


報恩禅寺には山頭火の句碑がありました。

けふも托鉢 ここもかしこも花ざかり

この禅寺の裏手に壷井という地名の由来の井戸があります。

四角い井戸の下は丸い球状になって
坪のようになっているそうです。
残念ながら草が繁って丸い形は
よく判りませんでした。

この禅寺に連れて山頭火を救ったのは
今の熊本日日新聞の近くの印鑑店
木庭氏だったそうです。
~井上智重著『山頭火意外伝』