私が引越しなど大移動をしようとすると、世の中では必ずどでかい事件が起
7月にカナダへ行くことを思いつき(?!)
9月に退職宣言をし、その年の12月にはめでたく退職。
ここまでは夢のワーキングホリデーに向けてとんとん拍子に事はすすんだ。
あー、仕事やめたぁ。
正月だぁ。
めでたいなー。
なんて思っているのもつかの間もう1月ももうすぐ終わり。
国は決めたものの
町もたぶんトロントだろうなぁ。
学校は?
出発は?
なーんにも決めてない!!
学校は民間の語学学校ではなく大学のESLに行こうとは思っていたもの
の、日本の大学のことも詳しくないのに、異国の大学のしかもESLのことな
んて、どこがよくて、何がだめなのか。
どこにどんな大学があるのかもわかる訳が無い。
ここで活躍するのが 「カナダ留学」 みたいな感じのよくあるタイトルの本
だ。
トロントへ行こうとしている私は真っ先にUniversity of Trontoをみてみる。
う~んよくわからん・・・。
こうなってくると、大掃除と似てくる。
掃除目的なのに、昔の写真を見始めたり、雑誌を見てみたり、他の事に夢
中になって逆に散らかしてしまったりなんて事はよくある。
あー、この町名前聞いたことある!
へぇ、ここにも大学あるんだぁ。
ここの大学のキャンパスいいー!!
なんて、行く気も無い町の大学もどんどん目に入ってきて結局はその後1ヵ
月近くも学校は決めれないのでいた。
結局、日本でいくらあがいても実際に向こうへ行くと思いもよらない方向へ
話も行動も向かってしまうことになったのだけど・・・。
9月に決算手当てが支給されるのに、3週目に入ってもなかなかヤツは支
給額の話をしてこない。
必然的に私の会社を辞めるという話もしていないことになる。
ここで、よくよく考えてみると
決算手当ての金額が決まる → 辞めることを伝える →
「おまえが辞めることを知っていればこんなにあげなかったのに」
という気持ちが沸く → 文句を言われる → さようなら円満退社
という図が私の脳裏をよぎった。
あぁ、もうだめだ。時間切れだ。
こんなことでもアイツにしてやられるのか・・・。 もう言ってしまおう。
ということで私は機嫌がいい日をみはからって社長を呼び出した。
「ちょっといいですか?」
「おう!」
「実は今年いっぱいで辞めたいと思うのですが。」
ダメと向こうに言う権利はないうえに、言われるわけが無いのだが緊張す
る。
「どうしたのよ?」
おもむろにタバコに火をつける。まるで別れ話のようだ。
「結婚するわけじゃあるまいし。」
”ふん!どうせ彼氏なんていませんよー!”
「はい、カナダに行こうと思いまして。」
「へ?カナダ?!留学か?」
「はぁ、まぁ、留学というかワーキングホリデーというので行こうかなぁと。30
前じゃないと行けないもので。」
「ふーん。まぁ、お前の人生なんだから自分の好きなようにそういうことをす
るのもいいかもな。」
とか、なんとかこんな感じの会話が繰り広げられ、その他次の人の採用の
話や、そして最後にもちろん決算手当ての話をされ(ヤツが金がらみのこと
を忘れるわけがない!)なにせ何年か前の話であるため忘れてしまってい
るのですが、私は社長に愛のではないが退職の告白をできたのでありまし
た。
ちなみにちゃんと決算手当てもらえました。
前の年とあんまり変わらない金額でしたが、あの社長にしては辞めていく人
間にそんなものくれるなんてなかなか太っ腹どころをみせた気持ちだったと
思う。
7月初めにワーホリの説明会へ参加し、カナダへ行く決意が固まり、今年い
っぱいで会社を辞めちまおうと決めた。
その後、自分の決意がゆるがいように、周りから自分を追い込んでみた。
友達みんなに言いふらしたのだ。
さもないと、これから先ちょっとのことで「やめちゃおうかなぁ」なんてしり込
みしたら大変。
みんなから
「行くんでしょ?」
「行くんだよね?」
「本当に?」
「いつ?」
って言われると引き下がれなくなる。
色々な人にカナダ行きの話をしたものの、唯一報告ができていない人がい
た。
”社長” である。
普通の会社だと、最低でも1~2ヶ月前にでもさらっとやめる旨を伝え、さっさ
と引継ぎして無事に退職ということになるのだろうが、私のいた会社は前に
も書いたとおり小さな会社。
遅くても3ヶ月ぐらい前には言いたいところ。(普通の会社もそうかしら?)
ところが9月になっても私は社長には言い出せなかった。12月で辞めようし
ているのに・・・。
会社を辞めることがちょっとさみしいから?
いくらむかつく社長でも少しは情がわいてきたから?
いやいや、9月は我が会社では決算手当てというものが支給されており、
(例のごとく最初の2週間はヤツの機嫌がわるくなるのだが。)
その査定があるからだ。
査定って立派なものではなく社長の独断と偏見で金額は決められるのだ
が。
そんな時に辞めるなんていったら大変!私の大事な留学資金が減ってしまう。
世の中、
”金が一番、信用二番”
という言葉もあるぐらいなので、もうしばらく社長にはカナダ行きを内緒にし
ておこう。ということにした。
国を決めたら次はどの町へ行くかを決めなければならない。
カナダで知っている都市といえば
ヴィクトリア・バンクーバー・トロント・エドモントン・カルガリー・モントリオール
ぐらいなものだった。
妹が数年前に留学していたときに遊びに行った事があったため
ヴィクトリアとバンクーバーはちょっとだけ知っている町だった。
ヴィクトリアには妹のホストファミリーがおり、
バンクーバーには近郊のリッチモンドに友達が住んでいる。
「何かあったときに助けてもらえるからどっちかの町にしなさい。」
と母は言ったものの
何かあったときに誰にも頼りたくないなぁ。
と、その時の私は思ったものである。
たいした若くも無かったのだが、
今思うと、若かったのか、ただの身の程知らずなのか・・・?
そのような考えの下もともと大都市が好きな私は
カナダ一番の大都市
” ト ロ ン ト ”
へ行くことを決意した。
ニューヨークにも近いしなぁ。(バンクーバーよりはね・・・。)
行ったことも無いし、期待でいっぱいになった。
その後、数々のトロントがらみの事件が自分に降りかかってくることはまだ知らない私だった。
ちょっとブログをさぼるつもりが、気がつくと一月以上も・・・。
改めて自分のだらしなさを実感。
久しぶりに見てみると初の
コメントがぁ!!!!!!!!!!!!!!
返事すらできなかったぁ・・・・。今からでも遅くないのか?いや遅いな。
とにもかくにも今日からまたよろしくおねがいします。
ワーホリに行くにあたってまず、国を選択しなくてはいけない。
オーストラリア・ニュージーランド・イギリス・カナダ・ドイツ・韓国
この6カ国が選択肢にあったのだが、年齢的な問題もあり私の場合オーストラリア・ニュージーランド・カナダの3つに絞られた。
北国で生まれ育ち南国に憧れがあるにもかかわらず、私は迷わずカナダに行くことに決めた。
旅行で行ったこともあったうえに、英語がきれいという噂を聞いたからである。
オーストラリアやニュージーランドには独特のなまりがあるとか、ないとか?
今振り返ってみると、どこで勉強したって、私たちが話せるのは結局 Janglish 。
Native Speaker のように話せるようになるわけもないので、(いえいえ、勿論きちんと発音を勉強して話せるようになる人もいると思いますが、一般的にということです。)
どこに行こうか迷っている方、どの国でもいいと思います。
行きたい国、住みたい国、また旅行に行くことも考えて決めるといいかなと思います。
ちなみにカナダはアメリカ大陸なのでみんなアメリカやメキシコに旅行に行ったりしてました。
カナダ国内だけでもかなりボリュームだし。
あぁ、海外に行きたい・・・。
最近では、留学・ワーホリ・移住などなど海外へ旅行以外で行くということもそんなに珍しくなくなってきている。
私の周りにも妹をはじめ数名の友達が留学や、ワーホリで海外へ行き。その国で結婚し、移住なんてことになってしまった人までいる。
そんな世の中なもんで、ワーホリ説明会なんて所へ行くと、いるわいるわ。老若男女問わずたくさん聞きに
来ていました。(ワーホリには年齢制限があるはずなのになぜ・・・?)
同じ志をもった人々がこんなにいるなんて。
とちょっとうれしくなって周りを見ていると。あれ?違和感がある。
東京湾ディナークルーズを思い出した。
乗船しているのはお金持ちそうなおじさまおばさまグループとたくさんのカップル。
そして、もらった券で参加していた私と友達(女)。
船に乗る時にちょっと揺た、そりゃー、船だもの。海の上だもの、揺れるさ。
その時、「キャー。うふふふ。びっくり!」と男の腕につかまった女数名。
すかさず
友達 「一人で歩けもしないくせに船に乗るな。」
私 「歩けないヤツは全員降りろ!」
とブツブツいいながら乗船したのだった。
そんな思い出を私によみがらせたのは。
楽しそうなカップルのみなさん。
2人で説明会に参加している人が結構いたのである。
確かに誰がどんな形で参加しようが、海外へ行こうが私には関係無いが、その時の私ははっきりこう思った。
「一人で行けもしねーのに外国へ行こうとするな!そんなやつは旅行に行け!
だってぇ、これからよその国で一人でがんばって行こうと思ってるのにぃ、カップルで行く人たちはぁ、大変
なことなんて半分で、楽しいことばかりになっちゃうもん。」と。
ひがみじゃねーこれはひがんでるんじゃねー。
そういった、邪念を持ちながら参加した私にも説明会は夢と希望をあたえてくれ、私のワーホリへの夢と決意はどんどん膨らんだのでした。
・・・ちなみに私が参加した説明会は市で開催したものです。
どこかの企業で催したもではありませんでした。
きた、また例のアレだ。
年に数回くる、社長の悪い病気。 ボーナスあげたくない病だ。
必ず、ボーナスの時期に発病し、1週間から2週間その病気はつづく。とにかく機嫌が悪い。
私を始め怒られ役の人々が毎日のように順にやられる。
私は社員10人足らずの小さな会社で働いており、30代の社長は思うがままに全てを進めている。
彼はこの時期、機嫌は悪くなるが、ボーナスをくれないことはない。
必ずあげようと心に決めているなら諦めればよいのに、まったく往生際の悪い社長である。
この病は毎回ボーナスが支給されるギリギリになると嘘のように治り、社長の心も体も通常よりも調子がい
いぐらいだ。
” 高く飛ぶためには助走が長く必要だ ” という言葉は、このような場合にも使えるだろうか?
それはさておき、毎度毎度のこととは知りながらも、今回の私の腹の虫はいささか大人しくなく、あってない
ような物だった堪忍袋の緒も切れかかっていた。
かといって、就職難のこの時代、こんな小さな会社でも辞めてしまえば待っているのは果てしなく長いプー
生活と就職活動の日々。
社長へのムカツキ度と職無し生活への恐怖心を天秤にかけて暮らしていたある日、市の広報誌で
ワーキングホリデー説明会の文字を発見!
18年飼ってた犬は死んだ。今のところ親は元気。社長のことは大嫌い。
条件はそろった。
「これだ!これしかねぇ。アイツをギャフンと言わせてやる!」と私が会社を辞めようがどうしようが、誰一人
として困りはしないのだが、 なんだろう、あの会社で説明会申し込みの電話をし終えた後のあの
してやったり感は・・・。
実際、私の話なんて誰も聞いてやいやしなかったが、かなりすがすがしいものがあった。
そんなこんなで、私のワーホリへの第一歩への決意は社長へのムカツキに便乗して無事、産まれてきた
のでした。
おぉ、なんか緊張する・・・。
ブログという言葉自体ほんの数日前に知ったくせに、いきなりはじめてしまいました。
せっかく行ったカナダでの生活も心の中の思い出と、数十枚の写真しかなく、「あぁ!なぜ日記を書かなか
ったのか?!」と後悔している中、忘れる前につづってみようと思い始めてみる決心をつけたのでした。
なにがなんだかわからぬまま、とりあえず毎日進めていきたいとおもいます。