明日から旅に出る。聖地、四国。徳島~高知~松山を巡り、帰京は23日の夜の予定。
この夏は10周年とのこと。明日はちょうど7の日ということで、タイミングもばっちり。いろいろな話が聞けそうでとても楽しみだ。
1週間家を空けることになるので、出発前の家のなかの諸々の仕事や、片付け、等で若干の疲労感が出て来たところではあるが、初四国、初聖地、そして2008年4月に結婚してハワイに行ってから、初めてのふたり旅行になるということもあって、とてもわくわく感が募って来ているところ。
とは言え、彼はこの夏から本格的に始動した政経塾の仕事で、毎日毎日、何冊もの政治哲学本を読み込み、要約し、講義に備えている。
初回の講義は4日だったが、31日に2度目の講義が控えているので、この旅行中も最小限の本を読みながら、可能な限り準備を進めるつもりらしい。
そんな中で、ふたりの旅行(しかも聖地巡礼!)も思い切り楽しむつもりでいるのだから、とてもありがたいというか、頼もしく、そして可愛い人だなあと思う。
んー、まぁ2年前の旅行は散々だったからな。新婚旅行なのに(苦笑)。。。
この2年間、義父と家政婦がいるこの家に来てからというもの、様々な心の葛藤や労苦、未来への不安と心配、時には絶望感さえも感じながら、ずっと彼とともに暮らして来たけれど、
今ここにいるわたしは、なんだかやっと夫婦らしくなってきたように感じている。
やはり、夫婦はふたりで一緒に生きている。
たとえ別々の仕事をしていても、なんとなく離れて行ったように感じることがあっても、
一緒に生きているんだな、って、今は思う。
部外者がいると何かと撹乱させられることもあるので、実感が湧きにくいのだけれど。
わたしたちにとっては、夏のあいだのふたりの時間というものが、とても重要な意味を成してくる。
まだ、やっと3年目。
彼を支える妻として、わたしがどこまでお役に立てるかはわからない。
でも、今になってようやく、決心がついたというか(おそっ!)、それとも観念した気分というか、
わたしの道は、やはりここにあるんだな、 と、 わかりました。
これで、間違っていないんだ、と。
いや~、、わたしも意外に頑固モノなんだろなぁ。
わたしの場合、なんとなくスイスイと来てしまった道では、どんなに周りから祝福されようと、拍手喝采を受けようと、なんとなく気持ちとどっか違っているような気がしてしまうんだ。
どうやら自分でちゃんと再確認し、納得できるまで「体験」する作業が、わたしには必要らしい。
そうして初めて、目が開く。心が開く。霊的にも軽くなる。
軽みを帯びるということは、とても大事なことだと思う。
さて、この軽み、四国でさらにふわふわりと舞踊らせて来たいと思う。
一切合切の創造の根源となった存在の、再び降りられた場所から。
天上へ、宇宙へ、巧妙につくられた大輪の打ち上げ花火の如く、
昇ってみることができれば。
創造のビックバンを、霊体として感じてみたい。
帰ったら、朝つゆの物語を再開できることを願って。
この夏は10周年とのこと。明日はちょうど7の日ということで、タイミングもばっちり。いろいろな話が聞けそうでとても楽しみだ。
1週間家を空けることになるので、出発前の家のなかの諸々の仕事や、片付け、等で若干の疲労感が出て来たところではあるが、初四国、初聖地、そして2008年4月に結婚してハワイに行ってから、初めてのふたり旅行になるということもあって、とてもわくわく感が募って来ているところ。
とは言え、彼はこの夏から本格的に始動した政経塾の仕事で、毎日毎日、何冊もの政治哲学本を読み込み、要約し、講義に備えている。
初回の講義は4日だったが、31日に2度目の講義が控えているので、この旅行中も最小限の本を読みながら、可能な限り準備を進めるつもりらしい。
そんな中で、ふたりの旅行(しかも聖地巡礼!)も思い切り楽しむつもりでいるのだから、とてもありがたいというか、頼もしく、そして可愛い人だなあと思う。
んー、まぁ2年前の旅行は散々だったからな。新婚旅行なのに(苦笑)。。。
この2年間、義父と家政婦がいるこの家に来てからというもの、様々な心の葛藤や労苦、未来への不安と心配、時には絶望感さえも感じながら、ずっと彼とともに暮らして来たけれど、
今ここにいるわたしは、なんだかやっと夫婦らしくなってきたように感じている。
やはり、夫婦はふたりで一緒に生きている。
たとえ別々の仕事をしていても、なんとなく離れて行ったように感じることがあっても、
一緒に生きているんだな、って、今は思う。
部外者がいると何かと撹乱させられることもあるので、実感が湧きにくいのだけれど。
わたしたちにとっては、夏のあいだのふたりの時間というものが、とても重要な意味を成してくる。
まだ、やっと3年目。
彼を支える妻として、わたしがどこまでお役に立てるかはわからない。
でも、今になってようやく、決心がついたというか(おそっ!)、それとも観念した気分というか、
わたしの道は、やはりここにあるんだな、 と、 わかりました。
これで、間違っていないんだ、と。
いや~、、わたしも意外に頑固モノなんだろなぁ。
わたしの場合、なんとなくスイスイと来てしまった道では、どんなに周りから祝福されようと、拍手喝采を受けようと、なんとなく気持ちとどっか違っているような気がしてしまうんだ。
どうやら自分でちゃんと再確認し、納得できるまで「体験」する作業が、わたしには必要らしい。
そうして初めて、目が開く。心が開く。霊的にも軽くなる。
軽みを帯びるということは、とても大事なことだと思う。
さて、この軽み、四国でさらにふわふわりと舞踊らせて来たいと思う。
一切合切の創造の根源となった存在の、再び降りられた場所から。
天上へ、宇宙へ、巧妙につくられた大輪の打ち上げ花火の如く、
昇ってみることができれば。
創造のビックバンを、霊体として感じてみたい。
帰ったら、朝つゆの物語を再開できることを願って。