宇宙暦796年7月30日。
この日、自由惑星同盟最高評議会の、とある委員長の議席が1つ空いた。
それは、「情報交通委員長」のポストである。
昨日までこのポストにあったのは、レオナルド・クリーヴスという、1年前に還暦を迎えたばかりの官僚上がりの男だった。
ベルトがはちきれんばかりにでっぷりと太り、見るからに不健康そうな体型の男。
頭部には一本の毛も無く、見事にツルツル頭のこの男の選挙でのキャッチコピーは『輝く明日へ』であった。
しかし、輝くどころか・・・。
彼は良くも悪くも・・・腐敗しきっていた。
このポストにどっかりと胡坐をかいて、企業の談合に目を瞑り、公然と賄賂を要求し・・・。
そして、内部告発によって贈収賄事件の首謀者として糾弾された後に解雇となり、とうとう議員辞職に追い込まれた。
最初は地位に固執を見せていたクリーヴスであったが、世論がそれを許さず、彼に関する様々な事を調べ上げて、それが新聞の三面記事に踊りまくったのだ。
それが、妻の怒りに火を付けた。
レオナルドはクリーヴス家の婿養子であり、妻は、外も歩けなくなったと激怒して彼に三行半を叩きつけた。
マスコミからも叩かれて、踏んだり蹴ったりの最後であった。
辞めた後も、秘書への給与未払いだの、収支報告の不備だのが次々指摘され、とうとう、自ら身を隠すかの如く辺境地へ引っ込んでしまった。
この呆れるほどの男の辞任劇は、自由惑星同盟最高評議会にとって、大変不名誉な事態であった。
事実、この事が引き金となって、今やこの閣僚に対する一般人の支持率は下降の一途を辿っていた。
これまで何とか40%台をキープしていた支持率は、今や、30%を割り込みそうな勢いであり、反対に不支持率は過半数を大きく超えていた。
支持率は31.9%にまで落ち込んでいる。
なお、 現在の最高評議会の議長は64歳になるロイヤル・サンフォードで、彼は数年前に議長の座を手に入れ、自由惑星同盟の国家元首になったのだ。
再選を目指す為には・・・全閣僚、身辺はクリーンであってほしいと願っている。
しかし、現実は甘くはなく、徐々に崩壊への道を突き進んでいたのだ。
この不幸な政府への支持率回復には・・・。
一種の“清涼剤”が必要だった。
次の選挙の為にも、ここは何としてでも支持率低下を食い止めねばならなかった。
その為に、空いたポストに選ばれたのは・・・。
優雅で知的な美しさと、魅力ある声を持った女性議員から選ばれた。
国民に大人気のその女性は40代前半の既婚者で、本年度前半に行われた、「魅力ある女性政治家」というアンケートで、2位を大きく引き離して、ぶっちぎりの第1位に輝いていた、コーネリア・ウィンザーであった。
既婚者であるが結婚が遅かった為に、子供は5歳になる男の子1人であった。
夫は婿養子あったが、評議会とは全く縁のない職種で、ハイネセン市内の私立高校の物理学の教師だという。
ウィンザー夫人の登用ならば・・・国民はもろ手を挙げて歓迎するだろうとの予想通り、翌日から一斉に各メディアはこの人事に一定の評価を下した。
“清涼剤”の投入は成功したらしかった。
とにかく、今は彼女の爽やかさに賭けるしかない・・・。
サンフォード議長は、自らの進退を女性に賭けるしかない事態に悔しさを覚えたが、今は背に腹は代えられぬ・・・と耐える事にしたのだった。
もう、なりふり等、構っていられないほど・・・現同盟政府は追い込まれていたのだ。
5年前に急逝した彼女の父・・・ネルソン・ウィンザーもまた政治家であり、彼女は、いわゆる二世議員であった。
祖父のレイモンドは政治家ではなく大学教授であったが、祖父の弟で大叔父のアーノルドは政治家であった。
ただし、大叔父は隣の惑星・・・テルヌーゼンの地方議員で、少々うだつが上がらなかった。
政治家を志すなら中央にいなくては意味がない。
アーノルドの甥であるネルソンは故郷のテルヌーゼンを出て、首都星ハイネセンで政治家を目指したのであった。
ネルソン・ウィンザーは非常に強硬なタカ派であった為、彼女もそう見られている節がある。
だが、今のところ、議会で表立って強硬な発言をしてはいなかった。
“能ある鷹は爪を隠す”ものだ。
いつか、しかるべき所で、才能を思う存分発揮すればいい。
彼女はその機会を、今か今かと窺っていたのである。
父が急逝した後、地盤や看板・・・を彼女は受け継いだ。
ウィンザー夫人はそれまで有名なアパレルメーカーの企画に携わっていたが、5年前に父の遺志を継ぐ形で選挙で初当選してからというもの、いつも、シンプルだが、洗練されたエレガンスな装いで議会に現れる。
男女とも、そのさりげないセンスに舌を巻いた。
元々、アパレルメーカーで働いていたのが功を奏したのだ。
こうして、彼女は父譲りの政治センス以外にも、他の女性政治家達にも受け入れられ、いつの間にかファッションリーダーとなっていた。
そのセンスから、雑誌にも度々取り上げられ、いまや、国民的人気の女性政治家だったのだ。
辞令を最高評議会議長のロイヤル・サンフォード氏から受け取る時、彼女は魅力的な笑みを湛えた。
「私を推薦して頂き、本当にありがとうございます。感謝申し上げますわ、議長。このウィンザー、微力ながら精一杯務めさせて頂きます」
初々しい笑顔・・・。
声楽家を思わせるような美しい声で丁寧な挨拶をし、議長に好印象を与える事に成功したウィンザー夫人。
最高評議会の中核を成す各委員長の中で、女性議員はウィンザー女史ただ1人である。
ここで上手く立ち回る事が出来たなら、同盟の政府が始まって以来の、初の女性最高評議会議長も夢ではない・・・と、ウィンザー夫人は考えた。
やっと自分の才覚を発揮出来る立場を得たのである。
彼女の父は、最高評議会議長の座に近いと言われながら、急な病に臥して志半ばにして逝ってしまった。
その野望は・・・娘である、コーネリアに受け継がれていたのである。
8月6日。
この日はウィンザー夫人にとっての初めての最高評議会の会議が行われた。
辞令を受け取って今日でちょうど1週間になる。
最高評議会の会議議は、11人の評議員によって構成されている。
窓のない一室で、全ての物事が決められるのだ・・・同盟の心臓部にいるのがたったの11人の議員だけだとは。
これで、開かれた政府とは・・・。
とてもそんな事は言えない・・・が、これが同盟政府の置かれているれっきとした現実なのだ。
集合時間は午前8時で、この日は10の議題を採決する必要があった。
そして、この日の議題の1つに、軍部からの提案事項が含まれていた。
これは、青年高級士官達が直接持ち込んだ議案であり、ジョアン・レベロは過激なこの議案に嫌悪感を抱いていたが、彼の周りはこの過激な案に同調する者達が多かった。
提出された書類には、この議案の代表発案者名が明記されており、そこには「アンドリュー・フォーク」と書かれていた。
『占領したイゼルローン要塞を橋頭保として帝国に侵入する』
今後の自由惑星同盟の行く末を占う意味でも、とても重要な議案であった。
現在の最高評議会の不支持率は56.2%に達している。
支持率は31.6%で30%を切るのも時間の問題だった。
ところが、100日以内にこの議案が通れば、支持率は最低でも15%は上昇すると、会議の席上でロイヤル・サンフォード議長が発言した。
15%の上昇という話に場内がざわついた。
手元の端末には、彼がコンピュータに計測させたデータが浮かび上がり、ウィンザー夫人は興味深げに、そのディスプレイに見入っていた。
コンピュータの計測・・・机上の空論に過ぎないのだが、それを指摘する者は誰もいなかった。
賢明なる者はこの数値で馬鹿馬鹿しいと思っていたし、そうでない者はこの計測に賭けてみようと思っていたからだ。
せっかく単なる評議員から、最高評議会の中核をなす委員長の1人に選ばれたのに、支持率が低下してこのままお払い箱になってしまったら、その後に浮上の機会など訪れないだろうと彼女は危惧していた。
政治センスはあると自負しているが、それを買われて「情報交通委員長」になれた訳ではなく、自分が選ばれたのはこの美貌ゆえ・・・という事も自覚している。
「魅力ある女性政治家」という、「ハイネセン日報」のアンケート記事がなければ、こんな重要な委員長のポストが転がり込むはずがない・・・と分かっていた。
だから、ここは是が非でも、政治センスがある事を皆に知らしめ、なお且つ、自分の身を守るようにしなければ。
それには、軍部が提出したこの出兵案は魅力的であり、渡りに船と言えた。
今ここで軍部に恩を売っておけば、自分への支持も取り付けられる・・・。
しかしながら、ハト派の財政委員長のジョアン・レベロや、人的資源委員長のホワン・ルイはこの出兵案には、はなから反対のようであった。
確かに、これまでの出兵で財政難には陥っているが、彼等は・・・何か勘違いをしているように思われた。
消極的過ぎやしないか?
そして、改めて、民主主義とはなんぞや?・・・と考えてみる。
国民に選ばれた議員によって政治が行われ、専制君主政治の銀河帝国に警鐘を鳴らすという大義名分が、我々にはある。
帝国の圧政と脅威から全人類を救う義務を行わずして、なんの民主政治か。
今ここで立ち上がらねば、いつ立ち上がれるというのだろう?
ヤンという名の知将が、“難攻不落”と言われているあの鉄壁の要塞を奪取に成功した。
この“奇跡”を利用すれば、我々には約束された勝利が転がり込むのだ。
そして、この事は、支持率アップにも繋がるはずなのだ・・・。
今は、きれい事などを言っている場合ではない。
「どれほど犠牲が多くとも、たとえ全市民が死にいたっても、なすべきことがあります」
自論に酔いしれたようになっているウィンザー夫人のこの発言に呆れたジョアン・レベロは噛みついたが、ウィンザー夫人は鼻で笑って完全に無視した。
午後の採決の最終議案が、軍部の出した議案だった。
採決の結果、出兵案は賛成6票、反対3票、棄権2票で、辛うじて過半数を超えていたので可決された。
棄権の二票・・・これを投じたのは、法秩序委員長のマルケス・ノートン、それと、地域社会開発委員長のアルバート・モンスリーであった。
彼等は息子を2月のアスターテ会戦で亡くしており、賛成も反対も・・・出来なかったので棄権票を投じたのであった。
因みに2人の息子は、ともに第6艦隊の旗艦「ベルガモン」の乗員であったらしい。
反対票を投じたのはジョアン・レベロとホワン・ルイである。
これは最初から予想されていたのだが、驚く事にもう1人が反対票を投じていた。
それは、軍部に一番近しい所に位置する、国防委員長のヨブ・トリューニヒトである。
彼は、自他ともに認める強硬派の主戦論者として知られていたのだ・・・。
それが反対の姿勢を取るとは一体どういう事か。
誰もが疑問に思ったが、声に出したのはウィンザー夫人であった。
「何故、反対なさいますの。私、てっきりあなたは・・・」
眉を吊り上げるウィンザー夫人のこの言葉に対して、トリューニヒトは表情を変えずにこう言った。
「私は愛国者だ。だがこれはつねに主戦論に立つことを意味するものではない。私がこの出兵に反対であったことを銘記しておいていただこう」
トリューニヒトはそう言って会議場を後にしたのだが、会議場の外に待ち構えていた大勢のマスコミに捕まった。
いや、自ら進んでマスコミの中に割り入って、その対応に当たった・・・という方が正しい。
「出兵に反対したそうですが・・・」
「支持率が低下しているそうですが・・・」
「この侵攻作戦をどうお考えですか・・・」
さまざまなメディアのマイクが向けられ、矢継ぎ早に質問が投げかけられる中で、トリューニヒトは、「今の状況での出兵は・・・命取りだと思ったものだからね」と笑顔を振りまいた。
そして、「閣僚の中には『どれほど犠牲を払って、たとえ全市民が死んでも行うべき』などと発言し強硬な人もいたが・・・全市民が死んでもやるべきとは思えなかったんでね」と発言した。
「死んでしまったら・・・国が滅びるのだよ。分かってないねぇ」
そう言いながら、笑みを浮かべる・・・爽やかに白い歯を見せながら。
これにはメディアがすぐに飛びついた。
「誰です、そんな事を言ったのは?」
「・・・あぁ、新任の委員長の1人ですよ」
それだけ言って車に乗り込もうとたトリューニヒトであったが、去り際に急に思い出したかのように、「まぁ、反対はしたが・・・決まった事だし、決まった以上は全力で取り込みますよ。だが、諸君。どうか私が出兵案に反対票を投じた事だけはきちんと銘記していただきたい」と笑顔で発言した。
・・・マスコミはこぞって、このトリューニヒトの発言を記事に書いた。
そして、新任の委員長は贈収賄事件で失脚したクリーヴスの後任の人間しかいない事を知る。
彼等は、彼女がただ綺麗なだけのお飾り人形ではなく、好戦的な人間である事を知った。
マスコミは、ウィンザー夫人の強硬な主戦論について、例の発言を含めて書きたてた。
更に、かつて、強硬なタカ派であった、彼女の父のネルソン・ウィンザー氏についてもこぞって書き、「二代目も鷹だった」と記事は締めくくっている。
言論に自由が許されている自由惑星同盟では、どんな些細な発言であっても明らかになってしまう。
マスメディアが正常に機能している事こそ、自由惑星同盟なのであって、ここは民主主義の正義がまだ残っていると言えるだろう。
発言に関して言えば、「身から出た錆」であり、「口は災いの元」であり、ウィンザー夫人は言い逃れが出来なかった。
結局、帝国侵攻作戦は大失敗に終わり、同盟軍はアムリッツァに於いて、帝国軍に対して大敗を喫した。
その失敗の責任を取る形で最高評議会のサンフォード議長は辞任をし、反対票を投じた3人と棄権をした2人以外は議員辞職を余儀なくされた。
・・・こうして、父と自分の積年の野望であった『最高評議会議長』になれる事もなく、ウィンザー夫人は政治の世界から消えていった・・・。
そう・・・“奇跡”は起こらなかったのである。
THE END
自由惑星同盟の女性政治家のコーネリア・ウィンザー夫人です。
ハッキリ言って・・・マイナーです。
100のお題から、「奇跡」です。
最初は、「魔術師ヤン」とか「奇跡のヤン」と呼ばれているヤン提督で書くかな・・・と思ったのですが、別の点からアプローチして、ウィンザー夫人にしてみました。
多分、銀河英雄伝説の二次小説っていっぱいあると思うのだけど、ウィンザー夫人で書く人なんて相違ないと自負してます。
ウィンザー夫人の声優さんは松島みのりさんです。
松島みのりさんの舞台を見た事がありますが、地声ですね、ウィンザー夫人は。
この方の持ち役で・・・一番のハマり役は・・・「キャンディ・キャンディ」の主人公のキャンディかな。
因みにキャンディの親友のアニーは小山茉美さんですから、ジェシカ・エドワーズですね。
そして、キャンディと同じ一族(キャンディが養女になったアードレー家の人間)には、アリステア・コ-ンウェル(ステア)がいて、ステアは肝付兼太さんなので、ホワン・ルイだったりします。(弟のアーチーはキュンメル男爵の三ツ矢雄二さん)
ついでに言うと、キャンディの初恋の人はアンンソニーで、こちらは井上和彦さんでダスティ・アッテンボローであり、その次にキャンディが好きになる、テリュース・G・グランチェスター(テリィ)はヤン・ウェンリーだったりします。
アンソニーは落馬事故で亡くなり、テリィとは破局するキャンディ。
原作でもアニメでもキャンディがその後、誰と結婚するのかまでは描かれませんでしたが、多分・・・ウィリアムと結婚かな。
このウィリアムは、ウィリアム・アルバート・アードレーで、アードレー家の総長であり、キャンディを養女にした人物。
因みに声優さんは井上真樹夫さんでしたので、銀河英雄伝説では、アンスバッハです。
ウィリアムの秘書はジョルジュで、この声は・・・戸谷公次さんでしたので、シュトライト。
アニメ比較でも書きましたが、キャンディの周りには、親戚や友人に銀河英雄伝説の自由惑星同盟の政治家がいっぱいいて。
恋関係では、キャンディは、自由惑星同盟軍の先輩・後輩コンビを手玉に取っていて。
それから、キャンディを見守ってくれている大おじ様やその秘書は、銀河帝国のブラウンシュヴァイク公の部下だった人ばっかり・・・って環境で。
そう考えると凄いわね・・・キャンディを踏まえた上でキャスティングしていたのだとしたら・・・もっと凄い。←それはないだろうけど。
ウィンザー夫人は1巻の最高評議会の会議の時にしか出て来ないので、勝手に彼の父や祖父などを構築したりしました。
あと、前任者も勝手に作りましたが、前任者が贈収賄事件で辞任したのは、原作にある通りなのですが、どういう件で・・・とは書かれていないので、勝手に作ってしまいました。
原作では、テルヌーゼンは隣の惑星ですが、アニメではハイネセンの隣の市という事になってます。
そして、ここから出馬したのがジェシカ・エドワーズなんです。
・・・そう、テルヌーゼンは中央じゃない。
ここがミソ^^@
それにしても、チョイ役に松島みのりさんを持って来るなんて、さすが銀河英雄伝説です。
普通なら、1回しか出ないような人物で、重要でも何でもないキャラだと、メインのキャストの人がちょっと声を変えて・・・なんて事があるんだけどね。
あ・・・。
レオナルド・クリーヴス、マルケス・ノートン、アルバート・モンスリーは、オリキャラですので、エンクロ見ても・・・載ってないです。