帝都オーディンの4月後半の穏かな陽気だった・・・。
ファーレンハイトは一緒に休みが取れた副官のザンデルスと、いつも行くフィットネスクラブに出かけた帰りに、川沿いの土手に立ち寄った。
特に理由などは無い。
ただ、ここから眺める景色は、この時期素晴らしく美しい。
タダで心が和む景色が眺められるのだ。
それで、ついファーレンハイトは、官舎に戻るには遠回りになるのに、ザンデルスに「川の方から帰らないか?」と提案したのだった。
「え・・・川からですか?」
訝る副官に、ファーレンハイトは笑顔を見せ、「あぁ、それにな、この時期はアレが出るからな・・・」と。
“アレ”と聞いた瞬間に、殊勝な副官は上官の言わんとするところをたちどころに理解した。
「あぁ、なるほど!そうですよね!」と大きく手を叩くザンデルス。
「卿は理解するだろうと思っていたが、分かるか?」とファーレンハイト。
「勿論です。小官は副官ですよ、閣下?」
「まぁ、そうだが・・・」
「善は急げです、閣下。すぐに参りましょう!」と、ザンデルスは今にも駆けだしそうな勢いだ。
ファーレンハイトは苦笑いを浮かべ、「そう急くな、ザンデルス。時間はたっぷりある。ゆっくりと行こうではないか」と2人で歩いて・・・この川までやって来たのだった。
大して大きくもないこの川。
だが、景色は素晴らしい。
「何だか・・・気持ちがいいな、今日は」
「本当に・・・こういう日は気持ちが落ち着きますよね、閣下」
ファーレンハイトとザンデルスは、土手の上をゆっくりと歩いていた。
橋の近くは護岸工事が進んで土がむき出しの所があまりないが、それでも草が沢山生えた土手はある。
草を踏みしめる柔らかな感覚。
子供の頃は水のきれいな浅い川で良く遊んだりしたものだ。
今日は休日である。
こんな風に穏やかに過ごす日があってもいい。
軍人とは言え、絶えず戦争している訳ではない。
時々、ゆっくりした時間を過ごすのは心の洗濯になる気がした、ファーレンハイトだった。
「菜の花か・・・こういう季節だもんな」
「ええ・・・春だなぁ・・・って感じですね」
「さて・・・とアレはあるかな・・・」
「え・・・っと。あ・・・ありましたよ、閣下!うわ・・・群生してます!」
「そうか!それは凄い・・・でかしたぞ、ザンデルス!」
2人が大喜びで、土手の一角を見つめていた・・・そんな時・・・。
「あれ、今日はお休みなんですか?」
何やら上の方から聞き覚えのする間延びした声が・・・。
声のする方を見ると、にこやかな笑みを浮かべたミュラーが副官のドレヴェンツと一緒に立っていた。
思わず、イヤなのに会ったな・・・と思うが、涼しい顔をするファーレンハイト。
「・・・あぁ、やっと休みが取れたんだ。それで散歩がてらこの川に立ち寄ったのだが。卿こそ、なんでこんなところにいるんだ?」
「この先に、美味しいレストランがありまして、そこでドレヴェンツと昼食をとった帰りなんです」
“美味しいレストラン”と聞いた途端にファーレンハイトは思わず、「そこ・・・高いのか?」と聞いてしまう。
渋ちんのファーレンハイトは、外食にあまり金をかけないので少し気になったのだ。
「あぁ、値段ですか。最近評判ですね、このお店。『ラルケル』って言うんですが、相場よりも若干高めでした。でも、サービス満点で、清潔感があって、美味しかったですよ」
「閣下にご馳走になってしまいました。本当に美味しかったですよね、閣下」
ドレヴェンツのセリフを聞いて、渋面を作るファーレンハイトだったが、すぐにいつもの爽やかな表情に戻る。
「そんなに美味いのか・・・なら、俺も前向きに検討してみよう」
そう言いながら、心の中では、(副官に高い店で奢った事を自慢したいのか・・・一体、何が言いたいのだ!)と毒づいてみる。
「ファーレンハイト提督。それに、今日は天気がいいでしょう?それで、回り道をして歩いて帰ろうという事になりまして。こういう陽気の時は気持ちも明るくなりますしね」
ミュラーは眩しそうに目を細めて空を見上げる。
今日は真っ青な空に雲ひとつなく、ポカポカと穏かで風もそよそよと気持ちが良かった。
土手沿いには黄色い可憐な菜の花が無数に咲いていて、眺めているだけで何となく癒される。
似通った理由だが、明らかに違う点が、この二組の上官と部下の間には横たわっているのだが、ミュラーは全く気付いていない。
ファーレンハイトは、(早く帰れよ、馬鹿!!)とミュラーに向かって念じてみるが、元から超能力など無いから、ミュラーは全く気付いてくれない。
それどころか、冷や汗物のセリフを・・・ミュラーは口にした。
「ところで・・・提督。ザンデルス大尉はさっきから何をしているんですか?」
ミュラーは、ファーレンハイトの隣にしゃがみこんで、何やら地面を掘り返しているザンデルスを怪訝に思ったようだ。
ドレヴェンツも不思議そうに、ファーレンハイトの副官を眺めている。
「あ・・・本当ですね。なぁ、ザンデルス・・・卿はそこで何をしているのだ??落し物でもしたのなら、捜すのを手伝うが・・・」
「いや・・・いい。失せ物はたった今、見つかったから。心配させて悪かったな」
ザンデルスは手を泥だけにして立ち上がった。
だが、何も手にしていないので、ドレヴェンツは益々怪訝そうな表情になる。
「ミュラー。これだけ沢山の菜の花が咲いている。これを沢山摘んで・・・花瓶にでも活けたらキレイなんじゃないかなぁ・・・と」
ザンデルスの本当の目的を話したところで、思いっきり笑われるだけだろう。
ファーレンハイトは咄嗟に、手近にあった菜の花を1本手折ると、ミュラーの鼻先に、ずずずい・・・っと突き出した。
「・・・野の花を活けるんですか。あぁ、それは風流でいいですね。花屋で買う花が一番・・・でもないですし。菜の花って本当に可憐ですよねぇ。じゃ、小官は失礼します」
ミュラーはにこやかに微笑んで、未だ腑に落ちない顔をしているドレヴェンツを促して土手から立ち去った。
「はあぁ・・・助かりました、閣下・・・」
ザンデルスの足元には、経った今、掘り返したばかりの幾つもの『のびる』がゴロゴロと転がっている・・・。
それを屈んで拾い上げたザンデルス。
「あともうちょっとで、ここの群生のは制覇出来ます。全部・・・掘り返します」
「あぁ、そうだな。せっかくの機会なのだから掘り返してしまおう。俺も一緒に掘るから」
「え・・・閣下もですか?」
「2人の方が早い。また誰かに会わない内に掘るぞ」
「はい!」
ファーレンハイトはザンデルスの言う群生地を一緒に掘り返した。
2人で協力し合って掘った方が効率が良い。
そして、面白いように・・・とれたのだった。
「全く・・・どうでもいい時に現れるとは、フォーカス・ミュラーとはよく言ったものだな。・・・神出鬼没で侮れない。それにしても、菜の花のお陰で助かったな」
ファーレンハイトは、風を受けて微かに揺れる菜の花を指で軽くはじいた。
「ええ・・・。本当に、菜の花さまさまって感じですよ。あ、そうそう・・・閣下も勿論、『のびる』を食べますよね?」
「あぁ、勿論。こいつは、ビールとかのつまみにはもってこいだよな。・・・へぇ・・・結構取れたんだな」
「これだけ取れれば・・・いいつまみになりますよね」
「・・・よし、ハンカチに包んで持って行こう」
ファーレンハイトは、自分とザンデルスが苦心して掘り返した『のびる』をハンカチいっぱいに包み込む。
泥だらけになった手は川の水で洗い流し、2人は嬉しそうに歩き出した。
「閣下。・・・こういうの、きっと他の方々は食べないんでしょうねぇ・・・自然の恵みなんですけど・・・」
「多分な・・・。こんな雑草みたいな物が食えるなんて思いもしないんだろうな。菜の花だって、こんなに成長したら観賞するしか出来ないが、若い茎は茹でてサラダなんかにすると凄く美味いしな・・・高いレストランなんぞに行かなくたって・・・美味い物は身近にあるのだ」
「本当にその通りです、閣下。来年、また取りに来ましょう」
「そうだな・・・」
2人がゆっくりと土手を離れて歩き始めた後背で、菜の花がゆらゆらと可憐に揺れていた・・・。
Das Ende
100のお題より、「菜の花」です。
4月頃の季節、川沿いを歩いたりしていると、菜の花を見かけます。
風に黄色い花がさやさやと揺れているのを見ると、風流だなぁ・・・って思いますが。
因みに『のびる』とは、『野蒜』と書くのですが、土手沿いで見つける事が出来る野草です。
根の部分を食べるのですが、ちょっと辛味があって、うーん・・・エシャロットみたいな感じです。
その独特の辛味と味噌が合うので、生のまま味噌で食べるのが一番ですが、これはお酒のツマミにはピッタリ。(私は下戸ですが、飲める人は乙な味とかって言いますので・・・)
『蒜』はネギの古名・・・つまり、葱科の植物なんです。
そう言えば、テレ朝の『いきなり黄金伝説』の『1カ月一万円生活』で森三中の村上さんが、「のびる」を採って、これを使ってピザを作っていたことがあったなぁ・・・。
アレ・・・凄く美味しそうでした!!
極貧主従が、何を付けて食べているか気になりますが、チリソースとか、濃い目の辛みの効いたソースとかなら合うかもしれません。
マスタードでもOKかも。
本当に自然の恵みなんですよ、『のびる』って!!
あ・・・そうだ。
岡本信人さんなら、てんぷらにして食べそうですが・・・。←え??<ナニコレ珍百景ですね・・・。