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一昨日から降りだした雨は今日のお昼を過ぎても、依然としてやむ気配が無い。
「困ったわね・・・。今日の天気予報では、お昼前には上がると言っていたのだけど・・・」
当てが外れてしまった私は溜め息をついた。
今日こそはお洗濯をしたかったのに・・・。
私は足元の籐カゴに視線を落とす。
3つある籐カゴの中には・・・。
弟が泥だらけにしたシャツやズボンが・・・それこそ山のように入っている。
それと、今日は家族全員のシーツも。
こういう時は、我が家に乾燥機があったらいいのに・・・と思う。
けれど、今の私達には贅沢が出来る訳ではないし、愚痴を言って始まらない。
乾燥機を買えるのは・・・お金持ちと決まっているのだ。
貴族は家の外には洗濯物を干さない。
天日干しをするのは・・・平民だけなのだ。
我が家は身分だけは貴族だけれど・・・。
裕福ではないから、思いっきり天日干し・・・。
でもね・・・。
お日様の熱で洗濯を乾かすととってもいい匂いがするの・・・お日様の香り。
私は・・・この香りが大好き。
だから・・・早くお天気になってほしい。
こう雨が続くと・・・気が滅入ってしまう。
「あ・・・。もう少ししたら、あの子達が学校から帰って来るわね・・・」
キッチンのテーブルの上には、焼き立てのリンゴのパウンドケーキ。
5日ほど前に安く手に入れたリンゴを使って短時間で焼き上げた簡単な物・・・。
でも、我ながら上手く出来たと思う・・・だって、鼻をくすぐる香ばしい匂い。
・・・私の心はウキウキした。
「ふふ・・・これを見たら、あの子達・・・きっと喜ぶわね」
あの子達が喜んで食べる姿を想像して思わず笑ってしまう。
雨は鬱陶しくて気が滅入ってしまうけれど、こういう時は、あの子達は外に遊びに行かず、家の中にいる事が多い。
それも隣の家に行く事は滅多になくて、いつもうちで遊ぶのだ。
うちには大したおもちゃがなかったけれど、父が古いチェスを手に入れていて・・・。
父は全くやる気配が無かったのだけど、ルールを覚えた2人は雨の日はそれで遊んでいた。
どうやらルールについては、学校の図書室の本で覚えたらしい。
それと2人の雨の日の定番の遊びは、簡単に出来るカードゲーム。
これを教えてくれたのはお隣の子で、弟は「なんでこんなに楽しいゲームを今まで知らなかったんだろう?」と嬉しそうにしていた。
時には私も混ぜてもらって・・・「ババ抜き」や、「七並べ」なんかをして遊ぶ。
『大富豪』というゲームもあるのだけど、負けると「大富豪」から「大貧民」というものになってしまう。
弟は結構強いのだけど、時には負けてしまう事もあって、そうなると「大貧民」になってしまう。
でも、弟は「大貧民」になるのは不本意らしく、「大貧民」になった時点で「もう、やめないか?」と言い出すのだ。
我慢をすればいいのに・・・と思うのだけれど、弟は「現実でも貧しいのに、ゲームでも貧しくなるのは嫌だ」と言ってむくれるのだ。
それで、お隣の子は「それじゃぁ、もうやめようか?」と穏やかに言い、弟のわがままに付き合ってくれている。
この子は本当に穏やかで優しい子・・・私はいつもこの子に同情を禁じ得なかった。
ただ、私の見るところ、弟は昔ほど癇癪を起さなくなっていた。
かなりわがままところは変わらないけれど、お隣の子の言う事だけは聞こうとしていた。
そして、滅多に怒らない穏やかなお隣の子に、弟は全幅の信頼を寄せているらしい・・・のが分かった。
それほど大事な友達で・・・同い年の2人は本当に仲が良かったのだ。
「・・・そうそう。温かいチョコレートも用意しておかなくては」
2人とも、ホット・チョコレートが大好きなのだ。
私はカップやお皿を用意し始めた。
「ただいま!!」
ラインハルトとジークの2人が玄関から飛び込んで来た。
とても元気の良い声・・・明るく弾んだ声。
そして、振り返った私は・・・驚いた。
・・・どうした事か、2人とも全身ずぶ濡れで、びちょびちょだったから。
「あらまぁ!・・・傘を持って行ったのではなくて?」
「持って行ったんだけど、横殴りの雨なんだもん。傘なんてあっても意味がないよ」
「そうかしら?きっと、2人で遊びながら帰ったのでしょう?」
「違うって!」
ラインハルトは口を尖らし、ジークも大きく頷いた。
「あの・・・本当です。僕達・・・決して遊びながら帰った訳では・・・」
ちょっぴりおどおどして、ラインハルトの顔を窺うジ-クのその言葉で、何をしながら帰ったのかは分からないけれど、2人が“遊びながら帰った事”だけは分かった。
でも、それをとやかく言うつもりは無い。
「分かったわ。とにかくそこを動かないでね。・・・今、タオルを持って来るわね」
(また洗濯物が増えるわね・・・)
私は苦笑して、大きなバスタオルを2枚用意した。
それと着替えも・・・2人分。
2階に駆け上がってタンスを開ける。
ラインハルトの服だけど・・・いいわね。
階下の玄関に行くと、ラインハルトとジークにタオルと着替えを手渡す。
「ありがとう・・・姉さん」
素直にタオルと服を受け取るラインハルトと対照的に、「あの・・・本当にすみません・・・」とジークは申し訳なさそうに受け取った。
「いいのよ。そのままだと風邪をひいてしまうもの。遠慮しないで着てちょうだい」
「姉さんの言うとおりだ。貸してやるから着ておけよ」
「うん」
ジークは素直に頷いて、シャツに袖を通した。
タオルで髪を乾かしていたラインハルトが、「あれ、姉さん・・・ケーキを焼いてくれたの?凄くいい匂いがするよ」と声を出した。
「・・・ええ。2人の着替えが終わったら切ってあげるわね。・・・ホット・チョコレートもあるのよ」
「な、キルヒアイス、言ったとおりだろう?姉さんがケーキを焼いて待っていてくれるって」
ラインハルトはジークに得意そうに言う。
「うん、いつも凄いよね」
ジークも目を輝かせた。
「・・・僕の家じゃ・・・ケーキなんか焼いてくれないもん。父さんが甘いが苦手だからって。・・・僕まで苦手な訳じゃないのにね」
「ふぅん・・・そうだったのか。じゃあ、羨ましいだろう?僕はいつも姉さんのケーキが食べられるんだ」
「・・・うん。アンネローゼさんのは凄く美味しいしね。ラインハルトが羨ましいよ」
「そんなの当たり前だ。・・・姉さんのケーキは誰にも真似出来ない味さ!世界一なんだ!」
ラインハルトは胸を張って言い、何だかちょっぴり偉そうだった・・・。
上から偉そうに物を言うのはどうかと思う・・・こういう性格は、将来の為に直した方がいいと思うのだけど。
「2人とも着替え終わったようね。・・・これから食べましょうね」
「やったぁ!キルヒアイス。良かったな!」
「うん!楽しみだね!」
弟達の会話に笑いをこらえながら声をかける。
「はい、沢山あるからお代りしてね。・・・それから2人とも、お行儀よく食べるのよ」
私の声に呼応して、2人は素直に並んでテーブルについた。
切り分け始めた私がジークにケーキの皿を出しだす。
すると・・・。
「あ、姉さん!そっちの方がが大きいよ!それは僕のだ!」
ラインハルトは口を尖らして子供じみた事を言い出す。
そして、ジ-クに渡したお皿を強引に自分の物にしてしまった。
そのわがままな態度に呆れてしまう。
・・・誰に似たんだろう、こういうところ。
「まぁ、ラインハルトったら!わがままはだめよ。とてもお行儀が悪いわよ。さぁ、それはジークにお上げなさい!」
「あ・・・いいんです。僕はこちらで十分ですから」
ラインハルトのよりほんの小さなケーキの皿を自分の前に置いて、穏かな笑みを浮かべるジーク。
それを見てラインハルトは、「ね、姉さん。キルヒアイスはそっちでいいんだってさ」と屈託なく笑っている。
けれど、私はジークが自ら進んで折れてくれているのだと気付いていた。
気付いていないのはラインハルトの方。
同じ10歳だけど、私にはジークの方が大人に見えた。
(もう、ラインハルトったら本当にわがままなんだから・・・)
ラインハルトの言葉に私は溜め息をついた。
それを察したのか、ジークは「あの・・・僕は大丈夫ですから」とにこにこしていた。
私は弟がいい友人を持った事を天に感謝したけれど、こんな振る舞いを二度としないように、ラインハルトにちゃんと言わなければ・・・と思った。
この性格だけは早く治さないと、その内に痛い目に遭いそうだと思ったから。
「姉さん、お代りある??」
ラインハルトが空になったお皿を持ち上げた。
「あと、ホット・チョコレートも、もうちょっと飲みたいんだけどな・・・」
ラインハルトは、どうやら、お代わりが欲しいらしい。
でも、私はラインハルトには答えずに、ジークの方に声を掛けた。
先程の件があったからだ。
「ジークも・・・まだ食べる?」
「もし・・・あれば」
一瞬、言葉に詰まりかけるジークだったが、彼もお代りをしたいらしく小さく頷いた。
「ほら、姉さん。キルヒアイスもお代りしたがってるよ?」
ラインハルトのこの言葉を聞いて、私は新しいケーキを切り分けてお皿に乗せた。
「はい、どうぞ」
2人には分からないぐらい、だけど・・・ジークにはほんの少しだけ、ケーキを大きく切った。
そして、新しいホット・チョコレートを作る為に立ち上がる。
その時、窓辺に行ってふと耳を澄ますと、雨は上がり始めたのか、音が小さくなっていた。
庇からポタポタと垂れる雨垂れは激しさを抑え、優しいゆっくりとした規則正しいメロディを奏でていた。
「・・・ねえ、明日は晴れるかしら?お洗濯物を干したいのだけど・・・」
「晴れるよ。なぁ、キルヒアイス。僕、姉さんの為にお祈りしようかな」
「うん。それがいいよ、ラインハルト。・・・そうだ、僕もお祈りするよ。2人で祈ったら、大神オーディンも聞き届けてくれそうだよね」
「聞いてくれなきゃ、絶対に困る!!姉さんが可哀相だよ!!」
急に大きな声を出すラインハルトに、「本当にそうだよね」と穏やかに言うジーク。
2人の言葉に私は嬉しくなった。
「・・・はい、おかわりのホット・チョコレートよ。・・・身体が温まってよ」
Das Ende
100のお題から、「雨垂れ」です。
ライ&キル&姉上の出会った頃の、まだ2人が純粋だった頃の話を書こうと思い立った時に、話が書けそうだな・・・って事で書いたのがこの作品です。
ラインハルトもキルヒアイスも遊び盛りの少年です・・・10歳だし。
私思うんだけど、やっぱり10歳は子供だよね・・・って。
それと、この時期だとね、キルヒアイス・・・。
ラインハルトの事を「ラインハルト」って、名前で呼んでるんですよ。
それが書けるのは本当にこの時期だけ。
まさに、「少年の日の思い出」なのです。
アンネローゼが心配していたラインハルトのわがままな性格。
・・・まさか、あんな形で返ってくるなんて、この時は気付かなかっただろうなぁ。
そして、ラインハルトに言う前に・・・皇帝の元に送られたのだとしたら悲劇だ・・・なんて、書きながら考えてしまいました。
なお、「雨垂れ」については、同盟のエースコンビでも作品を書いてみました。
同じタイトルなのに、書く人物や、シチュエーションが異なると、全く違うものになる・・・書いていて楽しかったです。
こちらも近日中にはお目にかけます。
それから作中に出て来た乾燥機の話ですが、日本では天日干し・・・皆してますが、アメリカでは天日干しは嫌われるそうです。
中には条例で、外に洗濯物を干しては行けない地域もあるそうです。
外に洗濯物を干す=低所得者層なのだそうで、早くから乾燥機が出ているアメリカでは、乾燥機を持つ事が金持ちの証なんだって。
だから、海外からの旅行者や、日本に住む事になったアメリカ人は、洗濯物を平気で外に干す日本人に最初は戸惑うのだそうです。
でもね・・・外に干した方が経済的。
エコ・・・なのにね。
最近は、アメリカでも天日干しを推進する人達もいるらしく、少しずつ変わってきているそうですが・・・。
因みに我が家の洗濯機は一昨年壊れて・・・乾燥機付きのを買いましたが・・・乾燥機は滅多に使ってません。
雨の時ぐらいかな。