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山に帰ろう!卵巣がん3C治療記tubameのブログ

平成25年3月に突然腹水が溜まり卵巣がん発覚。試験開腹、抗がん剤PI6クール後の、10月に原発摘出オペ。現在も抗がん剤治療が続きます。
山歩きが大好きな山女、いつかまた山に戻る夢を見てます。

痛みは薬でコントロール

点滴のバックを持って、突発的な痛み薬咳にはオプソ、舌下錠名前忘れてるけど、動悸にも対応薬

これらを駆使して
これまで外泊一回、外出は4回くらいかな

タクシーだったり、息子達迎えだったり

銀行に行って解約したり、紳士服のなんとかで息子達の礼服、次男の就活バック、ワイシャツ、ネクタイ、靴下までお買い物(^^)

母のその日にかかと靴下は勘弁して欲しい(~_~;)

担当のお姉さんにすべてお任せして、母の私は椅子でノンピリ。

案外楽しい時間を過ごしています。

いやいや、
親バカだけど2人ともフォーマルもよく似合います。
入社すれば、すぐにでも必要になるだろうフォーマルは母が買ってあげたかったものの一つ(^^)
 
買い物って楽しいです。
生きていることを実感します。

途中の痛みや呼吸苦のための
オプソやその他の薬もお守りにして

兄の家族とお世話になったお好み焼きやさんで食事会をしたり。
まだ食事はゆっくりですがとれていますので(^^)

毎日、時間によって、身体の辛さや症状は違うので
もうダメかと、あと少しを心は行ったり来たりです。

長男が頑張り過ぎていて、かわいそうでなりませんが、誰もが通る道なのでしょう‥私はその点ずるかったかな。
身内のトップなので(~_~;)

みんなに大事にされて幸せものです。

昨日は、次男と調理実習(^^)
冷蔵庫の残りもの処分を兼ねて。

ほぼ初めて、次男に買い物も頼みましたorz

何もやらせてこなかった事を心の底から後悔しています。orz

精米して、ご飯を炊いたのは長男

メニューは、野菜炒め、グリルで焼く鶏モモ肉、オーブントースターで焼く、ササミのチーズ焼き、わかめと豆腐の味噌汁

簡単なものばかりです。

私は横から指示を出すだけにしました。

長男は2年間の留学生活で苦労しましたが、次男はまるで経験無しとはいえ、焼肉屋でバイトしてますから、少しはやれるかと思ってました。

が、大間違いでした。

モモ肉を切るだけで悪戦苦闘すること20分orz
ノコギリのような包丁さばきにも、口をはさまずじっと耐え(~_~;)
ようやく魚焼きグリルの網の上へ

ササミのスジを取ることも、見本を見せても彼には厳しすぎる‥
まぁべつにスジなんかとらなくてもいいしね
塩胡椒ととろけるチーズとオリーブオイルでオーブントースターへ

野菜炒めは、冷凍庫に残っていたひき肉と炒めるだけ、塩胡椒と中華調味料は次男の舌に任せた。(はじめは私が作るつもりでいたので、痛み始めていた野菜のカット処理はすでにやってしまったのでした。)
片栗粉の使い方までは教えました。

いやいやほんとに忍耐です

結局味噌汁までは無理だったので自分でやってしまった(~_~;)

久しぶりの親子の自宅での食事は楽しくて少し悲しくて

コンビニがあるし、弁当屋もあるけど
食事は大切な事だったのに

どうして教えてやらなかったのだろう

もっともっと手伝わせるべきでした。

せめて病気がわかってからでも、時間はあったのに、ばかでした。

自分だけが頑張る事に自己満足していたのです。

もっと先の彼らの事を
考えて、簡単な調理をやらせれば良かった。

彼らの面倒をみることが私の生き甲斐だったのは確かですが、残念でなりません。

家事の出来ない男なんて、どうしようもないのに(~_~;)
自分でそれを経験してたのに
ばかな母が使えない男を育ててしまうのです。

これからでもいいから、自分でご飯を作りなさいと
言い聞かせました。

長男は彼女に指導を受けるとして
次男がなぁ(~_~;)

おばあちゃんの手伝いをさせることにしてみましょうか(~_~;)

こんなところまできて
後悔の一つがこれですから

笑ってやってくださいませ(~_~;)