辰八と洋子の物語②
二、必殺ちゃぶ台返し!
いつの頃からだろう…。
「ペタありがとうございます。また来ます。」
というコメントを多く目にするようになったのは…。
初めのころは、
「訪問ありがとうございます!これからもがんばるので、是非またお越しくださいね!待ってますからね!」
と本気でこの反応に歓喜の声を揚げ、心の糧にして、一日一日に感謝したものである。
お礼の訪問もしたし、自称アーティストでありながら、このころから人の記事が気になりだす「ブロガー」に変身を始めていたのかもしれない。
朝目覚めると、いつもペタをくれる人に一気にペタをしていく。仕事の合間にも知らない人からペタをもらうと、補完ペタをしていく。怪獣が当たり前になっていく毎日の中で、歌に関してのコメントは、殆んどなかった。
「いい歌ですね!」
それだけかよ…(汗)。
「本当に三十二歳?」
歌に関係ねぇだろ…(汗)。
「かわいい顔してますね…」
そ、そうかな…?(///∇//)
というより、この時期のプチメは本当に嫌だった。(どうしてコメント欄に書かない?)
(ノ-_-)ノ~┻━┻
俺は顔文字が気に入ると、それしか使わなくなる。今は「(´―`) フッ・・・」しか使わない俺が、
「(ノ-_-)ノ~┻━┻ 」
しか使わなかった年末年始に、事件は起きた。
おそらく、俺が親しくお付き合いをさせて頂いている方の大半は、あの日の爆発記事からの付き合いの方が殆
んどのはずである。
「ペタありがとうございます?また来ます?なめんなぁ!(ノ-_-)ノ~┻━┻ 」
こんな喧嘩上等記事を、たかだか読者三人の男がぶち上げたあの日、すえぞうさん、はぐれスライムくん、KAZUさん、ささらさん、まるべりーさんという、今ではいないと物足りなくなる面々が、「兎の休日」に訪れてくれたのである。
偶然にも一〇の位の切ペタ訪問で、俺がコメントを書きに行った偶然が、今時のNET人間と違う「真人間たち」と引き合わせてくれたのは奇跡に近いものがある。
お世辞はこのくらいにしておこう…
(´―`) フッ・・・
「本日の初ペタありがとうございます」
「本日一〇人目のペタありがとうございます」
「本日二十人目のペタありがとうございます…」
俺がこの言葉の後に記事に対してのコメントをちゃんと書いていた事は言うまでもない。この時点で自称アーティストブログにありがちな、自閉ブログではなくなっていた。
しかし、あくまで唄を聞いてくれる友達が欲しかったので、恋愛目的ではなかった。あの雨の夜の屈辱が、恋愛を回避していく毎日の中で、ペタ訪問も明らかに奥様ブロガーだとわかる女性ブロガー以外は、コメント欄でなく、わざわざBBSに記事のコメントを残していた。
その中に見つけたんだよね~♪よーちゃんを。
セピア色の編集写真を見て、
「昔アイドルか…?( ̄□ ̄;)!!」
これが第一印象だった。初めて読んだ記事は、「男にもてる女の条件」。
歩き方、しゃべり方、話の聞き方…。こんなのできるかぁ!ぼけぇ!
…(汗)。
なんだこいつ…( ̄□ ̄;)!!
あれが第二印象だった…。
辰八と洋子の物語①
こんにちわ♪
皆さん元気ですか?
たっちゃんだよ♪
さくらんぼもRINOもすももも、気がねなくおいで♪
seaちゃん、園子みたいに、俺達のことを理解してくれよ♪
「三年Y組」にはいりましたぁ~♪」って、俺やよーちゃんを訪ねてきてくれたみんなを
悪く思ってるはずねぇだろ?
(´ー`) フッ・・・
誤解は解いておかないとな♪
それからのっち!
一人ひとりにレス返さなくていいからね!
調子のいい時に「みんなありがとう♪」
って書けばいいことだよ♪
((辰≧∩_∩≦八))
それでは、みなさん!お待ちかねの「辰八と洋子の物語」をお届けします。
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「辰八と洋子の物語」
佐々木辰八
一、放置サイト「兎の休日」
二〇〇七年、九月。
俺は真理に呼び出され、別れの宣告を受けた。
振り返ってみれば、俺たちがうまくいっていた時期など、一年以上前に終わっていた話だし、二人が恋人だと感じた時間は1っか月にも満たないものだった。
土砂降りの雨の中で彼女の手を握りしめながら、無言でいた数分が、二年半という彼女を追いかけていただけの片思いの時期を振り返させた。
女なんて勝手なものだ。
自分で俺を振っておいて、平気でメールを繰り返す。返事を書かないと「迷惑ならやめようか?」と尋ねてくる。
俺がどれだけ、心が壊れたと言って遠ざかっていくお前を追いかけたと思っているのだ。
打ち震える心の葛藤が、俺自身の心も破壊していくような毎日だった。
再び音楽も軌道に乗り始めた31歳の九月。
自分自身にはい人という烙印を押した俺はもういないと信じたかった。
しかし、高校時代に好きな野球に打ち込みすぎたために、突き指を繰り返した俺の左指は、ギターリストになるのには泣けてくるほど、無様な動きしかできないものだった。
仕事やバイク事故の骨折から、時々動かなくなる小指と薬指。
俺はストロークでギターをかきむしる演奏しかできなかった。
自分のホームページも更新できないまま、どれだけの無駄な時間を真理に費やしてきたのだろう。
いつか俺の指は動かなくなり、ギターが弾けなくなってしまうのではないか?
彼女からのメールが全く来なくなるまで二時間はかからなかった。
鏡の前に俺がいた。
むくんだからだと、光を亡くした目。
何が俺を動かしたのだろう。
「もう一度歩くしかない。」
この言葉が再び人生をやり直させる気にさせた気がする。
放置サイトだったブログがあって、そこで自分の唄を全曲発表できないかと考えていたんだよ。
そう、その前に動画に映るんだから、痩せなくちゃな…。
そんな言葉でまずは、ダイエットを始めたんだっけ…。
痩せるのは簡単だった。
一週間で10キロ減を成し遂げて、一年間今日までそれを維持している。
そして、寒さに凍える11月。
32歳になった俺はアメーバブログ「兎の休日」の更新を復活させたのだ。
どれだけメールを送っても返事すらくれない女を追いかけていたせいで、俺の性格上、そんなに心を壊しているのならと、俺が立ち直るきっかけになった一言日記を、ひたすらに積み重ねた一年半のブログには、記事なんてひどい時には一か月に一つあるかないかといった、お粗末なものだった。
コメントなんかありやしない。自分でURLなしでいろんな名前を使って、一人演技でコメントを書いたり、返事まで書いたり、ペタスラ自分一人でつけている日が続いていた。
何ちってアーティストブログにありがちな、格好つけの記事で本人は格好良くなんてないのである。
何とか人を集めて、俺が過去に作った歌を聞いてもらえないものかと、試行錯誤を繰り返した。
俺の唄を聞いてもらいたかったのである。
この動機がのちに出逢う洋子との出逢いを自然なものにしてくれたのである。
きっと、俺が恋を求めていたら俺たちは一緒にはなっていなかったはずだ。
めちゃくちゃさみしいサイトだったので、たまにはいるペタに心から感動したし、読んでもらったのだと信じていた。
あの有名な「○の詩」さんからもらったコメントに感動して、毎日コメントを書きに行ったものだ。今日もありがとうございます。って心の底から感謝していた。定型文だと気づくまでは…。
先にもふれたが、目的は唄を聞いてくれる人を集めたい。それだけだった。
ペタをすると、ペタが増えていく魔法に気付いてから、ペタだけは100件を超える毎日が続いていたが、その中には女性もいて、コメントしてくれればいいのに、いちいちプチメでくると、
「ランキングのポイントにならねぇじゃねぇかよ…(汗)」
と意味なくその人を避けたりする、変わった独身男性であったことは言うまでもない。
次第にアメブロの仕組みが判りかけてくると、「○の詩」や「○ンシャーン」がうっとおしくなってくる。
放置サイトで読者0の俺のブログにも、読者が3人ほど付いていた。
2007年の終わりの話である。
そしてこの時点までに、学生時代に作ったアルバム4枚分を発表することもできていた。
39チャンネルの原型である。
カメラを置いて歌うだけ。面白いものではなかった。
ここまでくると、過去の恋もうっとおしくなってくる。お花畑の女の子並に、連れない女に媚を売っていた時代を隠したくてたまらなくなっていた。
2008年。1/5の事だった。
ペタをくれた人全員にコメントを書こうと思い立ったあの日。
その中に洋子がいたのである。
続く( ̄□ ̄;)!!
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