いわゆる一夜というやつを過ごして1週間が経った。
俺の今の生活はあの日から何一つ変わっていない。

「…ん」

コーヒーをコクリと喉へ流し込むと、少し強い酸味に眉を寄せてしまう。
新聞の紙面をめくり気になる記事をチェックしていくが、内容が全く頭に入ってこない事に気が付いて、小さく小さく舌打ちをする。

人は少ないといっても、ここは会社内にあるカフェの席。
誰に見られているか分からない。
堕ちていく気分の原因を探ると、自然と浮かんだ名前に苛立ち下唇を噛んだ。


何が一夜限りでお終いにしないと、だ。
自惚れていた自分が嫌になる。
俺の方から離れなくたって、あいつはちっとも追っては来ないじゃないか。
それどころか日が経った今でさえ、あの日あいつを鮮明に思い出すのだから自分のその記憶のほうがよっぽど性質が悪い。


「翔君!」

いや、前言撤回。
自分のほうが悪いなんて事はやはりない。

突然目の前に現れた後輩の口元を見ながら、隠す事なく顔を顰める。
席を立とうとすると、松本から肩を掴まれて再びイスに腰を座らされた。


「元気だった?一週間ぶりだね」

こいつは…

無言でいると、何?どうしたの?なんて小首を傾げやがる。
そんな濃いツラして、かわいくねえんだよ。

「あの日はごめん!俺、次の日ちょっと急ぎの用事あったから先にホテル出たんだよ。
翔君、すげえ気持ちよさそうに眠ってたから起こせなくて。んでさ、もし良かったらなんだけど、今度…えっ?翔君?」

おーい、と手首を振って俺が聞いているかを確認している姿に、我慢していたものが一気に押し寄せてきた。

乱雑な音はそのカフェに無機質に響く。
幸いなのは他に客がいなかった事だ。
たった一人表にいた店員は、色々と慣れてるのか俺たちに視線を向ける事もなかった。
勢いよく席を立った衝撃で、少しばかり遠くに滑ったイスが斜めに傾いていた。

「しょう、くん…?」

「お前、もう俺に話しかけてくるな」

自分の限界であろうと思われるくらいの最も低い声を出した。

無表情に見下ろし、新聞を手にその場を離れる。
追ってくる足音は聞こえなかった。