言葉が映像になる。

言葉で構築された世界を映像を構築し直す、それが、小説の映画化だと思っていましたから、不思議で、言葉に引っ張られない映像のあり方が不思議で、でも、彼が見ていたのが彼の向こう側だと分かれば、それは当然で、柴田元幸さんはそれをテキストゼロと呼んでいて、翻訳の世界ならばそれは英語で構築された物語の向こう側、つまり、言語化される前の世界にアプローチしてそれを日本語で物語る、みたいなことを言っていた気がするのですが、気のせいかもしれないし、私の思い違い受け取り違い歪曲の可能性もあるので、あくもでも仮の話として推し進めるなら、スタンリー・キューブリックが見ていたのはアーサー・C・クラークの向こう側、言葉で作り上げられた物語を突き抜けて、世界そのものを、そのまま映像で描いて見せた、つまり、世界は一つ、語り部は二人、一人は言葉で物語り、一人は映像で物語る、二つの物語の狭間に立って初めてテキストゼロの存在を知る。

彼らが見つめた世界。

二人の世界。

「レイプはお互い様だった」

試写会の後にクラークは、そう答えたという。

ならば、それは、愛。

お互いに襲いあったのならば、それは愛し合ったのだと私は思う、腐女子だから。

一つの世界を二人で見つめた、それは、ロマンスの世界でも、ブロマンスの世界でも、BLの世界でも愛と呼ぶし、愛としか呼ばないし、突き抜けて、テキストゼロさえ突き抜けて、おっさん二人の場外乱闘を愛憎劇として堪能する、なんだか、もう、腐女子ここ極まりました、行くか、次に、栄えあるネクストステージ、貴腐人の世界に進みたいと思います。

おめでとう、私。





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意味が分からなかったんです。

驚いたとか、それ以前にです。

だって、それは『ドラゴンボール』に例えるなら、スーパーサイヤ人になったのにフリーザと戦わないみたいな、戦おうよ、そこは、戦おうよ、みたいな、でも、お風呂に入ってよくよく考えたら、そうね、よくよく考えなければ分からない時点で娯楽作としての資質を問おうと思えば問えるけど問おうとすら思わないのは映画的常識、或は娯楽作的方程式に囚われて、結果、脆弱に成り果てた私の映画偏差値では、この作品を消化できないと本能が吠えていたから、考えて、娯楽作ではないのかもと、そもそも、『里見八犬伝』にしても『魔界転生』にしてもトンデモ時代劇≒とんでもない時代劇だからこそ娯楽作の範疇は逸脱しない、そんな不文律を愛でてきたきた眼にはとても娯楽作と映らないのは、その戦いのクライマックスを描かずに終わる衝撃の、しかして、『剣とは道である』の一言を伏線とするならば辿り着くべきは境地であって決着ではなく、描くべきは戦いそのものではなく戦いの中で如何なる境地に達したか、その瞬間をクライマックスとするならば、あの燃え盛る炎の中をおいて他はなく、その刹那に物語が閉じるは物の道理と思えども、この、ナメック星に一人取り残されたような心持はいかんともしがたいのは、だってさ、別に境地とか見たかった訳じゃなくて、只、チャンバラ映画を楽しもうと思ったら、チャンバラの最中片一方が悟っちゃって、どうした?どうした?ってなるじゃん、なったよ、なったけど、映画って悟りも描けるんだなって、悟りすらエンターテーメントに持っていく、丸一昼夜考えて、寝不足だよ、お陰様で、その結論に辿り着いて、なんか、私もとても自由になれた気がして、映画ってなんでもありだなって、これも、きっと、一つの悟りならば、その意味で中村錦之助主演『真剣勝負』はやっぱり、悟りエンターテーメント。






蛇足。

なんか、恐い。

なんか、一日経って読み返してみると、なんか、文章が、途切れのなさが、勢いが、まるで、かおなしが黒い物体を吐き出していた例のあれを思い起こさせて、確かにすっきりはして、昨日、吐き出すように文章を書いて私はすっきりしたけど、もし、なにげなくブログを読んだだけなのになんでか恐い思いをしてしまった人がいたらごめんなさいだし、アマゾンと楽天を調べてみたのですが『真剣勝負』のDVDは扱っていなくて、もし、万が一、いないとは思いますが、今回紹介したつうか吐き出した作品を見たい方がいらっしゃいましたらチャンネルNECOで再放送があると思いますのでそちらをどうぞ、Vシネ作品の充実っぷるもさることながら時代劇のセレクトにも揺るぎないセンスが光るスカパーのチャンネル一つです。

頼まれてもいないチャンネル紹介おしまいっ!!

6月が消えました。

7月が消えました。

アメブロは記事を書かない月は省略されてしまうから寂しくて、まるで存在しなかった月のように思えて侘しくて、このまま8月も空白として記されるのかと思うとふいに夕風に季節の移り変わりを感じて、せめて、今月見た映画について一言づつでもいいから感想を綴ろうキーボードをたたいていたらVシネ賛歌となりました。大変に私らしい流れですね。一気に元気が湧きました。それでは、夏の記録と言う名の賛歌です。どうぞ。




『難波金融伝・ミナミの帝王・銀次郎VS整理屋』

そうなのよ、銀ちゃんは正義の味方なんかじゃないの、金貸しなの、只、貸したお金をえげつない方法で回収している過程でたまたま人生を救われる人々が派生してるだけなの、この、ダークヒーローを通り越してアンチヒーローの方程式は、只、扱いがややこしく、時に正義に振れ過ぎて、時に冷徹に振れ過ぎて、なかなか正解まで連れて行ってくれないけれども、今回はチェイホフならば『桜の園』人生は喜劇であり悲劇であるならば描くべきはそれそのものとばかりに、どちらにも振りきれない現実と言う名の狭間を駆け抜けていくその姿こそがカタルシス。




『難波金融伝・ミナミの帝王・消えない傷跡』

だって、リアル百鬼夜行なんだもの、魑魅魍魎ども跋扈しすぎなんだもの、こんな世界に組み込まれるくらいなら、ここで、俺、頑張って生きていこうって、だって、網膜に各種の地獄が刻まれたら自然に渇望するよね、健全な世界を、心底だよ、真っ当に生きる価値を知る、この疑似体験は青少年にこそ必修なんじゃないかしら、人生の教科書としてのVシネマ、違った、人生の裏教科書としてのVシネ、推薦です。




『難波金融伝。ミナミの帝王愛人契約』

よく分からないのですが、竹内力先生はお色気NGなのかしら、銀にしても仁にしても男と男の魂の絡みはあっても男女の絡みは一切なしだから、由美かおる先輩がひと肌抜いている分『水戸黄門』の方がお色気偏差値高いって人生の裏教科書なのに健全過ぎて不満です。のーえろのーらいふ。





「難波金融伝を全部見た女って呼ばれたい」

いつの頃から、そんなことを思うようになったのか、おそらく、全60話とういう、どこの大河ドラマだよ、みたいな本数に圧倒され、魅了され、気が付けばそれこそが己の目指す頂と思い込むこの感覚は鳳仙高校における最終決戦で歪な憧れを吐露した漆原凌のそれに近いのか、

「芹沢多摩雄を倒した男って呼ばれたい」

私も、呼ばれたい。

そして、ひけらかしたい。

憧れを食らいつくした称号としての通り名を、誰に理解されなくていい、自分でも理解できてないし、只、この胸の渇望するまま、私は私の最終決戦の場を目指して、この屋上へと続く階段を上っていきます、みたいな私以外の人間にとってはびっくりするくらいどうでもいい事柄を声高らかに宣言できるのがブログのよろしいところですよね、夏。





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