うさぽんまのブログ ~アメリカで配偶者の家族が亡くなった時の手続き等体験談進行中~

うさぽんまのブログ ~アメリカで配偶者の家族が亡くなった時の手続き等体験談進行中~

徒然なるままに・・・硯じゃなくてパソコンに向かう
(本ブログに記載されている内容は個人の一体験に基づく記録であり、アドバイスの意図はありません。)

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九子が去ってから、我が配偶者が「我」に電話を掛けてきた。

 

『なんか、誰もいない。』真顔

 

と言う。

 

曰く、数日前まで九子宅前でバーベキューをするほどわちゃわちゃたくさんいた兄弟姉妹やら親戚やらが、

 

九子が亡くなったらとたんに潮が引くようにすーっといなくなった、と。

 

もちろん、九一子はいる。

 

九子がホスピスケアになってから何日か滞在していた人々は、取れる休みの日数にも限りがあるのだろう。

 

アメリカの他のエリアで葬儀に出たことがないので分からないが、この地域では遠方からやってくる人も多いため、葬儀は週末に行われることが多い。九子は火曜日に亡くなったが、その週末では日程的に厳しいから翌週末が葬儀になる可能性は高く、そこまでずーっとは居られないと判断した兄弟姉妹がいても無理はない。

 

ということで、兄弟姉妹の中に、ここから葬儀までのこまごましたもろもろの対応は我が配偶者がやるんだろう、的暗黙の了解ポーンを見た気がした「我」。分かってたけど。滝汗

 

そんな会話をした後、三男が九子宅に現れた。九子を偲ぶため?という我が配偶者の予測は、

 

「なんか食うもんない~??」

の一言で打ち砕かれた・・・。叫び叫び

2022年1月25日、義妹(九子)は旅立った。泣くうさぎ

 

その日九子の見守りに来ていた家族の一人が、九子が息をしていないことに気づき、すぐホスピス看護師へ連絡。電話

 

その場にいた六男が、兄弟姉妹(プラス「我」と九子の元夫G男)で作ったグループテキストに「九子が息をしていない」とメッセージを入れてきた。

 

メッセージを受けて、別の場所にいた我が配偶者も九子自宅へ急行。車

 

九子自宅に到着したホスピス看護師から要請され、検視医も九子自宅へ。

 

検視医到着後、検視医が必要な情報を集め、16時20分に死亡が宣告された。

 

検視医が来るときには、併せて神職者も要請されるようで、死亡宣告の後ご遺体を囲んでのお別れとお祈りのような場が設けられた。

その後、ホスピス看護師から連絡を受けて遺体の引き取りにやってきた葬儀場の車に乗って、

九子は自宅を後にした。

 

我が配偶者は、九子が自宅から運び出されて葬儀場の車に乗せられて去る間、プリンスのパープルレイン(Purple Rain)を流したんだそうな。(リンク内、曲は1:10くらいから)

バイバイ、九子。。泣くうさぎ

 

 

 

ブログ、気づいたら1ヶ月書いてなかった。ガーン

 

・・・

 

義妹亡くなってから4か月が経った先月末、やっと義妹遺灰の落ち着き先が決まった。

 

ひと段落と言えばひと段落だが、

 

ブログはまだまだ終わらぬよ。

 

書きたい情報、さらに増えてるし。

 

ぽちぽち再開。

一通り決めたところで葬儀場でのミーティングはとりあえず終わり。

お支払いは、正式な明細書兼請求書ができた時点でまず中身を確認して合意の署名をし、

その後の手続きとなる、ということでこの日は無し。

 

その後。

 

葬儀場のミーティング以降、九子が旅立つ以前のある日のこと。

なぜか九子の家の前のスペースで、兄弟姉妹と近隣の親せきが集まって、バーベキューをすることに。びっくり これは「我」も初めて聞くパターン。

 

家の前のスペース・・。何と説明すればよいか分からないが、要は車を停めるために使う、

雑草の生えた、何もない場所。

なんとなーく舗装されている部分もあって、なんとなーく家に向かって延びてはいるが、

舗装されている部分の幅は、一般車より狭かったりする。ニヤリ なんじゃらほい。

 

とりあえず場所はあるので、誰かが大きなグリルをそこに持ち込み、

皆で料理しながら食べて飲む。

結局食事はしなくてはならないことを考えたら、安いし合理的ということか。

 

家の中には、ひたすら眠る九子。

母親がなぜひたすら眠るのか、今一つ状況を把握できていない九一子。

 

兄弟姉妹たちは、こんな形ででも、皆で一緒に時間を過ごそうと思ったということだろうか。

「我」が我が配偶者の配偶者(ややこしい滝汗)になってから参列した葬儀は、この時点で6回。アメリカで4回、日本で2回。アメリカの4回はすべてミシシッピー州で、うち2回はその日のうちに埋葬だったので、墓地まで行った。

 

ミシシッピー州のあたりだと土葬が主流のようで、葬儀の後、参列者は棺が乗る車を先頭に各自の車で墓地への列につく。墓地で最後のお別れが終わった後、クレーンで土の中に下ろされていく棺を見守ったところで終了、という流れだった。

 

葬儀場でのミーティングで、葬儀場のお兄さんが土葬前提でこれはどうしますか、あれはどうしますかと質問し始めたあたりで、G男が「九子は火葬希望だった」と言い出した。二二子が賛同する。我が配偶者は寝耳に水な反応。

 

火葬ですね。それでは、このオプションはー、あのオプションはー、というお兄さんの説明を遠くで聞きながら、我が配偶者が以前日本で体験した葬式について「我」に話していたことを思い出していた。

 

我が配偶者、日本で「我」の伯父と祖母の葬式を経験している。配偶者は、日本の火葬場での体験を、非常にクリーンで且つ心にけじめがつくやり方だと思ったそうだ。「Closure」という言葉を使っていた。土葬で見送る時の心持ちとは全く違ったらしい。

 

日本の場合、最後のお別れをして火葬室に入っていった棺の中の故人が、次にお目にかかった時にはきれいなお骨となって出てきて、親族によって交代で骨壺に収められる。最後は、係りの方が細かい骨までほうきとちり取り(という名前ではないかもしれないがうーん)を使って、故人の一部が置き去りにされないように集めていく。持ち運べるサイズになった故人が遺族の腕へ戻り、一つの区切りを迎える。この儀式化された無駄のない流れが、我が配偶者にとってはとても新鮮で納得のいくものだったらしい。

 

一方、これまでのミシシッピーの葬儀では、髪型や服装が整ってまるで寝ているかのようにきれいなままの知り合いや親族が横たわっている棺が、目の前でガラガラと土の中に降りていくのを見送ったわけだ。我が配偶者が「生き返りそうだ」と言ったことはないが、あの後どうなるんだろう的な気分になるのではないか、と察する。

 

九子の火葬というチョイスが、この家族や我が配偶者にもたらすものってまた違うんだろうか。そもそも火葬の場合って葬儀の流れが変わるんかね。アメリカで火葬場ってみたことないけど。∞

 

葬儀の準備は、まだまだ続く・・・。