兄弟で何番目?ブログネタ:兄弟で何番目? 参加中
3人兄弟の真ん中。





真ん中はなぜかハブられる。
長男と三男は小さい頃から仲良くて、
学生時代の成績も良くて、運動もできて
クラスの中心にいる感じで。










それに比べて自分は
頭はよくない(形はいい(笑))し、運動もできない。



中学、高校入学時に
先生から「○○(兄)の弟なら運動は大丈夫だな(笑)」とか言われ、
どの部活動でも体験入部でコケにされるのが嫌だったな。。











先生たちがあいつの弟だからと先入観というか、決めつけでモノを言って


自分は「運動はできません。」
と言ってたのに…












だから最近はいつも言います。
これはできる。できない。とハッキリと!






小さい頃から比べられるのが嫌な二番目です。











学生時代に活躍してたから必ずしもその後も成長するとは限りません。
学校から巣立ったらあとは己次第です。











話が脱線してすいませんガーンあせる

火葬の間、控え室に通されみんな静かになってた。













母はみんなに明るく振る舞ってた。一番つらいんだろうと思った。














控え室にくると
Kがいきなり泣き出してた。





びっくりした。














昨日といい、今日といい、彼一人だけは「えがお」だったのに
「10なんねんぶりだからわかんねーもんなぁ」

と言ってたけど、








やっぱり人の子だよね。




















大泣きしてた。













Kのお父さんが
「K、オマエも小さい頃おせわになったもんな、こみあげてきたんやろ?」
と言われてた。












自分は雰囲気に耐えられなくて化粧室に行っては顔を洗ってソワソワしてた。




そのあと、外にいったらKがベンチに座ってた。














2人で
「あんな空気たえらんねーよな。うん。」
ち言って涙、涙やった。











だから
火葬が終わるまで笑い話してたけど、結局おばぁの話になって
しゅんorzってなってた












火葬が終わり、
骨をお墓に入れる壺の中に入れていくのをみんなで行った。











弟はリハビリの先生になってたこともあり、遺骨をみるなり自分に
「あの○○骨、変形してるね。」
「ガンだったところ、骨が変色してるね。」
「あれみて、骨の繊維が見えるでしょ?」












言われると気分が悪くなった。。。















壺に入れて再度、葬祭場に戻ってきてお昼ご飯食べて待機。














16時30分から葬儀だったのでほとんど寝てなかったこともあり、2時間ほど爆睡させてもらった。











壱岐はしきたりが多い分、色々と変則的で出棺が先に行われてたので葬式では誰も泣いてる方はいなかった。
泣いてたのは自分くらい。











やっぱり遺影を見ると自然と涙が出て耐えられなかった。















昨日とはうってかわって葬儀には100人近く参列者がいてびっくりしました。












葬儀も無事終わり、一段落した時、
やっぱり涙がこぼれました。












何にもしてないんですがねあせる




















怒られたり、















笑わしてもらったり















励ましてもらったり、










思い返すとキリがないくらい
















いい思い出ばかりです。

















おばぁの孫でよかったと心底思いました。


夕御飯は親族だけで食べた。
ばぁちゃんとの思い出を語り合った。




小さい頃、
弟はカエルを捕まえてきていたぶっててばぁちゃんに怒られてたとか、
K(=1コ下の大学生)は、ゲームばっかりしてたから外で遊びなさいと怒られてたとか、
自分は「お腹がいたい」ということでばぁちゃんが大事にしてた花壇で用を足してて怒られてたとか、












さんしゃさんよう、
わるさしかしてなかったみたいで、
でも、まったく覚えてなくて笑い話が絶えなかった。








夜になってうちの家族と母の兄の家族、ほんとの身内だけで葬儀場に泊まって一夜を過ごした。

遺影前に置いてある、水を入れ換えることと、線香を15分に一回変えることを夜しなくちゃいけなくて、
Kと自分で立候補してやった。











睡魔に襲われながらも2人で
水と線香の変えをやった。




朝3時には寝てた、面目なかったけど。。。

みんなには仕事で夜勤してるんで朝まで大丈夫ですよと言ってたのに
ねてしまったから、
朝方、Kに
「オタクの夜勤の底力はその程度でしたかw」
言われた。











ゴメン、ばぁちゃん
思いながら
朝8時から出棺ということで朝7時に喪服に着替えて待機。











7時30分に和尚さんが来てお別れの杯を頂き、和尚さんがお経を唱えて
おばぁの顔の周りに色んな花を飾った。


花を飾った後、葬祭場の方が
「これで最後のお別れとなります。皆様、故人のお近くに寄って最後のお声掛けをお願いします。」
と言って










みんな近くによった時、

























母が声を出して涙を流した













はじめて母の涙を見た。













どんな悲しいことがあっても弱みをみせたことがなかった母が大声出して泣いてた。











昨日、一人だけ大泣きしてあれだけ泣いたから涙が今日は出ないや、出せないやってKや弟には言ってたのに、













自分も母の気持ちを思うとつられて泣いていた。











本当は笑って
「ばぁちゃん、いままでありがとう。」というつもりが
金縛りにあったように
体が動かなくて泣くことしかできなかった。











後日ですが、母は3ヶ月間、毎日病院に通って食事の介助や声を掛けたりして、最期も看取ったという話を聞いたので思いがこみあげてきたんだと思いました。










みんな、
泣いて30秒ほどの静寂の後、出棺となりました。











出棺の際、棺を霊柩車に入れるまでを
自分、弟、K、Kの弟の4人で行いました。











無事、霊柩車に棺を入れてパーッとクラクションが鳴った時、再度、涙の雨が周りを包みました。












すぐにマイクロバスに乗って火葬場に行きました。

いろんな儀式があり
おばぁの顔をしっかりこの目にしっかり焼き付けて…









棺をしっかりしめて



















火葬が行われました。


















火葬が行われた時にも母が大声を出して涙を流していました。
最後の最後のお別れだったから…











忘れてはいけないと誓いました。