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「塀のない刑務所」として、1961年から受刑者の開放処遇を行ってきた松山刑務所大井造船作業場から、4月8日に平尾龍磨受刑者が逃走した。
単純逃走容疑で逮捕されるまでの23日間、受刑者から容疑者となった平尾容疑者が潜伏しているとみられていた広島県尾道市の向島の住民は、不安な夜を過ごし、日常生活にも多大な影響が及んだ。平尾容疑者によるとみられる窃盗の被害も多数報告されている。
上川陽子法務大臣は、容疑者逮捕後、すぐさま地元を訪れ住民に陳謝した。一方で、開放的施設の再犯防止効果の大きさを強調し、理解を求めている。法務省も開放的施設の更生効果を強調しつつ、再発防止策などに追われている。
そもそも「開放処遇」とは何か?
全国にこのような開放処遇を実施している刑務所は複数ある。
大井造船作業場は、松山刑務所管轄の施設ではあるが、松山刑務所の本所とは地理的にも大きく離れた民間の造船会社の敷地内にあり、全国から選ばれた受刑者が会社の従業員とともに造船作業に従事している。
つまり、民間会社の手厚い協力の下、更生と社会復帰に向けての処遇がなされているのである。
選抜される条件はかなり厳しく、刑務所初入であること、犯罪傾向が進んでいないこと、心身に大きな障害がないこと、高い更生意欲が認められること、身元引受人がいること、犯罪組織加入歴がないこと、薬物使用歴や入れ墨がないこと、などである。
また、処遇の内容は異なるが、千葉県の市原刑務所もわが国を代表する開放施設である。ここはいわゆる「交通刑務所」として知られ、交通死亡事故などを犯した受刑者を収容している。
いわば、刑務所のなかでも一番一般人に近い人々を収容する施設であり、その性格上、開放処遇になじみやすいと言える。
ここでは、居住棟の入り口は施錠されるが、受刑者の各居室には鍵がない造りになっていたり、面会も仕切り板のない部屋でできるようになっていたりする。
意外なところでは、網走刑務所も開放処遇を行っている。網走刑務所と言えば、「網走番外地」など映画のイメージから、極道の入る恐ろしい施設だと思われがちであるが、選ばれた受刑者が施設内の農場で開放的な処遇を受けている。
網走刑務所を訪れて驚くのは、その施設の広大さで、何と東京都新宿区と同じくらいの敷地面積がある。施設内の水路には、毎年何百匹もの鮭が遡上する。刑務所敷地のほとんどが農場や山林であり、そこで開放的な刑務作業に従事する受刑者がいる。
網走刑務所で処遇されるのは、大井造船作業場や市原刑務所と異なり、累犯、つまり刑務所に入るのが2度目以上の受刑者であり、比較的犯罪傾向が進んだ者たちである。その中から、逃走のおそれがなく、更生意欲の高い者たちだけが開放処遇の対象となる。
私自身、東京拘置所に心理技官として勤務していた時代、これら受刑者の分類に携わっていた。なかでも、大井や網走に移送する者たちの選抜には、とても苦労した記憶がある。
そもそも、受刑者というのは、当然悪いことをして刑務所に入っている。日本では、毎年刑法犯が200万件、特別法犯が50万件弱起こっている。
そのうち、受刑に至るのは約2万人である。単純に計算すれば、刑務所に入るのは犯罪者のなかのわずか1%足らずであり、悪い意味で「選ばれた者たち」である。
したがって、開放処遇対象者の選抜とは、言葉は悪いが、「悪人のなかから善人を選ぶ」という矛盾した作業であるから、その困難さはご想像いただけるであろう。
容疑者はどんな人物なのか?
ところで、この事件の報道を受けて、私が疑問に思った点は、なぜ平尾容疑者が開放処遇の対象者として選ばれたのか、という点である。
報道によれば、容疑者は、これまで120件を超える多くの窃盗事犯を起こしていたとのことで、職業的な犯罪者であると言っても過言ではない。
脱走後も検問をかいくぐって長期間にわたり逃走を続け、その間、報道によれば、窃盗を繰り返している。
本土に泳いで逃げてからは、盗んだバイクで移動したり、他人名義の身分証でネットカフェに入店したりと、相当手慣れた様子で犯罪を繰り返している。また、以前の犯罪で逮捕された際にも逃走したというエピソードが報じられている。
おそらく、一見素直で従順な性格だったのだろう。更生意欲についても、言葉巧みに述べていたのかもしれない。
しかし、彼の従前の犯行の態様や逮捕時の逃走のエピソードを知れば、開放処遇には不適格であると考えざるを得ない。
また、これもあくまでも報道されたことに過ぎないが、逃走の直前に仲の良い妹が大ケガをしたという内容の手紙を受け取って、心情不安定になっていたという。
これが事実ならば、一時的に開放施設から引き揚げて、松山刑務所の本所に戻して収容することもできたかもしれない。
昨今の刑務所事情:受刑者人口の減少
ここで想像するに、最近の受刑者人口減少の折、開放処遇の条件にぴったりと当てはまる適格者が少なくなっているのではないかということである。
わが国では、かれこれ10年以上、犯罪発生件数が減少の一途をたどり、刑務所収容人員もそれにつれて減少している。先ほど、刑務所に入るのは2万人と述べたが、10年前は3万人を超えていた。
犯罪発生件数や刑務所人口の減少は、望ましいことであるが、一方で「再犯者率」が増えているという問題もある。
これは、メディアでたびたび報じられ、警鐘が鳴らされることがある。ただその場合、「再犯者率」を「再犯率」と混同していることが非常に多い。
これらは、言葉は似ていてもまったく異なった概念である。「再犯者率」とは、事件を犯した者のうち、再犯者が占める割合のことである。一方の「再犯率」は、かつて事件を犯した者が、再び事件を犯す割合のことである。
再犯率が高くなっているのであれば、それは刑事司法制度が機能していないことの証拠であり、憂慮すべき事態である。
しかし、データを見る限り刑務所出所者の再犯率は横ばいか微減傾向にあり、決して増加はしていない。
一方、再犯者率は増加の一途であるが、現在の日本の状況に照らせば、当たり前であり、望ましい数字であるとも言える。
世の中には、どの社会にも、どの時代にも、犯罪を繰り返す者が一定数いる。海外の研究で繰り返し報告されている知見によれば,世の中の犯罪の過半数は,人口で言うと数%程度の慢性的犯罪者によるものだということがわかっている1,2。彼らはいわば,「コアな犯罪者」である。
一方、経済状況が悪化したときや、社会の混乱時などには、そのような社会状況に影響を受けた機会的、偶発的な犯罪者が増加する。わが国の場合、終戦直後、高度成長期、バブル崩壊時などが、これに当たる。
先述したとおり、ここ10年以上犯罪は減少傾向にあり、このような機会的犯罪者が減少している。すると、社会情勢がどうであれ常に犯罪を行う「コアな犯罪者」が残り、彼らが犯罪を繰り返しているのであるから、再犯者率は増加する。
このような状況のなか、当然、開放処遇に適する受刑者は減少しているはずである。そのため、少々無理をして、あるいはハードルを下げて、今回の容疑者のような者を選ばざるを得なくなっているのであれば、再度基準を厳格にとらえ直すべきであろう。
もう1つの刑務所事情:刑務所内引きこもり
平尾容疑者が逮捕後、明らかにした点として、刑務所でのいじめなど対人関係上の問題が逃走の原因であるという。
実はここしばらく日本の刑務所が頭を抱える問題は、逃走や暴動など、欧米の刑務所を悩ませている問題とは大きく異なっている。
日本の刑務所特有の問題は、「刑務所内引きこもり」とも言える現象である。受刑者同士の対人関係のいざこざや、他の受刑者からのいじめなどから、刑務作業を拒否して、「自室」に引きこもってしまう受刑者が数多くいる。
その原因としてはいくつか考えられるが、第1に、問題を「内面化」して、内にため込みやすい国民性が挙げられるだろう。ケンカや暴動に発展しない反面、問題をため込んで引きこもってしまうのである。
第2に、わが国の刑務所は、他国の刑務所と比べて、受刑者同士、職員と受刑者の対人関係が密接であることが考えられる。
例えば、わが国の刑務所には俗に「雑居房」と呼ばれる集団室が多く、集団生活の場が格段に多い。また、刑務作業として、毎日の大半を共同作業に従事している。
ハリウッド映画などに出てくる海外の刑務所を見てもわかるように、受刑者は個室で生活しているし、昼間も特段の作業に従事せず、グランドでキャッチボールや雑談に興じたりしている。
これも国民性の違いであるが、海外の刑務所関係者が一様に驚嘆の声を上げるほど、わが国の刑務所処遇は、諸外国とは大きく異なっている。
第3に、わが国の刑務所は「規律維持」に大きな力が傾注され、ともすれば受刑者の一挙手一逃走を細かく規定するような非人間的な処遇にもつながってしまう。
集団生活が多く、受刑者同士の接触が多いという特色上、ケンカや暴動などに発展しないように、規律の維持は重要であるが、厳しい締めつけは、不適応者を生む土壌ともなってしまう。
このような背景は、もちろん良い面もあるし、海外の刑務所が見習うべき点も少なくないが、一方で、それらが裏目に出たり、行き過ぎたりして、集団生活になじめず、個室に閉じこもってしまう者が出てくるわけである。
刑務所ではこれを「作業拒否」と呼んでおり、規律違反行為である。私も刑務所での勤務時に、多くの作業拒否受刑者と面接をしたことがある。
最初は、刑務所処遇に反抗して、作業を拒否しているのかと思ったものだが、面接してわかったことは、彼らは繊細で小心な者ばかりで、刑務所内での対人関係に耐えかねて、引きこもってしまっていたのである。
通常の刑務所であれば、引きこもることもできたかもしれないが、皮肉なことに開放処遇の施設では、それもできない。平尾容疑者は、内に逃げることができずに、外に逃げるしかなかったのであろう。
一般の社会以上に人間関係が濃密になる刑務所、しかもそこで共同生活しているのは皆、犯罪者であるから、一筋縄ではいかない人々である。受刑者同士の人間関係のケアや「刑務所内引きこもり」対策は、非常に重要な課題である。
開放処遇をやめるべきでない理由
平尾容疑者の事件を受けて、開放処遇を疑問視する意見が少なくない。しかし、理由はこのあと述べるが、私はその意見には反対である。
また、GPS装置を装着させ、監視をしたうえで開放処遇をすればよいという意見もあるが、これにも賛成できない。
「監視されているから逃げない」「罰を受けるから逃げない」という認知は、いかにも犯罪者的な認知であるし、単なる罰による脅しでしかない。
刑務所で教育すべきことは、犯罪者的認知を改め、「ルールを重視し、自主的にルールを守ること」であり、「逃げてはいけないから逃げない」「やってはならないことは、やらない」という規範の内面化を促進することである。
さらに、信頼関係や自律性を育むこととも重要であり、これらが開放処遇の真髄であるはずだ。
では、開放処遇をなぜやめるべきでないか、その理由と意義は次のとおりである。
事件後、法務省が繰り返し強調したように、開放処遇は受刑者処遇のなかでも重要な意義がある。それは、再犯抑制効果の大きさである。
開放施設を退所した受刑者の刑務所再入率をみたとき、法務省発表のデータによれば、大井造船作業場は10%、市原刑務所は8%であり、全国平均の43%を大きく下回っている。
もちろん、そもそも開放処遇適格者として選ばれた者の数字であるから、処遇如何を問わず、元々犯罪傾向が低かったためという見方もできるが、それでもこの数字は際立っている。
最近の犯罪心理学の研究データを見れば、最も再犯抑制効果が高いのは、刑務所などの施設処遇や刑罰のみに頼った場合ではなく、社会内で心理療法などの治療的介入を実施した場合であることがわかっている。
同じ治療でも、閉じ込めて塀のなかで実施する場合と、社会内で実施する場合とでは、効果が大きく異なってくる3。
いくら自業自得とはいえ、刑務所に収容され、家族から見放されたり、仕事を解雇されたりすれば、釈放後、元の生活に戻ることはきわめて困難になる。そして、それがまた再犯に追いやってしまうことになる。
法治国家である以上、犯罪者に対する刑罰の必要性を軽視するわけにはいかないが、社会から切り離してしまえば切り離してしまうほど、再犯リスクが増え、かえって社会への脅威となることを、われわれは知っておくべきであろう。
開放処遇は、施設処遇と社会内処遇の中間的な性格であり、いわばその両者のよいところを取った先進的な処遇であると言える。
松山刑務所大井造船作業場の場合、50年余の歴史のなかで、逃走事件が20件に及ぶという。逃走があってはならないものであると考えると、この数は多いと言わざるを得ないし、一旦逃走が起きると今回のように周辺住民に多大な迷惑が及ぶことは事実である。
一方、再犯の抑制というベネフィットを考慮したとき、このリスクをどれだけ許容できるか。そして、開放処遇の良さを生かしつつも、効果的な逃走防止策はあるか。それを今一度冷静に考えるべきであろう。
1 Farrington DP. Euro J Crim Policy Re. 1997: 5, 51-66.
2 Wolfgang M et al. Delinquency in Two Birth Cohort. 1972.
3 Bonta J et al. The Psychology of Criminal Conduct. 2016.
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