今、至るところで三島由紀夫さんを見かけます。没後50年にして尚、センセーショナルな存在であり続ける、その人を『通り過ぎてしまう』のは勿体ない。

 学生時代、潮騒や仮面の告白、禁色などは多分読みましたがなんとなくイヤな感じがして終わった気がします。

 時折目にする彼のポートレートも、胸毛を露わにやたらマッチョを強調していて、「キモい」としか思えない、この方が何故また、話題になるのかしらとか疑問でした。確かドキュメンタリー映画も公開されていましたよね。

 でも、この雑誌を読んでいたら、『なんて純粋無垢な方なんだろう』って、とらえ方が変わりました。

 私、人生で二回ほど切腹しています。

 帝王切開で子どもたちを出産したんです。全身麻酔で寝ているうちに手術する方もいるようですが、私の場合は部分麻酔でした。痛みはないけど、肉が焼けるみたいなイヤな臭いや、身体を押されたり引っ張り出されたりする感覚はあるんです。

 怖いけど、無事に子どもを産み出さないといけないじゃないですか。だからできたけど、

 思想なんてものの為に腹を掻っ捌くって壮絶だなと。

 お腹を掻き切っておんぎゃーと思想を産み落とせるわけじゃないし、本当に自分の思想を伝えたいという志を持つなら、どうせいつかこの世を去る命の最後の最後まで叫び続ければ良いのにって、私だったら思います。

 世の中に一石投じたい、変えたいって思って、まだ胎盤無しには存在を維持できないヨチヨチした思想を持っていて、その大元である自分の命を絶ってしまったら、それは思想も死んじゃうんじゃないのかなあ。

 志のために死んだというより、自意識の重さに耐えきれなくなって、ああいう亡くなり方をしたのかしらって。自意識が高いほど、理想が純粋無垢であればあるほど、現実との折り合いがつかなくなったんじゃないかしら。

 黒川伊保子さんの『トリセツ』シリーズにハマっているので、その内容と三島さんの行動が重なって、男性とはなんて不器用な生き物なのかしらとものすごく心打たれました。

 女は志なんて屁みたいなものの為に腹を切らない、でも、我が子の為には鬼にだってなる、って思うんです。新しい生活様式になろうが、国のトップが変わろうが、主観が全て、子がスクスク育てばそれで良い。そうじゃないのかな?

 戦争なんて男性社会の生み出したシステムに我が子が命を落とすなんてとんでもない、お国の為なんてそんな遠くて抽象的なものに命かけない。『君死にたまふことなかれ』、〝君〟が死ぬ世の中であってはならない、誰がアンタを腹の中に10ヶ月も入れて苦しくて痛い思いしてさ、恥ずかしい思いもいっぱいしてさ、何もかも捨てて産んだ命を、〝思想〟なんていう曖昧模糊とした、世間の情勢によってころっころ変化するものの為に投げ出そうなんて、許さないよ、って。

 そういうところが女性の図太さであり、男性のロマンディシズムなのかしら、ととても切なくなりました。女だったら、思想の方を切腹させると思うのに。子ども産んだらこれまでの自分と全く違う思想だってコロッて受け入れるかな。志と我が子なら志を切り捨てる、それが女性脳だと思うんです。(女性でも男性的な考え方の人は、自分の外側の価値観に身を任せるし、男性で主観を大事にされる方もいらっしゃるとは思いますが)

 お子さんがまだ幼くて、とても可愛がっていらっしゃったそうじゃないですか。その思想が幼きものを守り抜く為に必要だと思うなら尚更死んじゃいけない、傷つこうが揶揄されようが、命ある限りこの子の盾になる、っていう泥臭さが、女性の脳には備わっているのかなあ。

 昔『歴史読本』の切腹特集を読んだことがあるのですが、映画でみるみたいなキレイで潔い死に方じゃなくて、実際は内臓が飛び出て苦しさにのたうちまわるから解釈にする方がいるわけでしょ、そんなの美学もクソもないし、実際排泄物だって外に出ちゃうだろうし、

 ちょっと想像したら、そんな美しい死に方じゃない。むしろ、そういう死に様を人前に晒すということが、高邁な理想と自己との乖離に折り合いがつけられなかった、高すぎる自意識の終着点だったのかな、

 だとしたら、ものすごく不器用で、脆く、ガラス細工のような繊細で無垢で危うく美しい、純粋さを持った人だったんじゃないかな。死ぬことで自意識との対決に決着がついて、むしろこの人はホッとされたんじゃないか、無残な死骸を人前に晒すことで、『三島由紀夫』という仮面を脱ぎ捨てて、『平岡公威』さんに戻れたのかしら、と

 ただのオバさんがこんなこと言うの恐れ多いけど、なんだか切なくなっちゃいました。女性で『三島由紀夫が好き』という方をあまり聞かないけれど、一定の男性から熱狂的に支持されるのは、

 そういう男のロマンと、脆さ、繊細さを奥に秘めていた方だからなのかもなと、そういう感じやすい精神を持った方が戦後を生きることがどれだけ苦しいことだったか、

 主張していることの内容とかじゃなくて、

 戦前と戦後のギャップ、新しい生活様式の中でどれだけの方が踠き苦しんだんだろう、そういう人たちを象徴する事件の一つが三島由紀夫の割腹自殺だったのかなって。

 切ない、切なすぎる、と思い、長々と感想を書いてしまいました。あの世でコタツで蜜柑食べながら猫と戯れるデレッデレのおっちゃんでいてくれたら、良いなあ。