その子猫のことを「うらら」と呼ぶことにします
すべて実話なので実名で書くことも考えたのですが、登場人物の方々が誰なのかわかってしまうことでご迷惑をおかけする可能性もあるので、純粋に気づきだけをシェアしたいなと思ったので、お名前は全部仮名にすることにしました
現実に目の前で起こる出来事は好ましいものばかりではないですが、本当にキツイものほど実はあとで薬になってくれたりするものです
それでも、誰が具体的に何をしたかは、私以外の人にとっては全く意味のないことのはずですので
*****
子猫うららは、ある夜ヤブから飛び出てきて、私の足にスリスリして、そのままうちの子になりました
その時は屋外にあるトイレに行こうと暗がりをぼうっと歩いていて、急に頭の中に「いたーーーーー!」っていう声が響いて、ガサッと音がしたのでヤブの方を見たら、黒くてちっちゃい子猫がかけよって来たのでした
その日から、うららは私の右肩のあたりで丸くなって寝ました
驚くほど賢い子で、次の日眠くなる刻限になると、畳んである布団の前にちょこんと座ってこっちを見るのです
「コレ敷くでしょ」
って言ってるなあ〜と
そのうち、うららは自分から車に乗り込んで一緒に出かけるようになりました
でかけた先では一緒に連れ歩くか、猫が多くて危ない場所では仕方なく車内でお留守番でしたが、他に動物はあまりいないような場所では外に出て車のそばでひとり遊びをして、帰る頃になると必ずちゃんと現れるのです
島は治安がよかったので、でかけた先の駐車場ではいつもうららのために車の窓かハッチバックを開けたままにしていました
実家で何匹も猫と暮らしてきたのでわかるのですが、これはあまり普通なことではありません
すごく潜在能力の高い子でした
うららはどことなく、すっとぼけたようなお気楽な雰囲気、それでいてすべてお見通しな賢さと、暖かく柔らかでお茶目な魂のバイブを持った子で、あるときそれが前に一緒に暮らしていた猫にとても良く似ている、というかほとんどそのものじゃないか、ということに気づいて、うららに聞いてみました
「うららはもしかして前、トモ(前の猫の名前)だった?」
そしたらしっぽをブンビンふって、不機嫌そうに
「そうだよ、気づくの遅い!」
って怒られました(笑)
猫とお暮らしの方はご存知でしょうけど、猫がしっぽをブンブンふるのは、気に入らないぞ、の意味です
そんなんもわかんないなんて、私とどんだけ一緒にいるのよ、バカ
っていう怒り方をできる相手もしてくれる人もいなかったので、この愛情表現がどんなに深いとこから来るものなのか、この時の私は分かっていませんでした
うららは私のことを本当によく知ってくれていて、おそらく私が過去につらい事件があって以来15年間魂を半分閉じたまま生きたことや、それが開いたはいいけれど自分をコントロールできずに悩みもがいた果てにその島にたどり着いたことも知っていたと思います
私にとって
何が1番たいせつか
何が好きで何が嫌いか
何が得意で何が苦手か
よく知ってくれていたと思います
特に日本の科学教育では、感性を使うことを徹底的に封じられます
都会で生きるために学歴をつけるという少々歪んだ目的もあり何の疑いもなくそこに身を投じていた私は、折よく魂も半分閉じていたのでよく順応し、おかげですっかり感性や直感の使い方がわからなくなっていました
ふっと湧いてくるインスピレーションや、私は「ハートの磁石」と呼んでいるのですが、「こっちに進むのでいいかな、よさげな感触があるかな」そういった「感覚」を判断基準にするという価値観をきれいサッパリ忘れ去っていました
ハートの磁石が使えないと、生まれる前に計画してきたミッションがある場合にそこにたどり着けないことがあり得ます
途中からでもハートの磁石がつかえるようになれば、用意してきた流れに合流することができます
うららは、結果的になのかそれを意図してくれたのかは今でもわからないままですが、私がハートの磁石の使い方を思い出せるように、思い出さざるを得ないような展開を用意してくれたのでした
うららはすんでのところで、私が本来の流れに戻れるように助けに来てくれたのだと、そう思っています
少なくともうららがいなかったら、今私がこの地に立っていることも、幼い頃からのトラウマをこれだけ解消できたことも、なかったと言えます
救うというのは、目の前の敵や厄災を振り払うこともそうですが、それをもって相手の心が光を取り戻す手伝いをすることなのだと思いました
うららが来てから、それまで全く見ることのなかった夢、夜寝ている間に見るアレです、しかもとても鮮明な夢を見るようになりました
夢は、時にメッセージであることがあります
自分の本体であるハイヤーセルフからだったり、ご先祖さまだったり、兄弟や友人だったり
ただのジャンクな要素の詰め合わせで、意味はなくてただしっちゃかめっちゃかな夢の場合もあって、どっちなのかわからないときはいつも友人にきいているのですが、このとき見た夢は、どうやらメッセージのようでした
(つづく)
[photo:01]
すべて実話なので実名で書くことも考えたのですが、登場人物の方々が誰なのかわかってしまうことでご迷惑をおかけする可能性もあるので、純粋に気づきだけをシェアしたいなと思ったので、お名前は全部仮名にすることにしました
現実に目の前で起こる出来事は好ましいものばかりではないですが、本当にキツイものほど実はあとで薬になってくれたりするものです
それでも、誰が具体的に何をしたかは、私以外の人にとっては全く意味のないことのはずですので
*****
子猫うららは、ある夜ヤブから飛び出てきて、私の足にスリスリして、そのままうちの子になりました
その時は屋外にあるトイレに行こうと暗がりをぼうっと歩いていて、急に頭の中に「いたーーーーー!」っていう声が響いて、ガサッと音がしたのでヤブの方を見たら、黒くてちっちゃい子猫がかけよって来たのでした
その日から、うららは私の右肩のあたりで丸くなって寝ました
驚くほど賢い子で、次の日眠くなる刻限になると、畳んである布団の前にちょこんと座ってこっちを見るのです
「コレ敷くでしょ」
って言ってるなあ〜と
そのうち、うららは自分から車に乗り込んで一緒に出かけるようになりました
でかけた先では一緒に連れ歩くか、猫が多くて危ない場所では仕方なく車内でお留守番でしたが、他に動物はあまりいないような場所では外に出て車のそばでひとり遊びをして、帰る頃になると必ずちゃんと現れるのです
島は治安がよかったので、でかけた先の駐車場ではいつもうららのために車の窓かハッチバックを開けたままにしていました
実家で何匹も猫と暮らしてきたのでわかるのですが、これはあまり普通なことではありません
すごく潜在能力の高い子でした
うららはどことなく、すっとぼけたようなお気楽な雰囲気、それでいてすべてお見通しな賢さと、暖かく柔らかでお茶目な魂のバイブを持った子で、あるときそれが前に一緒に暮らしていた猫にとても良く似ている、というかほとんどそのものじゃないか、ということに気づいて、うららに聞いてみました
「うららはもしかして前、トモ(前の猫の名前)だった?」
そしたらしっぽをブンビンふって、不機嫌そうに
「そうだよ、気づくの遅い!」
って怒られました(笑)
猫とお暮らしの方はご存知でしょうけど、猫がしっぽをブンブンふるのは、気に入らないぞ、の意味です
そんなんもわかんないなんて、私とどんだけ一緒にいるのよ、バカ
っていう怒り方をできる相手もしてくれる人もいなかったので、この愛情表現がどんなに深いとこから来るものなのか、この時の私は分かっていませんでした
うららは私のことを本当によく知ってくれていて、おそらく私が過去につらい事件があって以来15年間魂を半分閉じたまま生きたことや、それが開いたはいいけれど自分をコントロールできずに悩みもがいた果てにその島にたどり着いたことも知っていたと思います
私にとって
何が1番たいせつか
何が好きで何が嫌いか
何が得意で何が苦手か
よく知ってくれていたと思います
特に日本の科学教育では、感性を使うことを徹底的に封じられます
都会で生きるために学歴をつけるという少々歪んだ目的もあり何の疑いもなくそこに身を投じていた私は、折よく魂も半分閉じていたのでよく順応し、おかげですっかり感性や直感の使い方がわからなくなっていました
ふっと湧いてくるインスピレーションや、私は「ハートの磁石」と呼んでいるのですが、「こっちに進むのでいいかな、よさげな感触があるかな」そういった「感覚」を判断基準にするという価値観をきれいサッパリ忘れ去っていました
ハートの磁石が使えないと、生まれる前に計画してきたミッションがある場合にそこにたどり着けないことがあり得ます
途中からでもハートの磁石がつかえるようになれば、用意してきた流れに合流することができます
うららは、結果的になのかそれを意図してくれたのかは今でもわからないままですが、私がハートの磁石の使い方を思い出せるように、思い出さざるを得ないような展開を用意してくれたのでした
うららはすんでのところで、私が本来の流れに戻れるように助けに来てくれたのだと、そう思っています
少なくともうららがいなかったら、今私がこの地に立っていることも、幼い頃からのトラウマをこれだけ解消できたことも、なかったと言えます
救うというのは、目の前の敵や厄災を振り払うこともそうですが、それをもって相手の心が光を取り戻す手伝いをすることなのだと思いました
うららが来てから、それまで全く見ることのなかった夢、夜寝ている間に見るアレです、しかもとても鮮明な夢を見るようになりました
夢は、時にメッセージであることがあります
自分の本体であるハイヤーセルフからだったり、ご先祖さまだったり、兄弟や友人だったり
ただのジャンクな要素の詰め合わせで、意味はなくてただしっちゃかめっちゃかな夢の場合もあって、どっちなのかわからないときはいつも友人にきいているのですが、このとき見た夢は、どうやらメッセージのようでした
(つづく)
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