*gomibako* -2ページ目

*gomibako*

ここは、心のゴミ捨て場。

幸せなことに、夫と息子とささやかながらの幸せに包まれて生活している。


今住んでいるマンションは2DK。息子の為にももう少し、広いところへ引っ越しを検討中。


そんな中、実母に「こんな贅沢な。昔は風呂なしであたりまえ。今の人は全部そろっていないと気が済まないんだから。」


私たちに風呂なしアパートへ住めと?風呂ありの生活は贅沢と?


なぜ、娘である私に、我慢を強いるのだろう。


そういえば、私が我慢をしている姿、苦しんでいる姿をみて彼女は優越感を感じているようにも思える。


汗だくになり、病院を二往復。


すぐ近くの実家に車がある。


私たち夫婦は車を持っていない。


子どもの病院や緊急時には車を貸して欲しいと願いでたことがあった。


ものの見事断られる。


きょうだいが好きな時に好きなだけ乗っている。


私もお金を出したので母になんとか貸してもらえるように言ってもらえないかと言ってみたら、


「あのこ、独身だし、嫌なんじゃない?無理よぉぉぉ。」


この母に躾や教育をされたかと思うと、自分に自信がもてない。

なにか人と違う感覚はこんなところからきているように思える。

母にしてもらった事を思い出してみる。


陣痛に耐えこの世に出してもらった。

食事を作ってもらった。


きっとこれだけでも感謝をしなければならないだろう。


でも、あの暴言を思いだすとそんな気持ちは吹き飛んでしまう。



小学校の時、作文の時間に「おかあさんとおとうさんに手紙をかきましょう」という、時間があった。


私が書いた文面は、


「おかあさん、いつもごはんをつくってくれてありがとう。おとうさん、いつもおかねをかせいできてくれてありがとう。」


以上の二行だった。


周りを見渡すと、400字詰め原稿用紙にびっしり楽しい事が書いてあった。


小学校一年の時。その作文を持ちかえると、母に「なんて子だ・・・」と肩を落とされた。


書くことがなにもみつからなかったのだ。

未来を占うことができる親戚が母に私を「あまやかすんじゃない」と言っていたよう。


妊娠時、出血して私は寝たきりだった。


私に未来を見据える力があれば、ごはんの一つでも持ってきてもらえたのだろう。


私の言葉よりも親戚の言葉を大事にする母。


私は、そんな妄想よりも現実を生きている。

妊娠中も出産後もなぜか、母に軽く扱われる。一気にフラッシュバックが起きる。


おそらく、親を必要としたのだろう。幼少のころの感情が一気に戻ってきてしまった。


あきらめているはずなのに、本能は違うらしい。


「辛い」という言葉を発すれば「甘えている」と言われてしまう。


私は親に甘えた記憶がない。甘えたり、くったくなく笑う度、両親とも私にきつい言葉を投げかける。


「あまえるんじゃない。」


「調子にのるんじゃない。」


子どもを持って思う事。


子どもは甘えるし、調子にのるのだ。