”ちがう、そうじゃない。” | asuaritoのブログ

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あすありと思ふ心の・・・



1年前に、書いたブログ。

トップページに表示されていたのに気づきました。

事件だとわたしは感じています。


マイナス20度から25度の気温のなか

裸足で歩くでしょうか。


第三者委員会も、遺族の要望で入れ替わりがあったと聞いています。


その報告があったのは、つい最近です。

 

大勢の弁護士や関係者がいて

報告に1年近くもかける。  

認めましたが

何を、どうしょうとしているのでしょうか。


女子中学生の書いた絵を、全てでは、ないかもしれませんが

カラフルな絵から変化していくのを、ずいぶん見ました。


学校の先生は、今、心理学の勉強はしないのでしょうか。


小学生になると、まず絵を書いていました。


男子が

「はやく勉強をしたい」

と言ったことを覚えています。

担任の先生は、絵をかくことも勉強ですよ。


絵を見て、先生は児童の内面、気持ちなどを察するのです。


心理学は、勉強しても、あまり役にたちません。

実際に児童と接し、何を描くか、何色を使うかで児童の内面を感じとるのです。


現在は、先生が早くにギブアップしてしまいます。

学校という職場が、へんだからです。


今、学校の先生を、しているかたのほとんどが

ゆとり教育を、受けたかたです。


運動会には、児童が、横一列に並んで、手をつないで徒競走をしていました。

競争を、させなかったのです。


その教育を受けた子どもたちは

明日から社会人、頑張ってね。

と、送り出されます。


世の中は、変わりました。

ヘンなのです。

長時間の仕事、自宅で採点。

気力なくなるのかもしれません。


いじめられているのではないかと相談にいった母親に

「これからデートなので、いいですか」

いいですか→帰ってもいいですかの意。

びっくりします。


教頭は、10人の未来と1人の未来、10人の未来がたいせつですよ。

と、母親に言っています。


ひとりの生徒を、守れない人が

10人の生徒を守れますか。


つくづく、わたしたちは、先生に恵まれたと思いました。


そして、学校でケンカしたり、からかったりしている子がいたら、クラスの誰かが、止めていました。


わたしは小学1年のとき、身長が120センチを越えていました。

背が高かったからなのか、態度が大きかったのか

「やめて」の一言で、中学卒業まで、みんな仲良かったです。


知的障がいといわれる同級生が2人いました。

女の子のお手伝い係をしていました。中学卒業まて。

担任の先生が、手伝ってね。

と、おっしゃったからです。


男子も女子も、女の子をいじめたりしませんでした。

上級生が、からかったのが1回ありました。


以前はカバンではなく、ボックスに教科書を入れるのがハヤリでした。

からかっていた、上級生を止めに行くと、教科書の入ったボックスで、頭を叩かれて脳しんとうおこして気を失いました。


病院で意識が戻りましたが、なんともありませんでした。


わたしたちのころは、マンモス校と言われて、児童の数が多かったのです。


クラスも多かったですが、からかったり、いじめたりする子がいたら、誰かが止めていたのです。


今、陰湿という言葉をよく使われていますが

学校が、禁止事項を増やすばかりだからではないのかと考えます。


これ、したらダメ、こうしなさい。

児童の気持ちや主張は聞かずに抑えることを懸命にやっているように感じます。


先生も組織のひとりです。

立場をまもらなくてはならなくなりました。


でも、教育って、人を育むことではないのでしょうか。


教育基本法。政治家と呼ばれている者たちが、変えていきます。


子どもに、考えを聞いて、保護者も大切な我が子のこと、議論すべきです。


そう、思いながら、ここまで書いてきましたが

漢字を書けない、読めない、となると、、

どうやって大切な子どもを育むのでしょう。


子どもは、親のこと、先生のこと、敏感に感じています。


まず、2006年に改正された教育基本法を、なんとかしなければならないと思います。