ひょんなことから。そして訃報 | asuaritoのブログ

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あすありと思ふ心の・・・



友人たちの「孫」数人

社会の教科を勉強していたとき
「鎖国」を聞かれたことがありました。

鎖国=国を閉じることなどなかったこと。
明治政府が明治に主張していたことで、信長さん、秀吉さんの時代から
日本には、海外のかたがいらしたのです。

このことで、えー! と、なり
やはり、幕末のことが肝要になります。

10〜12冊ほどの書籍は、2冊手元にあるだけで
付箋紙を付けたまま、「孫」がたで読まれています。

そんなとき、作家、星亮一 氏の訃報を知りました。


どうしても、読書の時間が持てなかったり、苦手なかたもいらっしゃいます。
人、それぞれです。

24分ほどの作品を、友人に探してもらいました。

やはり、タブーなのでしょうか。
ハッキリ表現されていません。

会津藩の思いに、少しですが触れてあります。

戊辰の年の非情。
今のグダグダの根っこは、ここから始まっている、、

子どもたちから、大人へ。
そして全国へ。
薩長土肥は、嫌がるかもしれません。
「仲直りしましょう」と言えるって、、
史実の多くを知っていれば、わたしだったら言えないです。


ならぬことは、ならぬ。
この精神を貫いていたら、多くの非情は、なかったはず。
今のグダグダも、ありえない。


「開国」という言葉があります。

鎖国から開国へ。
との、言葉が使われたのは、明治維新を正当化するためであった。との記録もあります。

1867年、鳥羽伏見の戦い
1868年、会津攻撃。1カ月も続く攻撃。

鎮魂の行事。会津まつり。

藩校、日新館は、会津高校となり
高校生が言う。
「曲げてはならないもの」

会津藩の藩祖、会津家訓のなかに
「若し二心を懐かば、すなわち我が子孫にあらず」
(忠義を尽くせ。これを裏切る藩主は、わたしの子孫ではない)

通じるものがあると思います。





オランダ国大使館のかたが、話されています。
なぜ、オランダ?

1543年、種子島に鉄砲伝来と、教科書では習いますが、定かではないそうです。

ポルトガル、スペイン、イングランド、
信長さん
の庇護を受けた海外のかた。
秀吉さんも、関わっています。
キリシタン。
信長さんも、秀吉さんも舶来品好みであったとの史実があります。

漢字を理解する。ということ。
舶=船舶の意
来=来る、来た。
品=品物。

安土桃山時代から、貿易していた。
しかし、キリシタン布教の過程で、とんでもないことに。
秀吉さんが、弾圧を始めます。

日本は四口、開いていた。との史実があります。
長崎、対馬、北前、松前。
薩摩の密貿易は除外されています。

信長 家康さんになってから
海外のかたの住まいを浦賀にした。

日本は鎖国なんて、してないんですよ。
いろいろ調べたり、読書したりしても、否定論の論理が腑に落ちるのです。



大義。

会津藩は義と戦った。


嘘をついてはなりません。

卑怯なことをしてはなりません。

弱い者いじめをしてはいけません。

有名な「什の掟」。


近頃?、十年ほど、壊れてしまいました。





道義を通す。

水に流す。という日本の言葉がある。
しかし
150年経っても、事実は消せない。






忠義を重んじ正義を貫いた。

会津藩は、なぜ葵の御紋であったのか。

小松彼岸獅子。



海外のかたの目線です。

はっきりと、断言できない

悲しみを感じます。


しかし、会津藩のかたがたの精神。

武士道の、大義、忠義、信義、道義。


人々は、これを道徳心として

大切にしてきたのだと思います。



今、まことに奇妙な事ばかりが起きています。


その根っこは、この凄惨な出来事から始まっていると思うのです。


明治維新とされる「明治」は

戦いから始まりました。

歴史をお詳しいかたには、スクロールしていただいて、、、


鳥羽・伏見の戦い

阿波沖の戦い

甲州勝沼の戦い

梁田の戦い

このあとに

江戸城開城。


宇都宮城の戦い

市川・船橋の戦い

五井の戦い

今市の戦い

三国峠の戦い

鯨波の戦い

上野の戦い

飯能の戦い

北越戦争

会津戦争

旗巻峠の戦い

秋田戦争

弘道館の戦い

松山の戦い

宮古湾の戦い

箱館戦争(現、函館)

 ※明治2年で終結します。


夥しい乱闘を続けていたのは、誰か。

多くの人々を苦難に追い込んだ明治維新といわれる新政府。

「戊辰」の年におきたことから

この多くの戦い戦争を総称して戊辰戦争といわれている。


今の、おかしさの根っこは、ここから始まっている。と、わたしは思う。


「会津にくれば、わかる」

会津の地にいると、何か、大切な思いを感じたり、その精神を受け継いでいるかたが、多くいらっしゃる。

と、うけとめました。


歴史は残酷です。

驚きをこえて、ショックを受けます。

しかし、ちゃんと知っておかないと。と思います。


火山の噴火や、大きな地震。

各地の洪水。

ショックだけど、ちゃんと見て。よく考えること。


わたしは、我が身におきることは必然であると、実感したことがあるので。。


ひとつ思うのは、犯罪に巻き込まれるかたが、あまりに多すぎること。

これは、家族や友人、つながりのあるかたの思いは、いかばかりかと、いつも思います。



星亮一 氏の訃報から

友人の「孫」をはじめ、ワーと来て

それぞれに、読みたい本貸してね。と。

子どもたちの動きから、両親が関心をもち

友人たちから、さまざまな情報がとどきます。


こうやって、少しずつでも広がりが見えると、もしかしたら正しい主張を認めざるを得なくなるのではないかと思います。



ほかのことも。

知って欲しいと思っていても

なかなか理解してもらえない。

繰り返し聞いて、記憶されたことは、なかなか理解してもらえない。

でも、何かのきっかけで、人々の注目を集めることもある。



表現が重なることが多いですが

ひとつずつ拝見して、感じたことを、メモのように残しました。


ある著書には、ゴロツキたちが乱暴狼藉を働いていた。と、あります。


このことを正さないと

続く戦闘で、満州、太平洋

そして沖縄の非情も、正せないと思います。



我が身にならないと分からないのか。

共感できないのか。


どなたかが、おっしゃった言葉があります。

知ろうとしないことは最大の罪である。