今日は1月31日。

中学受験生のご家庭ではどんな気持ちで過ごしているんでしょう。


娘のときは1月31日はどんよりとした曇り、夕方からは冷たい雨が降り出しました。

天気予報では「2月1日は晴天」といっていましたが、あのときほど天気予報が信じられなかった日は

ありません、そのくらい土砂降りだった記憶があります。


でもその土砂降りのおかげで(?)親子とも外に出ようという気も起こらず、ただ来週からの怒涛の受験週間に向けて、私だけは近所のスーパーに食材を買いにいったのでした。


前日はただ、淡々と過ぎていきましたね。

嵐の前の静けさといったかんじでした。


娘はいつもどおりに過ごして、少し早めに就寝しましたが、私だけはなんだか眠れず...身体を横にするだけでもいいという先輩の教えに従い、布団に入ったのがたしか夜中の2時過ぎ...うつらうつらしているうちに目覚ましがなった記憶があります。


翌朝受験校に向かうときには昨晩の雨はすっかり上がり、すっきりとした日の出を拝むことができました。もちろん娘の合格祈願をいたしました。(笑)


本番が始まるとこの数日は本当にあっという間に過ぎていきますね。

気持ちをしっかり持って、この嵐のような数日を楽しむ気持ちで受験に臨んで欲しいと思います。


...娘もこの数日は受験のため、学校がお休み。

だらだらするのかと思いきや、来週早々に実力テストがあるとか、また今月は学習発表会もあるため、その準備もしなければならず、学校も生徒を遊ばせないスケジュールを組んできますねー、さすが。

ちょっとだけ朝起きる時間が遅くなるのが、親にとってはうれしい数日です。



今日から千葉入試開始、同時に東京出願開始でもあります。

何年たってもなんだかこの日は落ち着かない、というか特別な気持ちになります。私だけ??


この時期朝早く、或いは夜遅くに中学受験生らしき親子や子どもを見かけると、心の中で「頑張って、落ち着いて、」とつぶやきます。


娘にとってはもう過去の出来事らしいですが(笑)


今日は出願開始日なので、受験生の保護者が沢山みえられるから「ちゃんとして」登校してね、といったら、

「うちらのこんな早い登校時間に親が来るわけないじゃん」というのです。

確かにうちの場合は、娘を受験会場に送り込んでから都内の出願に回りましたので、始発電車に乗って、などということはありませんでしたが、一般的には皆さん朝早くから並んだりするんですよね、説明会でもそういう話をよーく聞きますし、実際午後受験との兼ね合いで早い番号が必要という場合もあるようですし。

とりあえず娘には念のため「いやいや、どこで誰に見られているかわからないから、とにかくいつものようにだらだらと登校するのはやめてね」と伝えました...(低レベな話ですみません)


それよりも思い出すと冷や汗がでるのが、この日。

受験会場が地元で近いからと親子共に油断し、予定より1時間も朝寝坊してしまったのです!

それでも集合時間には十分間に合いましたが、塾の先生方の花道はすでにピークを過ぎており、その中を歩いていくのはちょっと恥ずかしかったです...

塾の先生にも「おお○○、余裕だな」なんていわれる始末...

参りました...


さてさて、今日から千葉三連戦と言う方も多いのでしょうね、幸いお天気はなんとかもちそうなので、少し安心です。


娘は1/23が英検です、こちらはどうなることやら、まあチャレンジすることに意義があるといったレベルなのですが、あわよくばとも思ったり、親の心配の種はいつになっても尽きません...

翌週は娘と共に漢字検定のリベンジです(何回目なんでしょうか>私たち)、勉強しなくては!

昨日とても大切な友人が旅立ちました...


年代も一緒、子どもも同学年の一人っ子、一緒に中学受験を励ましあいながら戦ったWMです。

受験期は愚痴をこぼしたり、受験本番では待機している部屋からメールで励ましあい、

そしてお互い志望校に合格し、祝杯もあげました。

昨年は娘の学園祭を一緒に回り、今年はご子息の学園祭を案内していただく約束でした。


本当に突然やってきた別れに、現実を受け入れることが出来ません。


まだまだ沢山話すことがあったのに、

これからの勉強とか、学校生活とか、私たちのこれからとか、

どうして一人で先に逝ってしまったのですか。


ご家族のご心痛を察するにいかほどかと。

ご子息は大丈夫かしら。


家族ぐるみのお付き合いでしたので、娘も「○○君大丈夫かな」と。

というのも娘のクラスで同じような状況で1学期不登校になってしまっていた

娘さんがいたからです。

最初理由は全く明かされず、ただ「体調不良」。

しかし1学期の終業式に娘さんは学校に登校し、自分のことばで

「実は母が亡くなり、精神的なショックで学校にこれなかった」と話したそうです。


私たち残されたものが彼女の家族、ご子息にしてあげられることは

いったい何なのでしょうか。出来るだけ力になってあげたいです。

いまだ考えがまとまりません...