Twitterや、gypsee.jpのブログで書けない事を、つらつら推敲なしで書き流していこうと思います。
というのもですね、スピリチュアルに触れていると、思うことがたくさんあって、ツイッターに垂れ流すのも違うなぁ、みんなに伝えるために立ち上げたgypsee.jpに投稿するのも違うなぁと思っていたんです。
さて、早速ですが、最近私が思ったことを書こうと思います。
自分に何ができるんだろう?
何のスキルもない
やりたいことも特にない
そういう人に限って、
誰かの役に立ちたいとかいう漠然とした
望みがあるんです
自分がそうでした。
誰かを救いたいというのは、自分自身が救われたい
あらわれです。
それに「誰かを救う」というのは、あくまでも結果であって、誰かを救ったその裏で、意図しない形で誰かが不幸になることがあります。
例えば、自動車。
私たち庶民は、車に乗ってドライブをするだけで楽しいですよね。気が紛れますし、移動に便利で欠かせません。仕事においても、車がなければ困る人が多いでしょう。宅急便も来ません。
日本のトップ企業といえば「トヨタ・ホンダ・三菱」ですがどれも自動車に関わる企業です。つまり自動車産業に私たち日本人は支えられていると言っても過言ではありません。大企業が雇用を生み、長い局面で見た時に経済に好景気をもたらすのです。
しかし、その裏で多くの人が犠牲になっているのもまた事実です。2019年の全国の交通事故死者数は3215人。
記憶に新しい悲惨な事故といえば池袋事故ですが、妻子を無くした松永さんの心中を察すると、とてもではないですが、食が喉を通らなくなります。
https://www.youtube.com/watch?v=OleL0Z3D8X4
自動車を発明した偉人たちは、同時にこのような不幸な人を生み出すと想像できたでしょうか。
iPhoneやインターネットの普及で幸せになった裏で、街の本屋さんは潰れていきました。幸せになった人の数と、不幸になった人の数を比べて、多数決で善悪を決めますか?
私たちは自動車による人身事故を当たり前と思ってしまっていますが、本当に必要なものだったのでしょうか。
インターネットやiPhoneは地球にとって、宇宙にとって必要なツールでしたか?
そこまで思い詰めると、人間なんてもはや存在しないほうが良いのではないかとさえ思えてきます。
でも私たちは生を授かりました。
何かしらの理由があるのか、
そこに理由なんてないのかは、わかりません。
生まれた意味なんていうのは自分で見つけるものだと思っています。
私は自分が生きていることはおこがましいと思っています。できることなら死にたいですが、死にたくありません。人間が生まれ持つ生存本能ですね。
ということで、
あまり仰々しいことは考えずに、
自分ぐらいは自分を愛して生きて見ましょう
ということを思ったわけです。
ちなみに私は
便利ならそれでいいし、面白ければそれでいいと思ってますよ。
少ない人生、二度とない今日という一日を
できるだけ楽しく生きることを目指しています。
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