
恋愛に於いて、人生に於いて 光と影が存在すること ご存知であろうか?
恋愛に於いては、一人の男性Aに二人の女性が男性Aに好意を抱いていたとして、
そのうち、ひとりの女性が男性Aと結ばれ、もうひとりの女性は泣き寝入りになったとする。
すると、結ばれた女性は幸せだけど、泣き寝入りした女性の心は 影に埋もれていってしまう…
誰かが幸せになるということは、
誰かが どこかで 泣いているという現実が存在するのだ。
でも、どうだろう?
霊的に視たら、泣き寝入りした女性は 魂が進化してゆくことに違いない。
愛する人を失った心は、すごく大切な学びを教えてくれる☆゛
また、人生に於いて 例えば 昔に よくあったお話。家の事業が崩れかけ、その家を助けるために
好きな人との結婚を諦め、我が身を引き、
良いとこの人と結婚したという話。
家にとっては 事業の持ち直しに光を得ることが出来たであろう…
しかしながら、家のために結婚した本人にとっては迷惑な話である。
やっぱり駄目で、結婚後に好きな人が出来たとしても、
本人には何の罪はないとCielは思う。
家の事業に縛られていた 愛の破綻から、
愛の自由というものを 神様から与えられるとCielは思うのだ。
人の為に犠牲になる…
誰かが幸せになるということは、誰かが泣くということもあるのだ。
けど、それに勝ち負けや 成功も失敗もないと Cielは思う。
たとえ、誰かのために犠牲となって、
周りから見たら 負けになったとか 失敗者、と言われたとしても、
負けてなんかいない、失敗なんてしてない。
それは、邪霊が人に憑依して 犠牲となった者を面白がり言わせてるだけのことだ。
霊的にみたら、人の為に犠牲になった人は偉大である☆゛
人の為に犠牲になった人は、死後の世界では、この地上で成功したと思われる人より
ちょっと うえ↑の世界に逝ける。
何度か臨死体験してきたCielが 肌から感じて言えることだ☆゛
なぜなら、イエス·キリストが 人の為に十字架にかけられ 一旦は死に至ったものの
その後、死からの復活というものがあった。
神様は ちゃんと知っている。
卑怯な生き方は相手にしない。
偉大な生き方を応援しているのだ☆゛
たとえ、人の為に犠牲になり 泣き崩れる日々にあったとしても、
必ず神様は 最後に 光というものを お与えくださる☆゛
皆、幸せになる権利があり、
皆、神様から愛されている☆゛
善い事をすれば、神様は光を与えてくださり、
悪い事をすれば 神様は それに見合った試練を与える。けど、それは 復活の光を願うため。
また善なる事をすれば、神様は再び光を与えてくださる☆゛
光と影。
影は やがて 光となるのだ☆゛
それは、今世から来世にかけても繋がってゆく☆彡
占い師 Ciel(シエル)
