最近、成年後見人をしている友人から相談を受けました。「障害者の考えや生の声を集約して小冊子を作成・発表する事業に協力しませんか」というお誘い。後見人としての経験に基づく発案でした。「後見人に財産管理を依頼する人は、重病や認知症など様々な理由から依頼したい内容を自分の口から伝えられず、判断することも出来ない。本人のことなのに、当事者本人抜きで諸事が進められるのは理不尽に思える。だから当事者は事前に自分の考えを明らかにしておくことが大事だ」と。
障害者にも同様のことが言えそうです。確かに、障害者も「こうしたい、このように対処して欲しい」と言葉や行動で示す事、即ちコミュニケーションが必須で、そのことが自立の道にも繋がると思えます。
折しも、12月28日付けの朝日新聞文化欄に『認識的不正義』、「当事者への偏見(が)発言の軽視招く」と言う記事が掲載されました。(障害者等)当事者の発言や知識が、当事者に対する偏見のせいで過小評価される「認識的不正義」、或いは当事者が自分達の経験を適切に表現する言葉や概念を持たないために不利な立場に置かれる「解釈的不正義」の解説です。
この記事は、障害者の意思表示によって偏見による「認識的不正義」を打破する大事さ、他方で「解釈的不正義」に陥らぬ適切な表現力も求められることを、我々に教えてくれました。親として、子どもを励まし一歩踏み出さねばと決意させます。
それに付けても、ヴァイオリニスト高嶋ちさ子さんが、TVなどでダウン症の姉”みっちゃん”をオープンにしているのには敬服です。