これは小説である。
いいえ、小説のような出来事である。
普通の主婦の、ありきたりの日常がちょっと色を変えた日記のような小説である。
私の日常は、常に決まっている。
朝おきて、ご飯を作って、主人を送り出す。
それから9ヶ月になる子供にご飯を食べさせて、洗濯を干して、掃除機をかけて、今日の夕飯を考える。
それが日常で、ありきたりだけど幸せな日常。
いえ、ありきたりだから幸せなのかもしれない。
そんな私の日常の歯車に違う音が生じてきたのは、半年前。
子供ができるまで、私は日本語学校で日本語を教える教師だった。
その仕事から離れてから、ちょうど一年半。復帰の目安はまだない。
今でも連絡をくれる学生は多い。
その夜は、高校の同級生優奈(ゆうな)と飲みに出かけた。
産後のお祝いもかねて、久しぶりの飲み会。
主人も早めに帰ってきてくれてた。
渋谷駅で合流してお店でいざ乾杯というとき、優奈の携帯がなった。
緊急の様子は、優奈の表情からも伝わった。
「今から戻ります」といい電話を切った優奈が、申し訳なさそうに事情をはなしてくれた。
社長じきじきにお呼び出し。秘書という仕事柄理解できないわけではないので、快く店を出た。
店を出て、優奈はあわただしくタクシーで会社に戻り、なんだかあの雑踏の中浮いてしまった気分。
これから戻ると連絡する前に、久々にコーヒーでも飲んでからにしようと駅前のスタバに入って、本日のコーヒーを頼んだ。
携帯を取り出して、主人に連絡を取ろうとした瞬間
「先生!」と呼ばれる声に反応してしまった。
そこに居たのは、キム・ウソン。
以前受け持っていた学生である。
しっかりした学生で、年下ながらがんばる姿が好きだった。
「やっぱり、しおり先生だ!お元気でしたか?」
韓国人学生はなんでもストレートに表現する。
授業でも感情でも。
彼の表情も曇りもなく素直に、会えた事を喜んでいるようだった。
私は手に持っていた携帯をバックにしまった。
そこで少し話をして、飲み会の予定が変わってしまったことを話すと、二人で飲もうという流れに。
学生であっても男性と二人きりというのは、抵抗がある。
しかし、そこはウソン君のまじめな人柄を知ってるだけにいいような気がした。
大丈夫、ウソン君だからと心でつぶやき、二人で飲みなおすことになった。
ただ、迷っていたのは正直なところ。
こういう直感って、女性は本能的に感じてしまうのかもしれない。
そう思ったのはずっと後だったけれど。