get twoのブログ

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まだ開設したばかりなのでこれからどういうことをテーマにしていくか考えていきたいと思います。

Amebaでブログを始めよう!

久しぶりにブログを再開してみたいと思います。

というのも、自分の読んだ本や見た映画とかの感想を書く場所がほしいと思ったからです。

記録としての残れば、自分が何を見て何を感じたのかを振り返ることもできますし。


ということで、今日は「あげまん」という映画を見て、思ったことを私なりに書かせていただきます。


そもそもどうして「あげまん」なのかというところからですが、「あまちゃん」に宮本信子さんが出演されてましたよね。それを見て、彼女の演技に感動したんです。今までにないくらいでした。というよりも、恥ずかしながら宮本信子という存在を、「あまちゃん」を見るまでは実のところ、知りませんでした。世代のせいもあったのかもしれません。そこで、私は、彼女が出演している作品を探したんです。それで「あげまん」という映画に出会いました。本当は「マルサの女」を見ようとしたんですが、レンタル屋さんにいったら、私と同じように考えている人がいたのか、かりられていました。


さて、「あげまん」という映画を見たことのない人のために少しあらすじを書いておきます。主演はもちろん宮本信子です。関係を持った男になぜかツキをもたらす、という特殊な事情を抱えた主人公ナヨコと津川雅彦演じるダメ男(銀行マン、鈴木主水)との恋を主軸に、彼女に翻弄される男たちとの関係を描いた喜劇。一言でいえばそんな感じです。監督は宮本さんの夫でもある伊丹十三です。1990年公開。”あげまん”という言葉は当時の流行語にもなったそうです。


先に断わっておきたいのは、私はここで読んだ本や映画について批評をしたいのではなく、単に見たり読んだりしたという事実とその時感じたことを、記録として残したいだけだということです。ですので、かりにそれぞれの本や映画に様々な社会的評価が下されてたり、個々人がどいう風に感じていたとしても、それとはまったく関係のない範囲でやっていきたいと思います。


ふー。長々と書いてしまいました。ここから簡潔に私の視聴記録をかきたいと思います。


まず私が強調したいのは、この映画が「喜劇」だということと、なんといっても主演宮本信子さんの存在です。随所にユーモアなシーンが盛り込まれています。そして宮本さんが”あげまん”というキャラクターを完璧に演じ切っていると思います。


また、もう一つのキーワードは男尊女卑ということです。主人公が芸者をやっている(銀行で働いている時期もありますが)ということもあるかもしれませんが、男がナヨコの”あげまん”という特殊な事情を、半ば狡猾な意味で便利なものとして扱っているように見えました。喜劇なので、最後はいわゆるハッピーエンドですが、そこに至る過程は、鋭い風刺のように私には見えてなりません。


以上。2013 10/20(土)




和解』の作者は「小説の神様」と呼ばれる志賀直哉。ちなみにその理由を調べてみると、代表作の『小僧の神様』にかけてそういわれるようになったそう。



主人公の順吉は長女誕生とその死の処置をめぐって、実の父親と決定的な不和に陥ってしまう。

しかし、様々な過程を経て、父子は文字通り”和解”を遂げる。



特に印象的だったのは、父と子が直接対面して和解を果たしていくところ。実の父子同士の、微妙な緊張感が醸し出される会話。二人はお互いの非を認め、互いに不和の関係を解消することをほのめかす。そして父子としての和解を遂げるという一連の流れの中には、肉親関係からくる複雑な感情が強く印象付けられていると思う。



事実、その場面の中に次のよう描写がある

「こんなことを云っている内に父は泣き出した。自分も泣き出した。」



さらに、和解を遂げた後の順吉は「心と心の触れ合う快感と亢奮で益々顰め面とも泣き面ともつかぬ顔をした」 肉親同士の関係というものを考えさせられた



(引用 新潮文庫『和解』)


先日、大学でこんな話を聞いた


何でも、阪神大震災の時に生き埋めや閉じ込められた人のうち、9割以上が自力や、家族、隣人、あるいは通行人の力で救助されていて、救助隊によって助けられたのは全体の一割にも満たないそう(自助が約3割、共助が約6割)


つまり、災害にあった時は、とにかく自分で何とかするしかないのが実際のところ


同時に、私のように、一人暮らしの大学生は特に何の防災対策もしないし、そんなこと考えもしないかもしれないと思った


せめて避難場所を確認したり、防災用のラジオぐらいは用意してもいいのかと感じた

今回私が読んだのは、ヘミングウェイの『武器よさらば』。


時代は第一次世界大戦。イタリア軍に身を投じたアメリカ人の主人公の青年とイギリス人看護師の女性との恋模様が中心に描かれ、二人の恋の行方は、戦争に左右されてしまう


特に私が印象的と感じたのは、戦場でのあるシーン。主人公は、ドイツ人と間違われて味方に捕まってしまう。次々銃殺されていく姿を目の当たりにし、彼はとっさに逃げ出し川に転落。その川に流されていく描写が、まるで自分が川の中にいるかのように感じるほど繊細で、緻密。私の中で一番強い印象を受けた。


また、作品全体を通して思うのは反戦という主題。いつの時代でも、どんなことがあろうとも戦争は人の心を傷つけるものであることに変わりはないと、改めて思い知らされた


主人公の心情描写より

「戦争のことはすっかり忘れるつもりだった。ぼくはもう単独講和を結んだのだから」

(引用 新潮文庫『武器よさらば』)

今回は島崎籐村の破戒について書きたいと思います

被差別部落出身の主人公が父から絶対に言うなと言われた戒めを破って自分の出自を告白してしまいます

「新しい時代ほど可畏い(こわい)ものはない」というように"新平民"と呼ばれるはずの主人公が実際は差別の対象になっているという矛盾があります
「破戒―何という悲しい、壮(いさま)ましい思想(かんがえ)だろう」
戒めを破ってしまった丑松(主人公)の後悔の中に時代の理不尽さが潜んでいる点が印象的だとおもいます

(引用『破戒』岩波文庫)